『ランバージャック』
ちょっと追記すると思います。話は変わりません。
コケコッコー。コケコケコケ…。
コケコッコー。コケ
ぷつり。
『機能』によって脳内に直接響くけたたましいアラームを切り、ジャックはがばと跳ね起きた。
『識別名:ジャックへ▼おはようございます。現在は午前5時、『共振波』の予想程度は小。居住区内気温は22.5℃に設定されています。なおこの数値は『漂白域』の天候によって+-1度ほどの誤差が出る場合が―』
『監視塔』の呑気な朝の挨拶をさえぎって、すぐさまクレームを入れる。
『なんだ、このアラーム』
『識別名:ジャックへの返答▼あなたが設定された音声を使用しています。10日前の記録を再生します』
―再生開始。
『アラーム設定頼むわ。』
『▼承知いたしました。音声の設定はいかがしましょう?ご要望がなければ、「一か月すっきりおはようセット①」を設定します。サンプルをお聞きになりますか?』
『ああいや、それでいいや、うん。』
『▼承知いたしました。』
―再生終了。
『ジャックへ▼以上です。なお、先ほど使用されたアラームは「No.10ニワトリ」です。プレイリストから削除しますか?』
『今すぐに。』
『▼承知いたしました。』
ジャックは大きくため息をつく。旧暦人が、なぜこのようなけたたましい生き物を目覚ましにしていたのか理解ができなかった。
何か懐かしい夢を見ていたような気がするが、それも忌まわしい鬨の声によってきれいさっぱり消えうせていた。思い出すのをあきらめ、彼は「仕事」の準備を始めるためにクローゼットに向かう。
『で、今回の任務は?』
『▼これまでと大きな変化はありません。『漂白域』内へ進行後、「斥候」と接触、引継ぎを行った後『樹』の伐採及び敵性体の排除へ移行してください。』
『了解した。担当の『斥候』は?』
『▼識別名は「スパイク」です。』
知った名だった。彼とは幾度か任務を共にしたことがあり、ジャックよりも一回りほど年長の男だ。名前のとげとげしい語感に反して、温厚な小太りのその男は経験豊富な『斥候』だ。本職の「木こり」ほどではないが、腕も立つ。回転式の丸鋸を軽々と振り回す彼の姿は、勇猛だがどこかユーモラスだった。
そして名前の通り鋭い勘を持っている。彼の存在はいくらかジャックを安心させた。
父親とも組んだことがあるらしいが、彼がその話を詳しく聞こうと思ったことはなかった。
『そうか、『当たり』だな―対象の情報は?』
『▼以降、対象を『カエデ』と呼称します。『樹』は樹高35m。例にもれず『首無し』を除く、生物への敵対行動及び強い通信妨害能力を備えています。『森』の半径は約125.3㎞、そして『斥候』により111.5㎞のごく深部まで走破されています。進入用の『根』の終着駅まですでに設置済です。』
『さっすが』
ジャックはひゅうと口笛を吹きながら、マットブラックのタイトな防護服を身にまとい、腰部のホルダーには黒色の円錐状の杭のようなものを慎重に差した。
―だいぶ楽な仕事になりそうだ。そこまで到達できる『斥候』は多くない。
『『カエデ』が特質個体の可能性は?』
『▼ありません。』
『あってたまるか。聞いただけだ。』
『▼なおこちらを参考までに。スパイクからの報告です。これはちょうど一週間前、正確に言うと三日と三時間前に録音されたものです。先ほど『植木鉢』内に到達した犬型の『首無し』から抽出されました。』
『再生してくれ』
澄んだバリトンの声がジャックの頭に流れ出す。しかし音質はお世辞にも良いとは言えない。『首無し』は『樹』の攻撃対象から外れるために脳機能を切除した生物だ。しかし取り去った頭部へ搭載できる機能は限られている。そしてその傾向はベースとなる生物が小型であればあるほど強くなる。
―再生開始。
『久しぶりだな、ジャック。君がどれだけ成長したのか、この目で見たいところなんだが、どうも少しきな臭い。端的に言う。
『カエデ』はうるさすぎる。
—:@;@、;除け。。・:
『監視塔』は嫌な顔を―顔があればの話だが―するかもしれないが忠告するぞ、来るな。俺の勘がそう言ってるんだ。
—@¥」」」」」喰らえ」」
俺はあいつの…ハウリーの息子をもう二度と失いたくない。仕事はする。だけどお前の為じゃない。俺が『命題』に背きたくないからだ。だからいいな、「来るな」。それじゃ、頼んだぜ』
―再生終了。
最後の「頼んだぜ」は、どうやら音声を届けた犬型の『首無し』に対するもののようだった。そういえば『首無し』、特に犬型をかわいがる男だった。とジャックは思い返す。
メッセージの最中、二、三か所に聞き取れないくらいの小さなノイズが入っていた。これは音質の悪さに起因するものではない。『共振波』とも少し異なる。スパイクが言うところの『うるささ』はどうやらこのノイズによるものらしかった。
『これ以降、スパイクからの連絡は?』
『▼ありません。あなたが到着するまでの間、彼は『根』の敷設及び『樹』監視の任務に就きます。ご存じの通り、「漂白域」における『機能』による通信をはじめとしたありとあらゆる通信機器は意味を成しません。通信手段は対面しての肉声か、『首無し』を介した情報のやり取りしかありません。そしてそれらは即時性を大いに欠きます。なぜなら、情報の移送、取り出しに多くの時間がかかるからです』
『彼は犬のほかに「虫」や「鳥」も引き連れていたはずだ。映像や音声による報告こそできないが、定期的な生存報告には十分だ。彼はそれを欠かさない。届いていないのか?』
『▼はい。』
『そして彼は「来るな」といった。』
『▼きわめて不合理かつ根拠に欠ける判断です。『森』の浸食が、いずれ『植木鉢』内の脅威になることは周知の事実のはずです。』
「もちろん俺はいかなければならない。俺は『木こり』だから。命題に反して『庭師』のお縄につくのはごめんだね」
『▼合理的な判断です。その判断力は死亡率の高い『伐採者』という過酷な役割において、あなたをここまで生存させてきた資質の一つでもあります。』
ジャックは監視塔の声色がどこか嬉しそうに聞こえて、腹立たしさを覚えた。万に一つもあり得はしないが。
『そりゃどうも。ところで、音声メッセージのノイズ、解析してくれ。言葉のようだが聞き取れないんだ。』
単独任務用のカラス型の『首無し』のカプセルと、最低限のサバイバル用品を圧縮したバックパックを防護服のアタッチメントに取り付けながら、片手間に要請する。
『▼そのようなノイズの検出は不可能です。』
『なんだって?』
『▼そのようなノイズの検出は不可能です。』
そのようなのいずのけんしゅつはふかのうです。
ジャックは『監視塔』の言葉を反芻した。『監視塔』の言葉を解釈しようとする行動それ自体が、『植木鉢』の住人として珍しいことだった。
―検出は不可能です。検出されませんでした、ではなく。
ジャックが『監視塔』に感じた引っかかりを聞き直すことはなかった。
合理的な判断です。
と、誰かがささやいた気がした。もちろん空耳だ。
どこか後味の悪い薄気味悪さを覚えながら、ジャックは指定された『根』の始発駅に向かった。
『ぎょろぎょろさん』は嘘をつかない。
『ぎょろぎょろさん』はなんでも知っている。




