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断章:『条件』

 ぴっ、ぴっ、ぴっ。

 響き渡る電子音。


『▽『オーガ・インストーラ』の限定起動が確認されました。部位は『(オクルス)』。単体での計画実行能力値は0%。起動中の『心臓』『右腕』を含めた計画実行能力値及び実現可能性の再評価を行います—すべての数値に変動なし。計画:ブレインシードは進行中です』


 安楽椅子にやせこけた身を沈めた男—ハウリーはつぶやく。彼の落ちくぼんだ眼は驚きに見開かれていた。


「『(オクルス)』だと」


 —『ブレインシード』を—あの箱庭世界を軽視した『統一』後の人類( 僕  ら  )が消去した『オーガ・インストーラ』の一部。


「我々が彼らを見る必要などない」

「在るための心臓と、進むための脚と、奪うための腕さえあればいい」


 —僕らが出した結論は、あまりに傲慢だった。生まれた命と向き合うつもりなんて微塵たりとも持ち合わせちゃいない僕らに、『眼』は消去されたはずだった。


 かつ、かつ、かつ、と小気味よいピンヒールの音が耳朶を打ったかと思うと、射して間を置かずドアが開く音がした。入り口には女が立っていた。ハウリーは無感情に挨拶する。


「やあ、SUM―1983」

「ええ、SUM—1984。いいえ、今はハウリーだったわね」

「『眼』が起動した。あれは廃棄されたはずでは?」

「私達の監視を潜り抜けたうえで『ゆりかご』に干渉し、『眼』を盗み出し、あまつさえ偽の廃棄データとすり替える。そんなことができるとしたら、『介入』の権能を与えられた彼女だけ」


 —君なのか? 『赤』


 ハウリーは『ゆりかご』の中に配置された四体の胎児の一つに目を向ける。胎児はぴくりとも動かず、中央に配置された胎児を見守るようにじっとその身を『ゆりかご』に浮かべている。

 その様を言葉もなく眺めていた女—SUM-1983に、ハウリーは尋ねた。


「本題に入れよ。君はそんなことを言うためだけに来たわけじゃない」

「ご明察」

 ハウリーの言葉に頷くと、SUM-1983は『ゆりかご』を指さした。

「ここと『ブレインシード』をつなぐ『マメノキ』が発芽するために必要な四つの狂気。そのうち『怒り』と『恐怖』が解錠されたことはもう知ってるわね。—あなたも一枚かんでるようだけど」

「何のことかな—それで?」


「今回の『眼』に対応して解錠されたものは—なかった」

「—ありえない」

 そう吐き捨てるハウリーに、SUM-1983は淡々と続けた。

「そう、狂気の解錠なくして『オーガ・インストーラ』の起動はあり得ない。だとしたら、考えられることは一つ」

「—新たな狂気を、彼らの内の誰かが獲得したっていうのか」

「順当に考えればね。『ブレインシード』に生まれた彼らは進化している。それを知った私たちは彼をこの世界へ連れてくることにした。成功すればこれまでの全てに片が付く。失った個性を取り戻せるの。1984、あなたも本望でしょ?」


 ハウリーは安楽椅子から跳ね起きた。伸び放題になった髪を振り乱し、傍らの『ゆりかご』を指さしながらSUM-1983に詰め寄る。


「ふざけるな! そうなれば、この子たちは—」

「もちろん『ゆりかご』は廃棄。かわいそうだけれど」

「そんなことはさせない」


 SUM-1983 はハウリーを払い落とした。強い力ではなかったが、彼の弱った体を押しのけるには十分だった。よろよろと後退って安楽椅子に倒れ込んだハウリーは、激しくせき込んだ。彼の体は急な運動に不満の声をあげていた。


「—あなた、本当に優しくなったわね。でもこれは決定事項。明日にでも潜航は決行される。私は彼らに最後のお別れをするよう、勧めに来たの」


 もうろうとしてゆく意識の中、ハウリーはつぶやいた。

「—弱く、なっただけさ」

 眠りに落ちたハウリーの姿を見て、SUM-1983はこう独り言ちた。

「それが人間というものじゃなくて?」


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