表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/43

『帰ろう』

 赤いあぶくが唇の隙間から漏れる。

「っ、おああああっ!」

 筋力に任せて体幹をねじりながら、ローレルは体に突き刺さった『ムスペル』の腕を切り払った。無貌の人型はごろごろと数メートル地面を転がり、やがてゆらりと立ち上がる。切り払われたはずの腕は既に再生していた。

 ローレルは『ムスペル』には構わず『イチョウ』に向き直った。

 —手を緩めるな! なにもかもが無駄になる!

 『イチョウ』を取り囲んだ三日月形の鎌は、依然として幹を削り続けている。倒壊まで、おそらく三十秒もかかるまい。

「ぁじ、、ジャっ、ク」


 うわごとのように呟きながら、『ムスペル』がローレルの背後に迫る。

 ふと、彼の視界がフィルターを重ねたように暗くなった。視点が頭一つ分下に落ちる。

 —くそ、血を流し過ぎた!


 彼の気力を失血のダメージが上回ったのだ。意識が遠のくにつれ手元の大鉈は激しく刃こぼれし、十三あった大鎌たちは一つ、また一つと地面に落ちてゆく。

 その瞬間は順当に訪れた。

 ばきり、という音とともに、ローレルの大鉈が真っ二つに折れ『イチョウ』の幹に食い込んでいた最後の大鎌が地に落ちる。それを合図とするように彼は膝をついた。

 —あと少し、だったんだが。

 彼の頭上では『イチョウ』がごうごうと炎を上げ始めた。敵の打倒を勝ち誇るような、人の無力さをあざ笑うような炎だった。

 火の粉が降りかかる中、血泡とともに音の形を成さぬままローレルは言葉を吐き出してゆく。

 —すまない、マリー。

 何よりも大切な娘。

 —すまない、少年。

 利用した者。

 —すまない、『(リディス)』。 

 彼が最後に思い出したのは、自らを人でなしへの道へと引きずり込んだ、ガスマスクの怪人の名前だった。

 —お前はとんでもない悪魔だったよ。だけどたとえ道具扱いでも、こんな俺を認めてくれた。俺に、生きる目的を与えてくれた。

「伐採、任—務は—しっぱい、かな」

 もちろん独り言だった。それゆえに、返答された彼の驚きは大きかった。

「いいや、オッサン。よくやった!」

 その大音声ははるか後方から。凄まじい勢いで打ち込まれたそれは、純白のラインが走る漆黒の大斧だった。

 雷霆がごとき破砕音。ローレルが作った傷口に向かって、大斧を持った青年が渾身の力を込めて一撃を喰らわせたのだ。

 突然の闖入者に腹を立てるように、『イチョウ』が金属が擦れ合うような音を立てるのにも構わず、木こりのジャックは重撃を加える!

 二撃。

 三撃。

 四撃。

 最後の抵抗に、『イチョウ』は大量の実を投下した。爆発性のそれらは、二人の男を跡形もなく粉みじんに吹き飛ばす—そのはずだった。青年の純白の右腕が地面を殴りつけると、たちまち隆起し実のずべてを打ち払ったのだ。

 青年は口元に獰猛な笑みを浮かべて叫んだ。

「ははっ、万策尽きたかよ! それなら—」

 突き刺さっていた斧を引き抜き、背後に大きく振りかぶる。純白の右腕が脈動すると、彼のヤドリギに『加害のイメージ』を上乗せした。斧の表面に、無数の刃が疾走を開始する。

「—これで終わりだ」

 振り抜かれた斧に、『イチョウ』の幹は両断され—叫び声のような耳をつんざく轟音と爆風とともに、『火災』の漂白樹は倒壊した。

 周囲の地面は深くえぐられ、『ムスペル』が作り出していた泉も、全て吹き飛ばし、東居住区に甚大な被害をもたらした『漂白樹』はついに伐採された。


「しっかりしろ、オッサン」

 大斧の青年に抱えられて退避したローレルは、背後に迫る脅威に声をあげた。

「―っ後ろだ!」

 そこには諸手を振り上げた『ムスペル』がいた。

『イチョウ』の残り火に燃えさかる腕は彼らに向かって容赦なく降り下ろされ―。


「もうやめよう」

 ローレルは肩越しに耳なじみのある声を聞いた。『ムスペル』が動きを止め、声の主へゆっくりと体を向けた。

「ジゃック」


『ムスペル』の声にローレルもまた振り返る。

「—少年」

 ぼろぼろの黒い三つ揃え(スリーピース)に、手にはステレオタイプの死神が持っているような大鎌。右目があったはずの眼窩には、純白のアネモネが咲いている。彼は息を止めた。つい先刻自身が殺したはずの少年がそこに立っていたから。

 『庭師』の(ジャック・ザ)ジャック(・リーパー)は『ムスペル』を見据えて、優しく声をかけた。

「帰ろう、師匠」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ