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『イチョウ』:東居住区防衛戦①

追記、改稿したので載せ直します

 東居住区は、まさに火の森と呼ぶにふさわしい炎熱地獄の様相を呈していた。


 東居住区全体は―この地下都市をそっくり包みこむ『水母(ジェリーフィッシュ)』、その再生力の応用である―ぶよぶよと水分を含むクラゲの皮によって分断され、『イチョウ』からこんこんと湧き出る雲の流出を防いでいる。


 しかし、『イチョウ』の特質である、爆発の衝撃とと火炎熱を完全に遮断するには至らない。

 どこか一か所でも『水母(ジェリーフィッシュ)』の皮による防御にほころびが生じれば、それはすなわち『植木鉢(バイタルフレーム)』の、ひいては十五万人の残存人類の絶滅と同義だ。そしてその未来はおそらくすぐ鼻先まで迫っているのだ。核となる『漂白樹』の伐採が果たさない限り、白い森の、そして『イチョウ』が引き起こす『火災』の拡大は止まらない。


 そして何よりも、居住区中央に屹立する『監視塔』への『森』の侵食は何よりも避けねばならぬ事態だった。人類のほぼ全数が接続する巨大人工知能が汚染されるという事態が何を引き起こすかは未知数だ。しかし未知数というのはあくまで程度に限った話で、楽観的な仮説を頭の中に思い浮かべたものは誰一人としていなかった。。


 今や人々は大通りを埋め、隣接する居住区に通じる避難口までの緩やかな傾斜をのぼっている。わずかに開けられた『水母(ジェリーフィッシュ)』の表皮の隙間を目指しているのだ。

 しかし、背後に死の恐怖が具体的な形を伴って迫っているこの状況にあっても、避難する人々の動揺は比較的少なかった。


監視塔(ウォッチタワー)』による『機能』を通じた精神の鎮静が図られているのだ。もちろん全く冷静にというわけにはゆかないが、避難を促す『監視塔(ウォッチタワー)』の誘導に、耳―いや『機能』というべきだろうか―を、すます余裕はあった。


 その中で、居住区の建物の屋根を跳ぶように伝いながら東居住区への突入を試みる者たちがいた。彼らは例外なく漆黒の防護服を身に着け、ホルスターには黒い杭のような『種』を携えている。


 黒色は『監視塔(ウォッチタワー)』から直接任を受け、『漂白樹』の伐採という人類守護の最前線に立つ者の証だ。鍛え抜かれた肉体と、装着した防護服によって強化された身体機能により、常人では到底不可能な機動を可能にしている。


 『伐採者(ランバージャック)』である。

 

 中でも突出して先行した二名が東居住区に突入し、早くも『イチョウ』を目視圏内にとらえていた。


 一人のバイザーが上がり、その内側からは豊かに揺れる金髪と大きな瞳とともに、甲高い叫びが漏れ出た。しかし悲鳴と表現するには彼女の叫びからは決定的に悲壮感というものが欠如していた。


「キャー大変! なにこれ! 燃えてる~! あっ爆発した! ボンって! てかあの白い()()()()なにい? ローレル小父さん! ねぇってば!」


「うーるさい! さっき『監視塔(ウォッチタワー)』から通達があっただろうに。ニア、お前さんはもうちょっと緊張感というものをだな…」


 ローレルと呼ばれた男もまたバイザーをあげる。壮年の男はやや薄くなったブラウンの髪をふりながら切れ長の目をすがめて、些かげんなりとした様子で少女をたしなめたー。


 ―少女の手から黒色の糸が放たれたのは、その刹那のことであった。

 糸は男の頬を掠め、背後に燃えさかる無貌の人型の胴体に巻き付き、食い込んだ。

 彼女が人型を拘束している糸をぐいと引き絞ると、糸は人型を餅菓子のごとく滑らかに切り裂き、持ち主の手元に戻ってゆく。人型は無数の焦げたゴムのかたまりのようになって二人の足元に散らばった。

 黒色の糸が彼女の手元に戻るその瞬間、ローレルは彼女の糸に細かいが鋭い突起が無数に生えているのを目にした。

 

 彼女の『ヤドリギ』である線鋸(ワイヤーソー)は、音もたてずに少女の手のひらに収まった。

「—緊張感? やーだなあ小父さんたら、このとおり持ってるよ~」

 ニアと呼ばれた金髪の少女はにへら、と表情を崩して隣に立つ男に笑いかける。


 彼女の緩い口調に比してアンバランスな『ヤドリギ』の剣呑さに、男は唇を軽くへの字に曲げている。


「おー、おっかねえ」


 そう口にする彼の手元を見た少女はにまーっと笑い顔を作ると、隣に立つ壮年の『伐採者(ランバージャック)』を茶化した。


「そんなこと言って、随分とやる気じゃないですか~」


 このこの、と少女につつかれる男の両手には、いつの間にか大ぶりのマットブラックの鉈が二丁、鈍く閃いている。


「馬ァ鹿言うな、なるたけ早く引退して家族と和やかな余生を送りたかったのに…」

「ところで小父さん、シキブがまだ『クルミ』の伐採任務から帰ってこないんだけど。初任務を終えたばかりの子だけど、今は人手がいるでしょう?」


 ローレルは太い眉を片方、器用に持ち上げると目の前に広がる火の海を親指で指さした。


「伐採は完了しているはずだがね。まあ特質個体(ユニーク)相手にするよりかはまだ『漂白域』の方が安全だろうよ…」


「あと、あれも殺っちゃっていいんだよね。もう一匹やっちゃったけど。あいつら『イチョウ』の特質なの?」


 付け加えるように、ニアは居住区をうろつく無貌の人影を指さす。火に焼かれながらもなお、脚を止めることなく何かを求めるように歩き回っている。


「分からんが、あれを始末せんことにはこの火を消し止めることもかなわない。伐採と並行してあれの排除も行う。住人の保護は『庭師(リーパー)』と『斥候(スカウト)』に任せよう。あの大きさならば、彼らの武器の方が対処しやすい」


「スパイク小父さんがいたならどんなに楽だったか」


 ニアの飄々とした弱音に首肯を返しながらも、ローレルは胸の裡に若干の焦りを独白する。


 ―いや、大本が分かるのであればあの人型、こちらを最優先に始末せねばなるまい。

 


 —延焼の速度が速い。あの分裂する白い人型が()()()()()となって火を運んでいるのだ。火種と薪が持続的に供給され続けているこの状態は非常にまずい。だがそのメカニズムが分からぬ今は、火元である『イチョウ』をたたかなくては。


「とにもかくにも、『植木鉢』が白塗りにされちゃあ元も子もない。さあブリーフィング(むだばなし)終わり! 仕事の…」


「仕事の時間、だよね。小父さん」

「…そういうことさね」

「「『伐採者(ランバージャック)』の権限に基づき」」

 ニアとローレルのバイザーがほぼ同時にばしゃりと下ろされる。

 そして二名の『伐採者(ランバージャック)』があくまで事務的に、自らの力の行使を宣言する。


「「『イチョウ』の伐採を開始する! 」」

用語解説

『線鋸:ワイヤーソー』:『伐採者』の少女、ニアが持つ『ヤドリギ』。ワイヤーに細かいこぶ状の刃がついている。実際にある道具だったりします。なじみのない道具だと思いますので一応載せます。

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