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『ライフリング』

 二人の男が、机を挟んで向かい合って座っている。机の上には熱い紅茶をたたえた湯呑が二つ、彼らをミニチュアで再現するように並んでいた。


 部屋の窓からは、『監視塔(ウォッチタワー)』が相も変わらず、遠慮のない視線を居住区の人間と建物に投げかけていた。


 窓に背を向けて座り、正面をにらみつけているのは隆々とした体躯に防護服をまとった青年である。ごわごわとした黒髪に、意志の強そうな―ともすれば頑固とすらとらえられかねない種類の強さだ―黒い瞳が光っている。


 かたややせた壮年の男性は、穏やかな微笑を浮かべ、目の前の青年を見据えている。頬に深く刻まれたしわに埋もれるようにして輝く眼が、彼の好奇心の強さを物語っていた。

 彼らは印象としては対極にあったが、妙に調和がとれている。彼らを傍から見るものがいたならば、だまし絵の壺のような印象を持っただろう。


 青年が口を開く。口調こそぞんざいだが、その裏には深い思慮が顔をのぞかせている。


「マルン―だったな。あんた、正気じゃないよ。俺みたいな指名手配犯を匿って、無事でいられるはずがない」


「—だろうな。しかし今はまだ、ジャック、お前の『腕』が混ざった『ヤドリギ』による死亡工作が有効に続いているようだから、当面は大丈夫だろう」


 マルンは湯呑の中の紅茶に、ミルクを注いだ。紅茶の琥珀色の中に、白い渦巻がゆっくりと広がってゆく。


監視塔(ウォッチタワー)に俺たちの頭を覗いたり、視界を奪ったりするほどの権限はない。でなければ、少なくとも俺はとっくにお縄についてるはずだからな―紅茶、飲まないのか。冷めるよ」


「まだ話が済んでねえ―当面は大丈夫と言ったよな。なぜそう思う? 『監視塔(ウォッチタワー)』がそのまま俺の死を勘違いしたままでいる可能性は?」


 ジャックは問う。目の前に座る『小説家』の『探偵』としての資質を確かめるかのように。


「それはないね」


 マルンは窓の外に見える巨大な塔を見て、きっぱりとした口調で告げた。


「お前が交戦したあの『庭師(リーパー)』の子供たちは、『監視塔(ウォッチタワー)』の反応から、真っ先にこの事態の異常性に気づく。確信は持てなくとも、お前が生きている可能性にだって思い至っているはずだ。俺たちの活動によっての状況証拠がそろっていくたび、彼らは再びお前の追跡を始める。そして、何度か『ジャックが生きている』と上申すれば、『監視塔(ウォッチタワー)』が認識を改める可能性はゼロではない」


「あんな趣味の悪い武器は見たくねえ。胸糞悪い」

 ジャックは軽く否定した。


「胸糞悪い、ね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが、だろ?」


 ふん、鼻を鳴らしてそっぽを向く青年を見て、マルンはくつくつと笑いながら続ける。


「何はともあれ、これは『監視塔(ウォッチタワー)』—いや、『植木鉢(バイタルフレーム)』というシステムの盤石性の一つだ。絶対権力が一律に人々をコントロールするのではなく、『命題』を与えられた人間がそれを是正するだけの遊びが残されている」


 自らを追い詰めるはずの『監視塔(ウォッチタワー)』の強固さを語る口ぶりには、ある種の信頼のようなものさえ感じられた。とうとうとした『小説家』の論が終わるのを律儀に待って、ジャックは踏み込んだ。


「マルン、それだけじゃあねえ。あのガキどもが気づくかどうかは確率論に過ぎない。まだほかに、『監視塔(ウォッチタワー)』が俺の生存に気づくと確信するだけの根拠があんたにはあるはずだ。そうだろ?」


 マルンはその言葉を聞き、にやりと口元に笑みを浮かべた。


 ―やっぱりな。この『木こりのジャック(ランバージャック)』は知っている。


「俺があの『漂白域』で、お前に保護を依頼した時、こう言ったよな。脱命条件その三、『自己保存の放棄』に抵触する恐れがあるって。そして俺はこう答えた」


「君に保護を頼むことがすなわち『自己保存』の行為に他ならない、とね」


 ジャックは黙ってその言葉を聞いていた。


「だが、この前提条件がまかり通ること自体がおかしいのさ。『植木鉢(バイタルフレーム)』に暮らす一般人は、自分が殺されるとわかったとき、どうすると思う?当然『庭師(リーパー)』に警護を依頼するだろう。『脱命者』に保護を頼むだなんて、『脱命』条件に抵触しないはずがない。この『抜け(バックドア)』を作った、それも『監視塔(ウォッチタワー)』の干渉を受けずに作った者—いわば『上位者』が必ずいる。」


「…」


「そんな奴が、この先ずっとお前の存在に気づかないと思うか? だから俺は断言したのさ。それはないね、とな。そしてお前は、『上位者』の存在に心当たりがある、違うか?」


 マルンは、青年の右腕に目を向け、畳みかけるように問う。


「ジャック、お前はその『右腕』から、何を受け継いだ? 初めて会った時お前に言ったな。『俺は味方だ、ただし条件付きで』と。俺にその受け継いだ『何か』を話せ。それが条件だ」


「もう一度言うぜ、本当に無事では済まなくなる。今ならまだ引き返せる」


 ジャックの語気を強めた警告に、マルンは刻まれたしわを笑みに深くしながら答えた。


「いまさら何を言ってる? 俺は一度死んだ人間だ。死人同士、仲よくしようや」


 ジャックは自分の頬が緩みそうになったのを自覚し、引き締めた。目の前の紅茶のカップを持ち上げると、その中身をぐい、と一気に流し込んだ。


「じゃあまず、結論から話す。どうやら世界は―『植木鉢(バイタルフレーム)』の時間は繰り返されている」


 青年は眼前に座る男の反応を待った。彼は反応を表に出すことはしなかったが、紅茶のカップを持って静かに立ち上がると、窓際に歩いていった。

 ジャックから、背後のマルンの表情をうかがい知ることはできない。


「繰り返されている、ね。到底信じがたいことだが、予想はしていた。『監視塔(ウォッチタワー)』の妙な挙動、先日の『共振波(メンタルノイズ)』によって俺たちが訴えた『何か』の解除、そして先日まで見ず知らずだった俺たちに共通する『ブレインシード』という単語。作為的だ。いや、作為的過ぎる。まるで見つけてくれとヒントをちりばめられている気分だ」


 マルンはぶつぶつと考えを地面に投げ捨てるようにして、独り言をつぶやいた。


「ただし一口に繰り返すといっても、いろいろな形態がある。同じ轍を踏むなり、韻を踏むなり、な。ひとつ教えてくれ。『繰り返している』とお前が判断する根拠となったものは何だ?」


「—()()()()()()だ。俺はこの『右腕』で、俺は多くの人間を殺した—その記憶がある、実感がある。心の、いや脳味噌の底からその事実を認めているんだ」


 マルンが手に持ったティーカップの紅茶は先ほど入れた牛乳によって、すでにクリーム色に変化し終わっていた。彼はジャックの言葉に、ぎり、と歯を食いしばった。


「分かった。—一つだ。一つだけ、お前に受け入れてもらう必要がある」


「この世界は繰り返している、らしい。ただしその形は『円環』ではな―ッ」


 マルンがカップを取り落とし、部屋に甲高い破砕音が響く。


「どうした!」


 駆けよるジャックに、頭を抱えた彼はがたがたと震えながら、彼の左腕にしがみついて絞り出すようにしてやっと声を発した。闇に潜む怪物におびえる子供のように。


 彼の好奇心に満ちた黒い瞳は、今や真っ暗な恐怖に押しつぶされんとしているように、ジャックには見えた。


 ジャックの耳には届かない声が、マルンの耳に、脳に響いていた。


「あの『共振波(メンタルノイズ)』と同じだ、—『恐怖』だ。『恐怖』が、俺の中に流れ込んでくる。解錠される。俺の中の『何か』が—!」


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