『死者の情報』:後編
『棕櫚亭』にて。
「やっぱり何度聞いてもあり得ない。十五万人の殺害?そんなこと、広いとはいえ、閉鎖空間の『植木鉢』のなかで行うなんてできっこない。『監視塔』が嘘をついているなんて思わないけれど—ねえそのピラフ、一口ちょうだい」
ユズリハはカレーライスでいっぱいの口をしきりに動かしながら、自分たちを取り巻く現状への疑問を口にした。
「僕らだってそう思ってるよ。でもね、『監視塔』はもちろん、あの『木こり』が自供したんだ。妙な話だと思わないか? —やだよ、ユズリハも頼めばいいじゃないか」
シャロンは向かいから差し出されるスプーンから逃げるように、ピラフの皿を小脇に抱えて答えた。そのやり取りを継いだのはそれを呆れた顔で眺めるジャックだ。
「『監視塔』が公開しているジャックの罪状は、現状『斥候』スパイクの殺害のみだ。「154327人の殺害」については、担当の『庭師』である僕ら二人、正確に言うと、『監視塔』とコンタクトできるシャロンしか知らないはずだからね。もし仮に『監視塔』の情報が間違っているんなら、自分が殺したなんて即座に応えることはできなかったはずだ—ほら、あげるよ」
「ん、ありがと。—『監視塔』はその後なんて言ってきてるの?」
ユズリハに問われたシャロンは、あからさまに困惑した声を出した。
「それが―『脱命者』捕縛の任を解除します、だってさ」
「解除?僕たち、もしかしてクビなの?」
「いや、『命題』への適性再考とか、そういう話ではないみたい。—なんだって?」
追加で『監視塔』からもたらされた情報に、彼は再び声をあげる。—なんだか僕ら最近、振り回されてばっかりだ。と思いながら。
「捕縛対象の死亡確認に伴い、今回の任務を解除します、だって。つまり―『伐採者』ジャックが、死んだ?」
ジャックは顔の左半分をしかめて、しばらく考え込み、いくつか考えられる候補を提示する。
「考えられる理由はいくつかあると思う。一つは脱水症状及び餓死だね。『伐採者』は短期決戦を想定してるから軽装備だし、彼自身もかなり消耗してた。だけど、正直これはかなり可能性が低いと思うんだ」
「どうして?『漂白域』には食べ物も、飲み水も何もないじゃない」
「飲み水に関しても、『樹』の伐採直後だ。『森』の分解に伴う水分の放出で、局地的な大雨が降っていたはずだ。熟練の『伐採者』の彼がそれを利用しない手はない。手持ちの『首無し』も食べようと思えば食べられるしね」
最後の言葉に、シャロンはうえー、と首を抑えるジェスチャーをした。
「やめてくれよ、美味しいご飯食べてるときに」
その言葉に、『棕櫚亭』の店主もカウンターの向こうがわで黙ってうなずいていた。『美味しいご飯』といったところで、特に強く。
「ごめんごめん―。そして二つ目は、殺害の可能性。唯一犯人として考えられるのは、あのガスマスクの男だ。だけど、これも正直微妙なところだ。ユズリハ、僕らの交戦記録、残ってる?『飛蝗』から抽出してほしいんだ。君ならすぐだと思うんだけど」
ジャックは第二候補をあげると、
「はいはい、じゃあ『機能』で—だと、ジャックが見られないか。端末に流すね」
「ありがとう」
『飛蝗』の一匹あたりのデータ量は少ないが、彼女はそれぞれの録音を分析し、意味ある音声データを復元したのだ。手持ちの端末—利用するものがいないので骨董品扱いされている―から、くぐもった、しかし軽薄な声が流れ出す。
その作為めいた明るさに、ユズリハとジャックは顔をしかめた。
『緑』の声だ。
『僕はあと、三人殺すよ。君と同じ『脱命者』をね。追って来たきゃ追っておいで』
「『追って来たきゃ追っておいで』か。殺す相手にかける言葉とは思えないな。—あの気持ち悪いマスク、思い出しちゃったよ」
『信じられない』といった表情でシャロンのペストマスクをまじまじと見つめながら物申さんとするユズリハをあわてて押しとどめ、ジャックは話を継いだ。
「その通り。癪だけど、僕らがほとんど脅威にならないあの状況で、あいつは撤退を選んだ。あのまま僕ら二人を殺してから、『伐採者』ジャックを相手取ることだってできたはずなのにね」
「じゃあ、一体どうして? 今のところあんたたちが取り逃がした『伐採者』が死んでいるなんて考えられない」
と、ユズリハは口を尖らせた。
―その通りだ。彼が死ぬ理由が見当たらない。
彼とは数分の間問答を交わしただけの関係ではあったが、ジャックの頭の中で、どうしても彼と死というイメージが結びつかなかった。しかし。
ーおそらく、お前らの任務はそのうちに解除される。
あの青年はそう言った。自分を襲ってきた子供二人を忌まわし気ににらみつけながら。彼は自分の死を予見していたのか?
その直前には、彼はこう忠告した。
―最後に一つだけ忠告してやる。『監視塔』を疑うな。
―僕らを何かから遠ざけようとしている。『監視塔』を信じる―盲信することで回避できる何かから。
―『監視塔』は僕らをだまそうと嘘をついているのか? おそらく、答えはNOだ。『監視塔』は、返答をしないことはあれど、嘘をつくことはない。
―じゃあ『監視塔』の『脱命者は死亡した』という主張が真実なのだとしたら。
『監視塔』は騙されていることになる。
必然、その『監視塔』の主張の根拠となるものがある。彼はその根拠となるものから、あるいはその根拠を用意したものから遠ざけようとしていたのではないか?
では、『監視塔』が彼を死亡したと判断した根拠は何か?
ゆっくりと口を開いた。
「—『監視塔』が読み取った情報が、違っていたとしたら?」
「『監視塔』が間違える?まさか、そんな」
細かく首を振りつつも、ペストマスクの目線は、しっかりとジャックを捉えていた。
「いいや、間違えたんじゃない。『監視塔』は確かに彼の情報を読み取った。読み取った対象が、彼の物じゃなかったんじゃないだろうか? 彼の『ヤドリギ』に、多分そのカギがある。—ユズリハ、画像に起こせる?」
「もうやってる。『飛蝗』じゃ、画質はこの程度が限界ね。これがどうかしたの?」
ユズリハが端末に映しだした画像には、『伐採者』ジャックが大斧を構えるさまが映し出されている。画質こそ荒いものの、『庭師』たちの記憶を呼び起こすには十分だった。大斧の柄には蛇が巻き付いたような白いラインが走り、刃は鈍い光を放っているように見えた。
ジャックは、画面をつついて説明する。
「『ヤドリギ』は、例外なく真っ黒だ、僕の『鎌』もね。だけど、彼の斧をよく見て。表面に白いラインが走ってるだろ。形状も変だった。この画像じゃ見えないけど、表面に無数の白い刃がチェーンソーみたいに回ってたんだ。少なくとも、僕の記憶に白い『ヤドリギ』はない」
「『ヤドリギ』は、使う人物の『加害のイメージ』を参照して作り出す武器だからね。その外見が変化しているってことは白いライン―あの訳が分からない『腕』が何か影響を与えているってことか」
シャロンはうなって両手で自分の体を抱えた。彼の『腕』が操る『森』の残骸に磔にされたことを思い出しているのだろう。
「だけどジャック。それに何の関係があるの?」
「『水母』を潜り抜けたときの僕らの会話、覚えてる?『植木鉢』や『監視塔』のセキュリティシステムが何を参照してるのか、って話」
シャロンは、数時間前の螺旋階段での会話を手繰り寄せた。
―任務中の『伐採者』の生体情報で、正規の入り口から入ればいいんだ。鍵になりそうなのは、そうだな—。
「—『ヤドリギ』の『種』による生体認証、『監視塔』は彼の『種』から何か別の情報を読み取ったっていうこと?」
ペストマスクに片手を当て、やれやれと首を振る。
「あくまでも…仮の話さ。『カエデ』が伐採され、『機能』の通信が復旧したタイミングで、『監視塔』は『伐採者』ジャックが脱命したことを知り、彼を保護下から外した。僕らに命令が降りた段階では、彼の『ヤドリギ』は通常通りだったんだろう」
「それが、この数日で変化した。いや、『腕』に馴染んだわけだ」
ジャックはシャロンの言葉に頷き、自分の右腕を注意深く回した。当の『伐採者』に蹴り飛ばされた腕が、ずきずき痛む。
「そして、『監視塔』は彼の腕が混ざった『ヤドリギ』から別の情報を読み取ってしまった…てことね」
ユズリハがジャックの仮説の結論を代弁した。しかし、新たな疑問に彼女は口を開かざるを得なかった。
「じゃあ『監視塔』が代わりに『腕』から読み取った情報って、何?」
―捕縛対象の死亡確認に伴い、今回の任務を解除します、だって。
ジャックは頭の中で反芻する。
「『監視塔』は彼を死亡した、と表現した。それを言葉通り解釈するなら―『監視塔』が読み取ったのは死者の情報、それも」
―あくまで仮説だ、実際はただ不慮の事故で野たれ死んでいるだけかもしれない。でも、もし僕の仮説が正しいのだとしたら。それは―。
「『監視塔』すら知らない人間、つまりこの世界にいないはずの人間の生体情報だ」




