『死者の情報』:前編
「ばぁっかじゃないのぉ!」
「な、何度もバカバカ言わなくてもいいじゃないか。—ジャック、今何回目?」
「二七回」
「言・い・ま・す!—お望みでなくても何回だってね!あと律儀に数えるな!」
シャロン達がもごもごと発した抗議を、彼らの正面に仁王立ちする少女の声がかき消した。
二人の目には、山査子のように赤い彼女の髪の毛が逆立っているように映っていた。
ジャックは隣に正座するペストマスクの少年から注がれる視線を痛いほどに感じている。マスク越しにもかかわらず、相棒の言わんとするところは余りにもわかりやすい。
—ユズリハをなんとかしてよ。かれこれたっぷり二時間は説教されてるんだ。
命を預けあう相棒の頼みに、ジャックは己を奮い立たせる。
何しろ、自分たちは『植木鉢』の治安を守る『庭師』で、ついさっきまで十五万人の大量虐殺を起こした犯人や妖怪ガスマスク男としのぎを削ってきたのだ。と。
—何を恐れることがある!
「ね、ねえユズリハ。僕もシャロンも『監視塔』からの指令に従っただけで、何も—」
「ジャックは黙る!」
「はい。」
彼女の剣幕にジャックは容易に平伏した。
—この意気地なし!
シャロンからひしひしと伝わる無言の非難、それへのうしろめたさから、ジャックはふい、と明後日の方向へ目をそらしたのだった。
『植木鉢』は南居住区、規則的に立ち並ぶ無機質な住宅の一棟で、先の応酬 — 赤毛の少女による一方的なお説教をそう定義するのであれば — は繰り広げられていた。
彼らが『漂白域』内で死闘を繰り広げたのちに、数日をかけて這う這うの体で何とか『植木鉢』に帰還し、北縁地区の『首無し(ヘッドレス)』生産プラントにもぐりこんだ先に、『ユズリハ』と呼ばれた少女は立っていた。
彼女は一回目の『ばぁっかじゃないのぉ!』をぶつけると、彼らをまとめて細い腕の中に抱きしめた。
—それからというもの、最高速の『馬』が曳く荷馬車で2時間、彼らの住む南居住区内の住宅に帰ってきてからの都合二時間半、彼らはユズリハによる説教を食らっているのだった。
彼女の説教の内訳は概ね以下のとおりである。
・私があんたたちのことをどれだけ心配したか
・あんたたちは私の弟みたいなもんなんだから —シャロンの『君が姉?冗談じゃない僕ら三人同い年じゃないか』という反論は当然のごとく黙殺された— 。
・本当に馬鹿じゃないの?
・『伐採者』が着ているような防護服もないのに『根』を使って地上三百メートルから奇襲だなんてどうかしてる。
これらの内容を繰り返し、そして現在に至る。
「特にシャロン、あんたはジャックと違って体が頑丈じゃないんだから」
「だから何だっていうんだ? 僕は『庭師』だ。この『指輪』で、何人『脱命者』を捕まえてきたか、知らないくせに!」
「よく言えるわね、負けて戻ってきたじゃない!」
マスクの内側から、言葉を詰まらせる音がした。
シャロンのその様をみて少し踏みとどまるも、意を決したようにユズリハは畳みかける。
「私はあんたが心配で言ってるの! 『ヤドリギ』を扱えないあんただから! あんたに何かあったら私は母さんになんて言えば—」
「—ユズリハ」
口火を切ったのはジャックだった。先ほどまでにはなかった、静かだが有無を言わせぬ調子に、少女は思わず威勢をおさえこまれる形になった。
「シャロンが『庭師』なのは、『監視塔』がそう認めているからだ。そして、僕が必要としているからだ。シャロンがいなきゃ、僕は今頃死体で『漂白域』で転がってるよ」
「君が師匠の気持ちを大事にしていることはよくわかるよ。でも、やらなくっちゃならないんだ。僕もシャロンも、『命題』を反故にすることはできない」
ジャックの白斑に覆われた右目から覆われた視線が、ユズリハの眼を捉える。
「『監視塔』から見捨てられた—『命題』を持たないあんたが言うの? ジャック」
少女は声のトーンを落として問うた。その声にはためらいが浮かんでいる。血のにじむ傷口に消毒液の入ったボトルをあてがうときのような、そんな種類の注意深いためらいが。
そのためらいを、『庭師』の少年たちは感じ取っていた。二人をしかる少女が、彼らをなんの打算もなく必死で守ろうとしていることを、そして心の痛みを理解するのにたけていることを、彼らは知っていた。
「だからこそだ。『不適合者』だからこそ、僕は『植木鉢』の人々を守りたいんだ」
「—。」
赤毛の少女は、ジャックを見つめたまま動かない。その唇は、真一文字に引き結ばれている。ジャックは続ける。
「あんな無茶をしたのは本当に悪いと思ってる。ユズリハに連絡を入れずに飛び出していったことも。本当にごめん」
ジャックは素直に頭を下げた。
「無茶をしないとは約束できない。でも、シャロンは僕が全力で守る。今回シャロンが僕を連れて帰ってきてくれて、君が僕たちを全力で怒ってくれてるようにね。」
「—分かった。もう二度と、父さんみたいに何も言わずに出て行かないで。それとシャロン、ごめんなさい言い過ぎた。」
ペストマスクの大きなのぞき窓を見据えてユズリハは言った。
「ありがとう、ジャックを守ってくれて」
シャロンはなんだか照れ臭そうにもじもじと身をよじらせた。
「も、もういいよ。初めての『根』にノリノリだったのも事実だし—ねえ、怒られたらおなか減ったよ。ごはん食べに行こう」
思い出したようにジャックも同調した。
「そうだった。ユズリハ、カレー好きだよね」
▼▼▼▼
午後一四時。基本的に規則正しい生活を送る『植木鉢』の住人である。この時間に『棕櫚亭』に普段客はいない。今日もたっぷりと髭を蓄えた主人は、夕方の営業に備えて食材の仕込みを終えてしまうと、カウンターにひじをつき、うつらうつらとまどろんでいた。
穏やかな昼下がりは、善良な『植木鉢』の住人である彼にとって、最も好きな時間の一つであった。
—旧暦人ならば、太陽が照っていた地上で、より気持ち良い居眠りができただろうに—。
眠りに覆われてゆくはずだった彼の思考は、勢いよく開け放たれたドアベルの音とどこかで聞き覚えのある少年の声に、一撃で破壊された。
「おじさーん!また来たよ!」
この声は、と眠り眼の焦点が合う前に、あの物騒な文句が脳裏によみがえった。
—「「『脱命者』の速やかな捕縛と連行!」」
—あの『庭師』の子たちか。
口をあんぐりと開いた主人の顔に、ペストマスクから放たれる屈託と遠慮のない声が散弾のように浴びせられる。
「カレーとエビフライとナポリタン、全部三人前!」
「あとピラフも」白斑の少年が付け加える。
「あたしそんなに食べられないんだけど!?」初めて見る赤毛の少女が少年二人に文句を言いながら、すまなそうな表情でに主人を見ていた。
「—少し待ってな…」
—嗚呼、俺の穏やかな午後が。
彼は軽く天を仰いだが、店内を突如にぎわした子供たちの元気な姿に、ため息をついて軽く苦笑を浮かべると、ライスカレー三人前とエビフライ三人前、そしてピラフ二人前を作るために厨房へ引っ込んでいった。




