『探偵と助手』②
ひとまず1章『ジャッカーズ・エンカウンター』終了です。
―僕はあと、三人殺すよ。君と同じ『脱命者』をね。
『緑』と名乗る男の宣言を思い出し、ジャックは渋面を作る。それを見て畳みかけるようにマルンは続けた。
『『自己保存の放棄』の可能性?とんでもない、君に頼まなきゃ、僕が殺されてしまうんだから』
「なぜあいつを知っている?」
『知るもんか。だけどね、俺は分かっているんだ』
「話の筋が見えねえ。知らねえものが分かる?頭まで犬になったのか?」
『わお、手厳しいな。君はともかく、俺たち『植木鉢』の人間が最も信頼しているものは何か?』
マルンはジャックの皮肉に答える様子もなく飄々と続ける。
『家族?恋人?友人?それとも愛かな?なんて。だったらいいね。でもそうじゃない』
ジャックは渋面に作られたしわをより深くした。しゃがれた声が紡ぐ内容の意味が分からなかったからではない。
彼の言わんとすることを理解したからだった。
『俺たちが生まれるよりずっと前から、15万人の人類すべてを管理している絶対的な知能。その『監視塔』が言ってるんだ。『お前は一度『緑』という男に殺されている』と』
『俺はこれまで、『小説家』としての『命題』を抱えて、ただ生きてきた。他人に殺されるどころか、喧嘩だってろくにしたことない。でもな、間違いない、ヤツは俺を殺したのさ。先ほどの脳髄を揺らすような『共振波』で、俺は確信した。』
殺されたはずの人間が、自身に保護を依頼している。根拠はおかしな『監視塔』の挙動だけときている。常人ならば到底受け付けがたい矛盾だが、ジャックは既に似た感覚を経験していた。
『右腕』から流れ込む記憶の断片、自らの殺人の履歴、そしてその感触。それらすべてが、自分に貼られた『殺人者』のレッテルをにやにや笑って指し示しながら、嬉しそうに突き付けるのだ。
『お前は殺人者だ』と。
加害者と被害者、これほど血でつながった関係もないだろう。その奇妙な納得感を根拠に、ジャックは答えた。
「分かった、お前を信用する。その上で、俺にはどんなメリットがある?」
『『探偵』として、無実を証明してやる。―君はそうだな、ボディーガード兼『助手』といったところだ。『命題』が果たされてなお、このまま『殺人者』として生きていくのは、御免こうむるだろ?』
―こいつ。どこまで知っている?
「無実だって?根拠でもあるのか」
『そんなものはない。だがあんた、あの坊主どもを助けただろう』
「見ていたのか。—目の前で死なれると寝覚めが悪くなるからな」
『全く同意するよ。子供が死ぬ物語にろくなものはない。俺はハッピーエンドが大好きだからな』
「ハッピーエンド?」
『ああ。俺はあんたに死なれると寝ざめが悪い。あんたの右腕についたそれは『重石』だ。それも特大のな。『探偵』役としてじゃない。一人の小説家として、それが報われない話の筋には承服しかねるのさ』
ジャックはマルンと名乗る小説家の言葉に妙な感覚を味わっていた。彼の言葉には、裏表というものが全くなかった。
―ありがとう
『庭師』の少年の感謝の言葉と、『首無し』の無機質なスピーカーが発する声が重なる。
―君達を助けてくれるのは『ぎょろぎょろさん』だけじゃない。それを忘れなければ大丈夫だ。
「交渉成立だ。マルン、お望み通り、お前の『右腕』になってやる」
『いやー良かった。ひとまず、『植木鉢』の俺の拠点まで来てもらう』
「『植木鉢』の中?どうやってセキュリティを突破する—力づくで?」
『『伐採者』ってのはみんなそうなのか?』マルンは呆れた声を出した。『首無し』もまた、小首をかしげる。
『目算はある。まあ任せとけ。まずは『植木鉢』の外周ぐるっと回って、南縁地区と『漂白域』との境まで来い。話はそれからだ』
『―ああそれと、移動にその『腕』は使うな。さっきの発作を抑える手段が今のところもうないんでな。それじゃ。』
マルンが通信を切ると、後には孤独な『脱命者』と『首無し』が残った。『首無し』は頭部についたスピーカーをジャックに向けたまま、くーんと鼻を鳴らした。
—仕方ない。
『一緒にこい』
ジャックは『首無し』に命令を下した。
居場所と主をそれぞれ失った一人と一匹は、『植木鉢』南端を目指して歩き始めた。




