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ブレインシード:ツーサイド・ジャッカーズ  作者: リオ
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21/22

『探偵と助手』①

「クソ、こういうのを焼きが回ったっていうのか」


 ―仮にも俺を殺しにかかってきた相手だ。助ける必要がない。だが。

 ―「やだやだ、死にたくない!」

 脳裏に弟の顔が浮かんだその時には、彼は『庭師(リーパー)』の少年の方へ駆け出していた。


「一度だけだ。次は右腕どころじゃすまない。俺の邪魔をするようならな」


 地下数十メートル、『(コア)』が崩壊し、その根がはりめぐらされていた空間にジャックは座り込んだ。『庭師』の目も及ばず、『森』解体用の『首無し』もここまでは来ない。


 仕事柄、いや『命題』柄、とでもいおうか。『漂白域』での野営には慣れている。『根』が設置できなければ、『森』の踏破は自らの脚でなさねばならない。


『俺たちは、お前らを安全に送り届けるためにいるんだが。本当にすまない』


 誰の言葉だったか。『右腕』から流れ込んだ記憶と自身の記憶が混在して、うまく思い出せない。

 ―そうだ、スパイクか。『ネムノキ』の伐採任務の時、『根』が敷設できずに申し訳なさそうにしていたっけ。—おや。

 眼球がじんわりと薄い膜に覆われたように、視界がぼやける。眼球を覆う膜は次第に厚く熱くなって、やがてぽとりとジャックの膝に落ちた。


 ―『命題』の都合で偶然一緒になっただけの、ただの仕事仲間だ。気にかける義理なんてどこにもない。もしどちらかが死んだら、また別の『斥候(スカウト)』、別の『伐採者』が任務を受け継ぐ。それだけの、お互いに替えのきく関係だ。すべては『植木鉢』の中で生命を循環させるための巨大なシステム、その一部分にすぎない。


 しかし、どれだけの彼の主張があろうと、それを黙って聞き入れるものはおらず、また的確な答えを返してくれる『監視塔(ウォッチタワー)』も、今や彼の敵だった。あの白斑に覆われた『庭師』の少年の姿が脳裏にふと浮かぶ。

 —あんなガキに何を期待しているんだ。

 振り払うように頭を振ると、ぽとりと、また何かが地面に落ちた。


『いいかい、人はみんなが助け合って生きているんだ』


「うるさい」脳裏に響く声をかき消すようにつぶやく。


『君達を助けてくれるのは『ぎょろぎょろさん』だけじゃない。それを忘れなければ大丈夫だ―』


「うるさい」左腕で膝を抱え込んで、強く抱き寄せる。


『—お父さんがいなくてもね。約束するよ』


「全部失った後で、思い出させるんじゃない」


 ジャックは、懐かしささえ感じる自分に怒りを覚えた。

 そのかすかな怒気に反応したのか、『右腕』が脈動する。

 ぶくり、と頭の中が泡立ったように感じたのもつかの間、『腕』は、彼の脳に情報を流し込んできた。

 勢いは『腕』を接続されたときとは比べ物にならない。それは『履歴』だった。


 自らが殴り殺し、縊り殺し、叩き潰した者たちの歪んだ顔、そして怒りを抽出した断末魔。その一覧を、ただ無機質、勝つ無遠慮に脳髄に流し込まれる。

「やめてくれ!」

 ジャックは叫び、『腕』を殴打する。しかし、その勢いは止まらない。ぶくぶくぶくぶくぶくぶく。怒りは脳髄を沸き立たせる。

 右腕からは太いツタがびしり、びしりと突き出し、ジャックを飲み込み始めていた。

 そのさなか、彼は声を聞いた。

『『灯台下暗し』たぁよく言ったもんだぜ。『樹』の根っこの空洞とはな!』

 声の主は、犬型の『首無し』だった。頭部には録音機能を兼ねたスピーカーが取り付けられ、声はそこを通じて出力されているようだった。

『そして、『備えあれば憂いなし』ってな。こいつを飲め』

 つけられた首輪には、カプセルが取り付けられている。

 その首輪には見覚えがあった。

「その『首無し』、スパイクの…」


『さっさとしてくれ、そのろくでもない『腕』がこのワン公とお前を飲み込まないうちにな。『命題』―やらなきゃいけないことがあるんだろ?』

 ―どこの誰かは知らないが、今はそれしかない。

 首輪からカプセルを引きちぎるように外し、一気に飲み込んだ。

「うっ!」

 かっ、と一瞬体が熱くなるのを感じたが、その熱はすぐに引いていった。比例するように、『腕』から流し込まれる断末魔も引いていく。熱した金属を冷水に漬けたような、劇的な変化だった。平静を取り戻していくにつれ、体が強く酸素を求めた。

「ぶはっ、はぁ、はぁ」

 そこで初めて、ジャックは自分が呼吸をしていなかったことに気づく。その様子を見ていたのか、声の主はひとまず安心といった様子で声をかけた。


『落ち着いたようだな、ジャック』

「誰だ、スパイクの知り合いか」肩で息をしながら問う。

『スパイク?あぁ、このワン公の飼い主か』

『首無し』を飼うってのも悪趣味な話だが、と声は笑った。しわがれた、しかしどこか若々しさを保った、聞いたことのないその声は、自らをこう名乗った。

『俺の名はマルン。小説家だ』

 ―どこかで聞いた、いや見た名だ。ジャックは大急ぎで記憶のページと『機能』のライブラリを手繰る。該当するページが一つあった。徹頭徹尾退屈な、列車に乗った男の小説。


『転轍機』著:マルン


「『転轍機』か!」

『おおそうかそうか、ファンに会うのは初めてだ!サインか、ちゃんとした署名作ってもらうべきだったなー』


 やけに嬉しそうな声がスピーカーから流れ出る。なぜか『首無し』までもが尻尾を振っている。


「—いや、その。ファンというわけでは」事実を述べる。

『—そうか』


 マルンと名乗った声の主は、わかりやすく声のトーンを落とした。『首無し』も、尻尾をたらんと落とした。

『もうすぐ新作が出るから、そちらもどうぞよろしく…』

 などとぶつぶつ言っているのが聞こえる。

 ―正直に答えすぎただろうか。

 思わず心の中でつぶやかれた、同情の言葉にジャックは驚いた。

 ―どうも調子が狂う。なんだかこいつのペースに乗せられているようだ。『植木鉢』の住人であれば、今『監視塔』に通報していてもおかしくないのだ。


「新作なんてどうでもいい。あんたには三つ、答えてもらう。」

 ジャックは『首無し』の前に三本指を突き出し、語気を強めた。

「一つ、あんたは敵か、味方か」

「二つ、どうやってこの場所が分かった」

「三つ、なぜ俺を助けた。どこまで知ってるかわからないが、俺は『脱命者』、それも殺人者だ。その保護が『自己保存の放棄』に抵触する可能性があることは分かるだろ」


 マルンはしばらく黙っていた。『脱命者』であることを聞いて、今まさに通報を行っている最中かもしれない。

 ―軽率だったか。

 そうなれば、先ほどとは別の『庭師』がやってくるだろう。今のジャックには対抗する余力は残っていなかった。

 先ほどの『庭師』の奇襲の苛烈さから『監視塔』からの捕縛命令の文末には『生死問わず(デッドオアアライブ)』の文言が付記されているらしいことを、彼は薄々感じ取っていた。


 ―今すぐに目の前の『首無し』を殺ってしまい、より遠くへ逃げるのが得策か。ジャックが『右腕』に力を籠めようとしたその時。

『よろしい。では順番に答えよう―てかワン公、殺そうとしてただろ?信用ないのか、俺』

 

くーん。


『首無し』が鼻を鳴らし、身をすくめる。

「当たり前だ。いいか、簡潔に答えろ。今この時にも、『監視塔』に通報していないとも限らないからな」

『そんなことしないよ、まあいい。一つ、俺は味方だ。条件付きでね。』

『二つ、この『首無し』のにおいの記録をたどったのさ。こいつの飼い主と接触したことがあったろ』

『三つ、これが最も重要だ。俺は、君に保護を依頼しに来た。君の元『伐採者』としての腕前と、その『右腕』を見込んでね』

 ―ほご。保護か。

 いくつかの同音異義語を文脈に当てはめ、最も齟齬のないものを思い浮かべたはずだった。

「何を言ってる?」

『簡潔にいえ、といったのは君だろう?よろしいもうちょっと詳しく言おうか』

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あのガスマスクの男に、だ』


 ―()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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