↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「感情がない」と婚約破棄された宮廷薬師、辺境で防疫制度を敷いたら王国が頭を下げてきた ―戦わずに疫病を制した追放医師の再建録―  作者: 東雲透


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/55

第30話 筆頭ガレンは、俺の令に賛成した

医師団の見解は、六日後に出た。


三条ある。クレトが読み上げるあいだ、ミレイユは腕を組んで立っていた。読み終わるころには、その腕が下りていた。


――一、王国防疫令第二条を、医師団はこれを支持する。

――二、同条にいう「数える者」とは、王国の定める講習を修了し、医師団に登録した者をいう。

――三、講習および登録簿の管理は、医師団がこれを行う。


「……支持する?」ミレイユが言った。「支持するって、何よ」


「賛成だ」


「賛成? あの人が?」


「一条目を読め。俺の令に、まっすぐ賛成している」


「じゃあ二条目と三条目は何なのよ!」


「賛成の中身だ」


俺は紙を手に取って、三度読んだ。三度読んでも、どこにも間違ったことは書いていない。


数える者に医師の免許は要らない。それは残っている。ただし、講習を受けて登録した者を「数える者」と呼ぶ。免許ではないから、令に反していない。誰でも受けられるから、閉じてもいない。


「ダークは」クレトが小さく言った。「あの井戸番は、字が読めません。講習を受けられますか」


「受けられる、と書いてある。受かるとは書いていない」


蛇口だ、と俺は思った。免許という蛇口は令で外された。だから、その手前にもう一つ、蛇口をつける。締めるとは言わない。ただ、握る。


「断りましょう」クレトが言った。声が硬い。「令は令です。医師団の見解に、令を狭める力はありません」


「断れば、どうなる」


「……それは」


「講習をしない医師団と、講習を要らないと言う俺で、六百三十七人が二つに割れる。割れた区は、どちらのやり方でも数えない」


第一波を止めるのに要る日数を、俺は知っている。二日だ。二日で割れが決まらなければ、その区は終わる。


「飲む」俺は言った。「条件をつけて」


医師団の議場は、王宮の東の棟にある。天井が高く、椅子が円く並んでいて、声がよく響く。俺はその円の外に立った。免許がないので、椅子には座れない。


筆頭ガレンは、まだ筆頭ではない。王室侍医を解かれ、椅子は空いたままだ。それでも、この男は前から三列目の席に座っていた。誰もそこに座れと言っていないし、誰もどけとも言わない。


「やあ、ヴェント君」


温かい声だった。孫を迎える顔で、この男は俺を見た。


「見解に、条件をつけたいそうだね。どうぞ」


「四つある」


「四つ。うん、少ないな」


「一つ。講習料と登録料を取らない」


「よろしい」ガレンは即答した。「金を取れば、貧しい区から数える者が消える。君の言うとおりだ」


「二つ。読み書きを、要件にしない」


議場がざわついた。ガレンは手を上げて、それを鎮めた。


「……理由を聞こうか」


「王都でいちばん正確に数えているのは、字の読めない七つの子どもだ」


しばらく、誰も何も言わなかった。ガレンだけが、面白がるように目を細めた。


「よろしい。読み書きは問わない」


「三つ。登録を断るときは、理由を書面で出す」


ここで、はじめてガレンの返事が半拍遅れた。


「……理由を、書面で」


「断った数と理由が残る。それだけだ」


「そうだね。それだけだ」ガレンは頷いた。「よろしい」


「四つ。登録簿の写しを、毎月、数える部屋へ回す」


「それは、医師団の帳面だが」


「登録した者の名簿だ」俺は言った。「数えた人間の名は、消えない。あなたの前で、王がそう署名した」


ガレンは、しばらく黙っていた。それから、ゆっくり笑った。怒鳴らない男だ。怒鳴ったところを、俺は一度も見ていない。


「よろしい。四つとも、飲もう」


円の中で、拍手が起きた。何に対する拍手なのか、たぶん半分の者は分かっていない。


議場を出るとき、ガレンが追いついてきた。廊下は暗い。窓が北を向いている。


「君は、賢い」歩きながら、この男は言った。「四つとも、私が断れない形にして持ってきた。金・字・理由・写し。どれも、断ると私が汚れる」


「四つとも、あなたが飲める形にして持ってきた」


「そう。そこが賢い」ガレンは足を止めた。「ではヴェント君。私が何を得たと思う」


「講習の中身」


「よろしい」


満足そうだった。試験に受かった生徒を見る顔だ。


「私は君の令に賛成した。心からだよ。あれは正しい令だ」ガレンは言った。「正しい令を、正しく運ぶ人間が要る。私は、それをやる」


「二千三百人を、そのために使うのか」


「二千三百人を、そのために食わせるのだ」


そこで、この男の声がわずかに変わった。温度ではない。速さでもない。何かが、はじめて素のまま出た気がした。


「君は、免許を捨てさせたね。瀉血も捨てさせた。それはいい。……では、あの者たちは明日から何で食う」


俺は答えなかった。答えを持っていなかったからだ。


「考えておきなさい」ガレンは背を向けた。「答えを持たない者の制度は、二年で崩れる。私は、それを三度見た」


十日後、登録所が開いた。


医師団の建物の裏手に、天幕が三つ。朝の鐘が鳴る前から、列ができていた。


俺は列の外から数えた。四百を過ぎたところで、数えるのをやめた。


井戸番がいる。市の当番がいる。教区の書記がいる。パン屋の女房がいる。ヨナスが並んでいて、その手をニナが引いていた。


昼過ぎ、その天幕からダークが出てきた。第五十三区の井戸番だ。手ぶらだった。


「札を、もらえなかった」


「理由は」


「読み上げの試しがあってな。紙を渡されて、これを読めと言われた」ダークは自分の掌を見た。「読めねえ、と言った。そしたら、次の方どうぞ、と」


「書面は」


「なんだ、それは」


俺は天幕へ行った。


机の向こうに座っていたのは、若い医者だった。悪い顔ではない。言われたとおりのことを、言われたとおりにやっている顔だ。


「断るなら、理由を書面で出す。見解の四つ目だ」


「……存じております。ですが、書面は、その、まだ様式が」


「様式は要らない。名前と、断った理由を一行で書け。日付を入れて、二枚作れ。一枚はこの人に渡せ」


若い医者は書いた。手が遅い。四行を書けなかった第十二区の老医師と、同じ遅さだった。


――ダーク。四十四。井戸番。読み上げの試しに合格せず。


俺はその紙を受け取って、ダークの掌に載せた。


「持っていろ」


「こんな紙、どうする」


「今日、王都で何人が断られたかを、俺は明日には知る」


三日で、断りの書面は百七十二枚になった。


そのうち百六十一枚に、同じ理由が書いてあった。読み上げの試しに合格せず。


読み書きは要件にしない、とガレンは議場で言った。要件にはしていない。ただ、講習の初日に読み上げの試しがあるだけだ。


見解の二つ目は守られていた。守られたまま、百六十一人が弾かれていた。


「訴えましょう」クレトが言った。


「訴える先が、どこにある」


「……令の第二条です」


「第二条は、免許を要しないと書いてある。試しをするな、とは書いていない」


俺は百七十二枚を束ねて、紐で括った。


「だが、この束は残る。理由を書けと言ったのは、こういうときのためだ」


そして、列の中ほどに、白い襟の男たちがいた。


瀉血医だ。刃を捨てた医者たちが、井戸番と同じ列に並んで、同じ講習を待っている。


「……あの人たち」ミレイユが眉を寄せた。「何しに来たの」


「食いに来た」


「食う?」


「刃を取り上げられて、次の仕事を探しに来た」


その列を、俺は端から端まで見た。数える者になる人間と、ならない人間の見分けが、この列ではつかない。


つかないことが、あの男の狙いだ。

第30話をお読みくださり、ありがとうございます。


筆頭ガレンは、令に反対しませんでした。反対どころか「支持する」と書いてきます。免許という蛇口は令で外されたので、その手前にもう一つ、講習と登録という蛇口をつけました。締めるとは言いません。ただ、握ります。


エリアスがつけた四つの条件は、どれも断ればガレンが汚れる形でした。金を取らない。読み書きを問わない。断るなら理由を書面で。登録簿の写しを毎月回せ。四つとも通ります。


そのかわりガレンが取ったのは「講習の中身」でした。そして廊下で、この男ははじめて素の声を出します。「君は免許を捨てさせた。瀉血も捨てさせた。……では、あの者たちは明日から何で食う」。


エリアスは答えられませんでした。答えを持っていなかったからです。


登録所の列には、井戸番も、七つの子の手を引いた老人も、そして刃を取り上げられた瀉血医たちも並んでいました。数える者になる人間と、ならない人間の見分けが、この列ではつきません。


つかないことが、あの男の狙いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。