第23話 疫病を持ち込んだのは誰か、日付が答える
審問は、朝の鐘で始まった。
医師団本館の大講堂。石の段が四段、黒い法衣が俺を見下ろす。窓の外から「異端を出せ」という声が降ってくる。免許がない。よそ者だ。俺の名前は、便利だった。ミレイユは三歩後ろで、肩の角度だけで怒っていた。
最上段、筆頭ガレンの隣を、書記が「臨席、デュラン侯爵閣下」と読み上げた。この春、俺を辺境へ送った書付の印だ。段の端では、王女アデラインの扇が、ゆっくり動いていた。
「市の帳面に、灰死病の字は一つもない。だから私は、王都に灰死病はないと宣言した。嘘ではない」ガレンは温厚な声で言った。この老人は、いつもこの声で人を殺す。「夏至から三十六日目に君が城門をくぐり、堀外へ行き、『灰死病だ』と言った。その八日後に宣言があり、今、人が死んでいる。日付を並べただけだよ。並べるのは、君の得意なやり方だろう」
うまい。この老人は、俺を異端とは呼ばない。俺の武器で、俺を刺しにきた。王都に灰死病の記録が一度もないのは、書かせなかったからだ。消した跡が、消した者のアリバイになっている。紙は、力のあるほうの手の中で意味が決まる。
「貴殿の二百十四人を、私は疑わない」侯爵の声は低かった。「二十年、私の家はあの門の荷を数えてきた。麦の袋も、塩の樽も、荷馬車が減った年の教区の減りも。灰死病と書けば城門が閉じる。閉じて二十日で、二万人が飢える。銭のない者からだ。……数える男は、貴殿だけではない。貴殿の二百十四人と、私の二万人。どちらが大きいかは、七つの子どもでも分かる」
「その数は、たぶん正しい」俺は言った。
この男は、正しい。金の理屈の中では、一分の隙もなく正しい。彼が数えなかったのは、名前だけだ。
ガレンが、有罪の値段を並べた。無免許の診療は犯罪だ。俺が罪人と決まれば、ヴァルクの令も、区画長の名も紙屑になる。ヨナスも、ニナも、クレトも、異端に手を貸した者になる。ミレイユの家の名代の書状は、明日からただの紙だ。
「あなたたち、一度も、死んだ人の名前を言ってないでしょう!」ミレイユが立ち上がった。「麦の袋は二十年ぶん数えたわよね! ヤンさんの名前は!」
「ミレイユ。座れ」
彼女は唇を噛んで、座った。ここで怒っても、削られた字は戻らない。
「弁明はしない。証人を二人、呼びたい。井戸番と、その孫だ」
「堀外の人間は、名簿にない。載っていない者は、証人になれない。……法だよ」
「証人にしなくていい」俺は言った。「物を、運んでもらうだけだ」
ガレンが、口をつぐんだ。物の持ち込みを禁じる条文は、この街にはない。
扉が開いた。ヨナスが麻の袋を提げ、その後ろから、七つのニナが灰色の小石を盛った椀を抱えて入ってきた。黒い法衣が四段、二人を見下ろす。ニナは見上げなかった。どこに並べるか、を見ていた。
ヨナスが床に木札をあけた。ニナがしゃがんで、日付の順に並べはじめる。十枚ごとに、椀から石を一つ脇に置く。列は俺の足元を過ぎて、まだ伸びた。石が、十を越えた。
かた。かた。かた。
「終わった」ニナが言った。「石が、二十一。札が、四枚」
書記が、思わず立ち上がっていた。「……二百十四」
段の端で、扇が止まった。
「夏至から宣言の日まで、堀外で死んだ者の数だ。役所の紙と、同じ日数ぶんある」俺は言った。「その役所の紙は、九十三人だ」
「木の板は、証拠ではない。子どもが、いくらでも足せる」
「足せる。だから、照らせばいい。書記。役所の写しの、夏至の日、北の教区だ」
「……夏至。死亡、一名。病名、熱病」
「札も一枚だ。次の日」
「なし」
「札も、なし。その次」
「二名」
「二枚。次」
「三名」
「三枚。……もういい」
三日で足りた。この部屋の全員が、もう分かっている。王国の帳面が、日ごとに、字の読めない子どもの石に膝を折っていく。
「王国の役所が公示した紙と、七つの子どもの木札が、同じ日に、同じ数だけ人が死んだと言っている」俺は言った。「この子の数え方は正しい。そう言っているのは、俺じゃない。あんたたちの帳面だ。……ヨナス。俺が城門をくぐった日は、どれだ」
ヨナスが列を歩いた。老人の足だ。ずいぶん歩いて、奥のほうで膝を折り、指を置いた。
「ここだ。ヴェント様が来た日は、ここだ。……その日も、二人、埋めた」
木札は、その指の手前に、扉の近くまで並んでいた。
「書記。指の手前を読め」
書記はガレンを見た。ガレンは、何も言わない。だから、書記は数えた。
「……石が、十三。札が、六」
「百三十六人だ」俺は言った。「俺が門をくぐったとき、堀外ではすでに百三十六人が、灰色の唇のまま埋まっていた。三十五日ぶんだ。筆頭。日付を最後まで並べれば、こうなる」
「熱病だよ。君が来るまで、この街に灰死病はなかった。それが記録だ」
「ミレイユ。そこから読め。全部だ」
「ヤン。三十四。荷運び。灰死病。――コリン。二十八。石工。灰死病。――名を知らぬ、四十前後の男。靴直し。灰死病――」
「もう、いい」
「まだ、百十五人います」ミレイユは、やめなかった。「三日で八十一軒、回りました。二百十四人のうち、九十三人は、病名を書き換えられた人。残りの百二十一人は、名前ごと、どこにもなかった人。そのうちの百十九人を、わたしが書きました」
「……だから、書けなかったのだ」
デュラン侯爵が、はじめて身を乗り出していた。それが自白だと、たぶん、分かっていなかった。
「私は、二百十四人を惜しまなかったのではない。数えた上で、大きいほうを取った。貴殿が、いつもやっていることだろう」
「俺は、この街で一度でも、城門を閉じろと言ったか」
侯爵の口が、開いたまま、止まった。
「一度も言っていない。あんたたちは、閉じるか、書かないか、の二つで考えていた。三つ目がある。ヴァルクは一万人を八つに割り、城門を一日も閉じずに止めた。市は立った。荷馬車も、税も入った」俺は言った。「あんたの二万人は、閉じたときの数だ。閉じないで止める道を、あんたは一度も数えていない。……二百十四人は、防ぐ必要のなかった損のために、消された」
侯爵は長いあいだ俺を見て、椅子の背にもたれた。反論は、来なかった。
俺は、段の上を見た。
ガレンは、一つも動じていなかった。侯爵が黙っても、書記が数えても、扇が止まっても、あの老人は指一本、動かしていない。今日ここで彼が失ったものは、まだ何もない。二百十四人は堀の外の話で、彼の記録庫には、傷ひとつ、ついていない。
「話がずれている」ガレンの声は、変わらない。「主題は、君が疫病を持ち込んだかどうかだ。この王都に、灰死病の記録は一つもない」
「一つ、ある」
俺は外套の内から、黄ばんだ羊皮紙を出した。三年、荷の底で眠っていた紙だ。
第23話をお読みくださり、ありがとうございます。この十話で、いちばん長く沈めた回でした。
エリアスは、一度も弁明しません。かわりに床へ並んだのは、日付だけです。字の読めない七つの子どもが置いた木札を、王国の書記が数え、王国の帳面が「この子は正しい」と認証してしまう――あの一列が書きたくて、ここまで積んできました。
デュラン侯爵は、悪人ではありません。彼は本当に数えていました。ただ、名前だけを数えなかった。閉じるか、書かないか。その二つしかないと思っていた人に、エリアスは三つ目を見せます。
けれど、筆頭ガレンは指一本動いていません。堀外の二百十四人は、彼にとって傷ですらない。彼を刺せる紙は、この場にただ一枚だけ――エリアスが三年間、荷の底に沈めていたものです。
次回、その紙に押された印を読みます。




