第二話 粥の椀
四郎が目を開けたのは、四日目の朝であった。
障子が白んでいる。蝉がまだ鳴き出さぬ、薄い静けさが部屋に満ちていた。枕もとの盥の水は、夜のあいだにすっかり温んでいる。蚊遣りの煙は細く尽きかけ、苦い薬湯の匂いだけが、畳に居座っていた。
天井を見た。煤けた梁が、三本、斜めに渡っている。
見たことのない梁であった。そして同時に、四年のあいだ毎夜見上げてきた梁でもあった。
(どちらの目だ)
すぐには分からなかった。四つの子供の目と、三十七年を生きた男の目とが、ひとつの頭蓋の中で、ぎこちなく焦点を結ぼうとしている。蛍光灯の白さと、行灯の黄色い揺れとが、瞼の裏で重なり、離れた。
「おお、お目が」
乳母が声を詰まらせ、襖の向こうへ駆けていった。入れ違いに、柔らかな手が額に触れた。母であった。
「よう、戻ってきてくれました」
その手は冷たく、わずかに震えていた。袖から、あの潮の匂いがした。四郎は、不意に目の奥が熱くなるのを覚えた。前の人生で、こんなふうに額に手を置いてくれた者は、いなかった。それがどういう種類の涙なのか、四つの子の体は知らず、三十七の心は知っていた。両方がいっぺんに溢れて、母の掌を濡らした。
「みず」
声は、他人のもののように掠れていた。
熱が引き、粥が喉を通るようになるまでの数日、四郎は寝床の中で、己の身の上を検めた。
名は四郎。毛利元就の四男。数えで四つ。母は乃美大方。ここは安芸の吉田郡山城で、今は天文二十三年の夏である。
(毛利元就)
その名には、覚えがあった。広島の取引先の料亭に、掛け軸が掛かっていたのである。酒の席で、そこの主人が三本の矢の話を得意げに語るのを、彼は何度か聞かされた。一本では折れるが、三本束ねれば折れぬ。三人の息子に、兄弟力を合わせよと説いた父の話。
では、その三人の外にいる自分は、何なのか。
(四本目の矢など、聞いたことがない)
苦い笑いが、喉の奥に湧いた。名も伝わらぬ四男坊。束の外に置かれた一本。それが今の己の立ち位置であるらしい。
もうひとつ、冷たい記憶が浮かんだ。厳島である。
彼の暮らした廿日市は、宮島の対岸にあった。宮島口の土産物屋の脇に、古い解説の看板が立っていて、そこに厳島の戦いのことが書かれていた。毛利元就が、大軍の陶晴賢を、奇襲で討った。弘治元年。西暦で一五五五年。
(来年の秋だ)
看板は、勝ったことしか書いていなかった。そこへ至るまでに、何人が死ぬのかを、一行も教えてくれなかった。
胸の底から、冷たいものが這い上がった。戦になる。それも、でかいのが。
そして、冷たさの下から、もっと素直な本音が顔を出した。
(嫌だな)
戦は嫌だ。働くのも、もう十分やった。前の人生で、彼は一日十六時間を働いて死んだ。今度こそ、飯を食い、日向で昼寝をして、できれば誰も殺さず殺されず、ゆるゆると生きたい。
幸い、この身の上は、その望みに悪くなかった。家督は嫡男の隆元が継ぐ。自分は正室の子ですらない。
どこかの家に養子に出されるか、片隅の城を預かるか、せいぜいその程度であろう。母の言った「背負うものも少ない」とは、そういう意味であったのかと、今になって思い当たる。
だが、世の中は、そう都合よくできてはいなかった。
回復して五日目の昼下がり、縁側へ出ることを許された。
夏の光が庭の白砂に跳ね返り、目が痛いほどだった。蝉が、一斉に鳴いている。縁の端に腰を下ろされ、膝に薄い夏掛けを掛けられて、四郎は庭の隅をぼんやりと眺めた。
そこに、老いた女がしゃがんでいた。
城の端女であろう。籠に薬草を摘んでいる。日に焼けた皺の深い顔で、手の甲には、草の汁が染みついていた。その傍らに、六つか七つの男の子が、青い顔で座り込んでいる。乾いた、肺の奥を擦るような咳をしていた。
「婆さん」
声をかけると、老女は飛び上がるようにして平伏しかけた。
「ああ、そのままでよい。その子は」
「へえ、孫でございます。夏風邪をこじらせまして。薬草を煎じておりますが、なかなか」
四郎は、子供の顔を見た。血の気がなく、唇が紫がかっている。それ以上に、頬がこけすぎていた。
(病より前に、食うものが足りていない)
城の下働きの家でこれである。城下の民は、山に暮らす者は、どうなのか。
「粥は、食わせておるか」
「……ここ数日は、米が」
老女は言いかけて、口をつぐんだ。口にしてはならぬことだと、骨身に染みているのであろう。
四郎は黙って、膝の上の椀を持ち上げた。昼に出された病人粥が、半分ほど残っている。わずかな塩と、細かく刻んだ菜の入った、白い粥であった。
「乳母」
背後に控えていた乳母が、はっと膝を進めた。
「これを、あの子にやれ」
「若様、それは若様のお食事で」
「もう腹は膨れた。残りを、やってくれ」
乳母は逡巡し、襖の影の母を見た。
ここで断っておかねばならない。主の食べ残しを下の者に下げ渡すことは、ないではない。
だがそれは台所の者が、決まった手順で、決まった者にするものである。主の子が縁側から、直に、名も知らぬ端女の孫に椀を差し出すことは、筋が違った。
身分というものは、そういう筋の積み重ねで成り立っている。その筋の外へ、四つの子が足を踏み出していた。
母は、じっと見ていた。やがて、小さく頷いた。
椀が老女の孫に渡った。子供は、何が起きたか分からぬ顔をして、それから匙も使わずに口をつけた。喉が鳴った。飲み込む音が、蝉の声の合間に、妙にはっきりと聞こえた。
老女は地面に額を擦りつけたまま、肩を震わせていた。
「ありがたく、ありがたく」
「礼はよい。教えてくれ。その子のほかにも、そういう者は多いのか」
「……多うございます」
絞り出すような声であった。
「今年は塩が入りませぬ。魚も干せませぬ。山の者は米を買う銭もなく、ひもじいのを堪えておるばかりで」
塩が入らない。それは味が薄いというだけの話ではなかった。塩がなければ、保存の利く食い物が作れない。保存食がなければ、冬は越せない。飢えた者は、やがて田畑を捨てるか、刃物を取るかの、どちらかを選ぶことになる。
(物が、流れていないんだ)
陶との手切れで、海の道が滞っている。前の人生で骨身に染みた理屈が、ここでも同じように働いていた。止まった物流の先で、一番先に死ぬのは、いつも、いちばん声の小さい者だ。
戦に勝つ負けるの前に、誰かが、食わせねばならない。
その考えが浮かんだとき、四郎は、己の中の何かが静かに定まるのを感じた。
(楽に生きたい。それは変わらない。けれど、目の前でこれを見て、知らん顔で昼寝ができるほど、俺は図太くない)
覚悟と呼ぶには、あまりに小さな決意であった。だが彼が前の人生でしてきた仕事は、いつも、そういう小さな決意の積み重ねだった。
「婆さん、名は」
「は、お米と申します」
「お米。その子が治ったら、また来てくれ。聞きたいことがある。山の者が何を作り、何を食い、何に困っておるのか」
「若様、それは」
老女は顔を上げた。皺に埋もれた目が、怯えたように揺れた。武家の子が、端女にそんなことを訊くはずがなかった。
「聞きたいだけだ。悪いようにはせん」
蝉の声が、ひときわ高くなった。
そのとき、庭の向こうの廊下を渡る足音があった。
乳母が息をのみ、老女が反射的に身を伏せる。四郎の目に、白髪まじりの、小柄な男が映った。痩せた体に地味な小袖、供もほとんど連れていない。
毛利元就であった。
顔は、戦国を生き抜いた男にしては意外なほど穏やかだった。それでいて目だけが、底の見えぬ井戸のように暗い。
元就は縁の手前で足を止め、庭に伏す老女と、粥の椀を抱えた子供と、縁に座る四郎とを、順に見た。何も言わない。ただ、見ていた。
四郎は、背筋が冷えるのを覚えた。この男は五十八年をかけて、毒と謀と血とで、一族を守ってきた。その視線の前では、中身が三十七だろうが何だろうが、関係がなかった。
(あれ)
ふと、庭の隅の植え込みの脇で、鍬を持った下男のひとりが、顔を上げたのが見えた。他の者が皆、額を地に擦りつけている中で、その男だけが、一瞬、元就と目を合わせた。元就の顎が、ほんの僅か、動いたように見えた。
人の挙動を読むのは、前の人生で身についた癖である。見間違いかもしれぬ。下男はすぐに、また頭を垂れた。
「四郎」
声は低く、意外なほど優しかった。
「熱が下がったと聞いた。よう戻った」
「はい、父上」
「その粥は、おまえがやったか」
「……はい」
沈黙があった。庭を風が通り、蚊遣りの煙を横へ流した。
元就は、老女の孫の青白い顔を見、それから、四郎の目を、もう一度、深く覗き込んだ。
「目が変わったな」
小さな声だった。独り言のようにも聞こえた。
「熱を越えると、子供は変わることがある。……よい。休め」
そう言い残して、元就は踵を返した。足音が、遠ざかっていく。
その背中を見送りながら、四郎は、夏掛けの下で小さな拳を握りしめていた。
(見られた。絶対に、何かを見られた)
背を伝う汗は、夏の暑さのせいばかりではなかった。
天文二十三年の夏は、まだ終わらない。厳島までは、あと一年と少しであった。
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