三着の息
外へ出た途端、イステルの翼がいっぱいに開いた。
風が肩を押した。私は膝でこらえ、低く流れていく青い騎服を見た。内の二頭はもう曲がり終えかけている。こちらはまだ、門を横から見ていた。
イステルが首を下げる。鞍が私を置いていくほど強く滑り、顎へ風がぶつかった。
「行こう。あれ、追って」
こんなに飛べるのに。
青い騎手の肩が足元を過ぎるまで、私は下りられなかった。その竜の翼が、イステルの腹の下で広がっている。外を大きく回り、青い鼻先が後ろへ抜けたところで、ようやく高度を落とした。
頬へ当たる空気が温かくなった。
灰色の尾が見える。ギラク。その向こうに栗色。
イステルは見ていた。
羽ばたきの間が詰まり、私の息まで細切れになった。ギラクの騎手は首の脇へ手を送り続けている。距離が縮むたび、灰色の翼が開いて視界を塞いだ。
一頭分。
もう少し。
尾の横へ鼻が届いた。私は声を出した。行けだったか、名前だったか。白い旗が膨らみ、その下をフィンフラの栗色が抜ける。
隣でギラクの翼が上がった。
灰色の鼻は、まだ前だった。
鐘が鳴った。
伏せたまま、二度、羽ばたきを受けた。前の騎手が起きる。私も起きなければならない。追うものが減った空で、手をどれだけ戻せばいいのか、わからなくなった。
「終わり。ゆっくり」
声が掠れた。
着陸場を示す旗へ向けても、イステルは鼻を上げ、前の二頭を見ていた。
*
地面に下りたら、足はしっかり立った。
春のようには震えない。腹帯も外せる。私は紐を巻き、鞍へ挟み込み、ルファが翼を調べ終えるのを待った。まだ腕に力が余っていた。
「何着」
聞かれて掲示を見た。
一着フィンフラ、二着ギラク。三の横に、イステルの番号がある。
「三着です」
ルファは胸へ手を添えたまま、こちらを見なかった。
「上に出てから、振られたね」
「戻すのにも、時間が」
「うん」
私は鞍を抱え直した。
係員が検量所から私たちを呼んだ。
青い騎服の騎手も入口へ来た。片方の手袋を歯で引き抜き、袖へ汗を押しつけている。
「最後、よく伸びたね」
「前、急に来たから」
彼女の手が止まった。
「入るときは空いてたよ」
戸が開き、先に呼ばれた彼女が鞍を抱えて入った。
残された私は、敷居の削れた所を見た。外から来る青い袖を見ていた。空いた所へ、私も入ろうとしていた。その前にあの人が入った。
戸の向こうで秤が鳴る。
自分の番になっても、顔を上げにくかった。
*
待機房へ帰ったイステルは、朝に寄せた敷草を踏み潰した。
寝ない。通りすぎる竜へ鼻を伸ばし、羽音がすると耳の付け根を動かす。桶を持って近づけば、今度は私の腕へ水を跳ねかけるほど勢いよく口を入れた。
「こぼしたら、その分なくなるよ」
桶を少し下げた。歯の間から水が落ち、床に黒い丸ができた。
ルファが脇腹の動きを数え、紙へ書きつける。
「息、戻るの早い」
「使えてないってことですよね」
彼女はもう一度、竜の胸を見た。
「最後まで追う力はあった」
「あそこで出してたら、勝てた?」
紙を持つ指が動かなくなった。
イステルが桶を追って頭を下げる。私は柄を持ったまま、ルファを見ていた。
「……それは、わからない」
私は桶を上げた。重さが両手に戻る。こいつはすぐ飲み始めた。
房の外にセルマさんがいた。観客席で握っていたのだろう、帽子の縁が曲がっていた。
「あんな遠くから、よう追いついたよ」
「追いついてないです」
セルマさんの口が閉じた。
飲み終えたイステルが、彼女へ顔を向ける。私の返事を待つみたいに、二人の間へ長い首が出た。
「そうだね。追いついてなかった」
セルマさんは帽子を脇へ挟み、鼻の横へ掌を当てた。イステルは手の匂いを嗅ぎ、袖まで探ってから、空になりかけた桶へ戻ってきた。
「店の匂い、落としてきたつもりなんだけど」
鳥でも隠してるんですか。
いつもなら出る言葉が、口まで来なかった。私は床に落ちていた木片を拾い、桶の柄に挟んだ。拾うほどの大きさでもなかった。
セルマさんがルファを呼んだ。
二人は房から離れ、通路の端へ寄った。ルファがこちらを一度見た。自分の名前を聞き取ろうとした途端、引かれてきた別の竜の爪が、石をがりがりと掻いた。
イステルの額を両手で挟む。
「今日は、誰もいない所を飛ばなかったね」
鼻孔から温かい息が出た。顎の力が抜け、ずっしり重くなった頭を、私は支えた。指を離せばどちらを向くのか、今は見たくなかった。
*
午後の出走表を持つ人たちが、通路を急いでいた。
汚れた水を捨てに出ると、賭札所へ向かうトムが見えた。呼ぼうとしたが、その前に彼は懐から別の札を出した。日なたへ透かして確かめ、窓口の列へ入る。
私は桶を傾けた。水が土を削り、靴の先へ戻ってきた。
帰り道で、青い騎服が目に入った。
柱へ背中をつけ、水を飲んでいる。空いた方の手で鞍袋の紐を結ぼうとして、うまくいかずに舌打ちした。
私はその前で止まった。
「さっきの。見えてました。入ってくるところ」
瓶が口から離れた。
「私が遅かったです」
「うん」
紐がまた滑った。彼女は瓶を足元に置き、両手で結んだ。私は言うことがなくなり、桶を持ち替えた。
「次は先に行くから」
彼女が顔を上げた。
「じゃ、早く来て」
今度は口の端が少し上がった。
私は通路へ戻った。イステルの鼻が戸板の上に出ている。空の桶を見つけると、もう口を動かしていた。
房を通りすぎ、水場へ向かった。




