閉じていく空
手袋の指が一本、うまく入らなかった。
丸まった裏地へ留め具の先を差し込む。周りでは靴音が次々に戸口へ遠ざかり、最後の指が入ったとき、私は一人になりかけていた。
「それ、あとで縫い直さないと」
年上の騎手が横を通った。私の手袋を一目見ただけで、歩く速さは変えなかった。そんなに困った顔をしていたかと思い、手を握ったり開いたりしてから、外へ出た。
イステルはルファの袖を嗅いでいた。
鞍の腹帯には、検量を終えた印がついている。ルファが最後に縁を確かめ、私に手綱を渡した。
「門の上、まだ吹いてる」
「見ました」
「最初に慌てて追わない。出た形を見て」
私はうなずいた。
乗り台の上から鞍へ脚を回すと、イステルが一歩前へ出た。
「待って」
止まる。鐙に足を入れ、座る場所を直してから、首に手を置いた。
竜はすぐに歩き始めた。私の手が動くより早かった。発走場へ向かう竜の尾が、その先で揺れていた。
膝は最後まで。抜いても、起きない。
頭の中で繰り返すうちに、手が竜の首へ貼りついていた。外柵の向こうで、セルマさんが手を上げた。
今日は帽子を振らなかった。胸の前で、両手を握っている。
私は軽く手を上げた。うまく笑えたかは、わからなかった。
*
発走場に並ぶと、隣の竜の息が聞こえた。
灰白のギラクの鼻孔が膨らみ、長い首の下を汗が光っていた。まだ飛んでいないのに、騎手はずいぶん低く伏せている。
イステルはそちらを見た。
「こっち」
右の指を動かす。黄色い目が一度こちらを向き、鼻先が正面へ戻る。
前方の旗が上がった。
風が止んだ、と思った。
旗の端だけが跳ねた。
合図が鳴った。
体が後ろへ持っていかれる。膝を締めた。イステルが助走路を蹴り、左右の翼を広げる。地面から浮く瞬間、鞍の底が尻を押し上げた。
灰色が先へ出た。
内から、栗色のフィンフラも出る。私はその二頭を追いすぎないよう、イステルの首の上で指を低く保った。
「そのまま」
最初の門が近づく。
茶色が少し内へ寄り、灰色がその外へ並びかけた。イステルの前に、茶色の尾が来る。
いい。
ここなら、風も強くない。
私は伏せた。
栗色の尾が右へ流れ、門柱が頬の横を飛んだ。川面が視界の外へずれる。
曲がり終わり。
前が開いた。
フィンフラが次の門の中央へ向かっていた。その内側には、イステルの翼を開いても通れそうな幅がある。
首が伸びた。
まだ。
指を引くと、鼻先が少し上がった。栗色の尾が離れる。私はその後ろへ戻した。
前がいなくなったら、また客席を向かれる。
直線は長かった。
イステルは顔をずらし、前の肩の向こうを見たがった。私は、尾の下から門が現れるのを待った。出られる。今も、出られる。それを確かめるたびに、次の門が近づいた。
客席の声が耳へ戻った。
判定の門をくぐる。あと一周。
川側の曲がりを抜けても、私は同じ栗色の尾を追っていた。
外のギラクが、少し高く出た。
フィンフラの騎手が伏せ直す。二頭の間に空が見え、イステルも首を伸ばした。
私は指をゆるめなかった。
最後の曲がり角まで。
目印の低い屋根は、まだ先だった。そこで外へ出す。それだけを、何度も自分へ言った。
栗色の尾が隠れた。
青い騎服が、外から入ってきていた。
さっきまで後ろにいた竜だ。こちらへ腹を見せながら、少しずつ内へ寄る。翼を広げても触れない間はあった。けれど、その頭が前を向けば、私の行く所はなくなる。
出なきゃ。
拳を送った。イステルの鼻が、青い袖の下へ近づいた。
その先で翼が開いた。
私は肘を戻した。
イステルの顎が上がる。青い肩はもう前を向いていた。私が屋根を待っている間に、あの人はここを選んでいた。
後ろで誰かが怒鳴った。
言葉は聞き取れなかった。近い羽音で、背中が硬くなった。
下は指定空域の縁。右には白い境界標がある。
私は右手を動かしかけ、止めた。そっちへは行けない。
前の尾が近づく。間を空けると、先頭の二頭がまた小さくなった。
屋根が見えた。
待っていた目印だった。
私は左へ目をやった。翼の端がある。後ろも詰まっている。あの端を越えるには、今より高く出るしかない。
上の白い帯は、さっきより強く張っていた。
「上がるよ」
前の尾から離れ、上を見た。竜は一頭もいない。ちぎれた雲が、地上の旗と違う速さで流れていた。
私は膝を寄せた。
イステルの胸が持ち上がった。
一打。
鞍が背中から離れそうに感じた。竜の首の根元へ腹を近づける。
二打。
前の翼の縁が膝より下へ落ちた。その端を越すまで、もう一度。
そこで横から風を受けた。
頬が冷たくなった。イステルの首が内へずれ、外の翼が大きく持ち上がる。
私は体を戻し、門を見た。上の端が近い。このまま上がれば、門へ戻すためにまた下りなければならない。
「ここ」
声が裏返った。
高さを止める。翼が空気を掴み直した。爪先に力が入り、鐙の細い縁が靴底へ食い込む。
私はようやく、外へ向けた。
下で青い騎服が傾いた。
その先で、茶色と灰色はもう曲がり始めていた。
イステルの長い首が、二頭へ向く。
私は手を前へ出した。
今度は、止めなかった。




