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竜の子ら  作者: megu
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8/11

閉じていく空

 手袋の指が一本、うまく入らなかった。


 丸まった裏地へ留め具の先を差し込む。周りでは靴音が次々に戸口へ遠ざかり、最後の指が入ったとき、私は一人になりかけていた。


「それ、あとで縫い直さないと」


 年上の騎手が横を通った。私の手袋を一目見ただけで、歩く速さは変えなかった。そんなに困った顔をしていたかと思い、手を握ったり開いたりしてから、外へ出た。


 イステルはルファの袖を嗅いでいた。

 鞍の腹帯には、検量を終えた印がついている。ルファが最後に縁を確かめ、私に手綱を渡した。


「門の上、まだ吹いてる」

「見ました」

「最初に慌てて追わない。出た形を見て」


 私はうなずいた。

 乗り台の上から鞍へ脚を回すと、イステルが一歩前へ出た。


「待って」


 止まる。鐙に足を入れ、座る場所を直してから、首に手を置いた。

 竜はすぐに歩き始めた。私の手が動くより早かった。発走場へ向かう竜の尾が、その先で揺れていた。


 膝は最後まで。抜いても、起きない。

 頭の中で繰り返すうちに、手が竜の首へ貼りついていた。外柵の向こうで、セルマさんが手を上げた。

 今日は帽子を振らなかった。胸の前で、両手を握っている。

 私は軽く手を上げた。うまく笑えたかは、わからなかった。


     *


 発走場に並ぶと、隣の竜の息が聞こえた。


 灰白のギラクの鼻孔が膨らみ、長い首の下を汗が光っていた。まだ飛んでいないのに、騎手はずいぶん低く伏せている。

 イステルはそちらを見た。


「こっち」


 右の指を動かす。黄色い目が一度こちらを向き、鼻先が正面へ戻る。

 前方の旗が上がった。


 風が止んだ、と思った。

 旗の端だけが跳ねた。


 合図が鳴った。


 体が後ろへ持っていかれる。膝を締めた。イステルが助走路を蹴り、左右の翼を広げる。地面から浮く瞬間、鞍の底が尻を押し上げた。


 灰色が先へ出た。

 内から、栗色のフィンフラも出る。私はその二頭を追いすぎないよう、イステルの首の上で指を低く保った。


「そのまま」


 最初の門が近づく。

 茶色が少し内へ寄り、灰色がその外へ並びかけた。イステルの前に、茶色の尾が来る。

 いい。

 ここなら、風も強くない。


 私は伏せた。

 栗色の尾が右へ流れ、門柱が頬の横を飛んだ。川面が視界の外へずれる。


 曲がり終わり。

 前が開いた。


 フィンフラが次の門の中央へ向かっていた。その内側には、イステルの翼を開いても通れそうな幅がある。

 首が伸びた。


 まだ。


 指を引くと、鼻先が少し上がった。栗色の尾が離れる。私はその後ろへ戻した。

 前がいなくなったら、また客席を向かれる。


 直線は長かった。

 イステルは顔をずらし、前の肩の向こうを見たがった。私は、尾の下から門が現れるのを待った。出られる。今も、出られる。それを確かめるたびに、次の門が近づいた。


 客席の声が耳へ戻った。

 判定の門をくぐる。あと一周。

 川側の曲がりを抜けても、私は同じ栗色の尾を追っていた。


 外のギラクが、少し高く出た。

 フィンフラの騎手が伏せ直す。二頭の間に空が見え、イステルも首を伸ばした。

 私は指をゆるめなかった。


 最後の曲がり角まで。


 目印の低い屋根は、まだ先だった。そこで外へ出す。それだけを、何度も自分へ言った。


 栗色の尾が隠れた。


 青い騎服が、外から入ってきていた。

 さっきまで後ろにいた竜だ。こちらへ腹を見せながら、少しずつ内へ寄る。翼を広げても触れない間はあった。けれど、その頭が前を向けば、私の行く所はなくなる。


 出なきゃ。


 拳を送った。イステルの鼻が、青い袖の下へ近づいた。

 その先で翼が開いた。


 私は肘を戻した。

 イステルの顎が上がる。青い肩はもう前を向いていた。私が屋根を待っている間に、あの人はここを選んでいた。


 後ろで誰かが怒鳴った。

 言葉は聞き取れなかった。近い羽音で、背中が硬くなった。


 下は指定空域の縁。右には白い境界標がある。

 私は右手を動かしかけ、止めた。そっちへは行けない。

 前の尾が近づく。間を空けると、先頭の二頭がまた小さくなった。


 屋根が見えた。

 待っていた目印だった。


 私は左へ目をやった。翼の端がある。後ろも詰まっている。あの端を越えるには、今より高く出るしかない。

 上の白い帯は、さっきより強く張っていた。


「上がるよ」


 前の尾から離れ、上を見た。竜は一頭もいない。ちぎれた雲が、地上の旗と違う速さで流れていた。

 私は膝を寄せた。


 イステルの胸が持ち上がった。


 一打。

 鞍が背中から離れそうに感じた。竜の首の根元へ腹を近づける。

 二打。

 前の翼の縁が膝より下へ落ちた。その端を越すまで、もう一度。


 そこで横から風を受けた。


 頬が冷たくなった。イステルの首が内へずれ、外の翼が大きく持ち上がる。

 私は体を戻し、門を見た。上の端が近い。このまま上がれば、門へ戻すためにまた下りなければならない。


「ここ」


 声が裏返った。

 高さを止める。翼が空気を掴み直した。爪先に力が入り、鐙の細い縁が靴底へ食い込む。

 私はようやく、外へ向けた。


 下で青い騎服が傾いた。

 その先で、茶色と灰色はもう曲がり始めていた。

 イステルの長い首が、二頭へ向く。


 私は手を前へ出した。

 今度は、止めなかった。


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