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竜の子ら  作者: megu
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11/13

もう一度、内から

「お母さんから、何か言われた?」


 ジューンは手袋を口から離した。

 歯で引いたところだけ革の色が濃い。私の肩越しにルファを見て、それからこちらへ戻った。


「何のこと」

「イステル。ほかの人が乗るかもしれないって」

「聞いてない」


 六月に入って最初の合同調教だった。乗り台の向こうで、ファルクレンが鼻を鳴らした。ジューンは手袋へ指を押し込み、黒い首へ手を置いた。


「母さんに頼んだの?」

「セルマさんが聞いたら、返事が来た。レオナ・クローリって」

「それ、私に言われても」


 早かった。

 私はイステルの手綱を握り直した。


「知ってたなら、言ってほしかった」

「知らないって言ってる」


 ファルクレンが台へ頭を寄せた。ジューンは手を広げて止めたが、竜は掌の下をくぐろうとした。


「待って」


 私まで動くのをやめた。

 ジューンは竜の鼻を押し返し、私を見た。


「母さんに聞いてみる」

「それは、やめて」

「じゃあ、どうしてほしいの」


 返せなかった。

 向こうでニアが旗を上げた。ルファに呼ばれ、私は先に台へ上がった。イステルの背へ移ると、地面にいるジューンの顔が見えなくなった。


     *


 ファルクレンの尾が、門の真ん中で止まった。


 鼻先まで来ていた黒い尾が急に大きくなり、私は肘を戻した。隣の翼から離れて門を抜ける。遅れて黒い竜が速さを上げ、私たちの肩へ来たとき、地上で旗が振られた。


「そこまで!」


 広い直線へ向けると、イステルは首を回し、まだ並びたがった。私は膝をゆるめた。ジューンは黒い首の上で左手を開き、また握っていた。


 着陸場では、ニアが先に彼女の所へ来た。


「二つ合図が来たよ」

「外を見て、戻した」

「戻す方が強かった」


 私はイステルの翼が畳まれるのを待った。口元を手の甲で拭いた。汗はついていなかった。


「今、笑った?」


 振り向くとジューンがいた。


「笑ってない」

「笑いそうだった」

「……珍しいから」

「よくある。お前のいない朝も乗ってるし」


 私は手を下ろした。

 ジューンの騎服は、膝の内側だけ砂の色になっていた。ファルクレンがその膝へ鼻をつける。彼女は払いもせず、竜の耳の後ろを掻いた。


     *


 次の組が飛ぶ間、外周を歩いた。


 ファルクレンは半歩先へ行き、イステルが追う。黒い鼻を抑えれば赤茶の鼻が出て、今度はこちらが遅くする。私たちの歩幅だけが、いつまでも揃わなかった。


「さっき、何がいたの」


 私から聞いた。


「外に、一頭いるつもりだった」

「いなかったよ」

「だから、失敗した」


 頭の上を若い竜が通った。地面へ落ちた影が袋を横切る。イステルが見上げかけたので、私は首の下へ掌を当てた。


「母さんには、言わない」


 ジューンが前を向いたまま言った。


「……うん」

「でも、頼まれたら、母さんは紹介するよ」

「わかってる」

「私がやめてって言っても」

「わかってるって」


 声が重なった。

 ファルクレンの鼻がジューンの袋へ潜り、包みの端を引っ張った。彼女は慌てて袋を持ち上げた。新しい手袋まで落ちそうになる。


「今の、笑っていい?」

「だめ」


 私は下を向いた。

 ジューンが袋の口を締め直すのを待って、ニアの旗を見た。こちらへ向いている。


「もう一度、内から来て」


 ジューンが言った。


「同じ所?」

「入れると思った所。今度は止めないから」

「止まったら抜くよ」

「それでいい」


     *


 二度目は、入れなかった。


 黒い翼が揃い、春に見えた青い空が閉じた。待てばまた開くかもしれない。迷った半息のあいだに、ファルクレンの尾が遠くなった。

 私は外へ出した。

 イステルの背は左へ動いたのに、右の膝が鞍へ貼りついたままだった。脇腹の下で何かがつかえ、首が振れる。向きを整えたときには、黒い竜が門の向こうへ抜けていた。


 旗が上がった。

 その先まで追いそうになって、歯を噛み合わせた。イステルの鼻がぐっと前へ出たが、私は起き、速さを落とした。


 下りてからも、右腿が硬かった。踵を地面へ押しつけ、膝を曲げてみる。ジューンが見ているのに気づき、途中でやめた。

 イステルが振り向いた。寄ってきた鼻先を避けず、首へ手を置く。


「あと一本」


 ルファは竜の胸へ手を入れた。


「短くなら。時間、聞いておいで」


 ニアの板には朝の予定がびっしり並んでいた。指がその間へ入り、細い余白を叩く。


「この組のあと、十分。下りるところまでで終わり」


 ジューンも板を覗き込んだ。


「次、こっちが後ろでもいい?」

「私が前?」

「動いたところを見て合わせたい」


 イステルを先頭にする。

 ルファを探しかけて、やめた。ジューンはもう、手袋の留めを締めていた。


「抜きに来て。どっちからでも」


 口にしたら、腹が冷たくなった。


     *


 背中へ羽音が寄ってきた。


 イステルの耳が動く。私も振り向きたかった。左に黒い翼が見えたとき、イステルの首までそちらへ向き、進む門が顔の先からずれた。


「こっち」


 右の膝で支えた。今度は体ごと竜に戻す。近づいていた左の門柱が、視界の端へ戻った。

 ジューンが外で伏せる。

 黒い鼻が前へ出た。

 抜かれた途端、イステルが伸びた。私は首へ伏せたが、地上にはもう旗があった。


「終わり!」


 ジューンの声が風越しに届いた。

 舌打ちが出た。彼女も聞こえたらしく、前を向いたまま肩を揺らした。


 地上へ戻ったら、若い竜を連れた厩務員が待っていた。私は鞍を外し、脇へ寄った。踵の下で、柔らかいものが潰れた。


「あ」


 ジューンの袋だった。

 慌てて拾う。中で、昼の食べ物の包みが平たくなっていた。


「ごめん。買ってくる」

「もう行くから」

「でも、これ」

「形しか変わってない」


 彼女は包みを裏返し、土がついたのが外の袋だけだと確かめた。


「次の朝、何か持ってきて。甘いの以外」

「注文、多いね」

「踏んだの、お前」


 私は財布から手を離した。


「次、いつ」


 ジューンは、まだ予定を書いているニアを顎で示した。

 私はそちらへ戻った。今度は声をかける前に、板の空いている所を探した。


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