出来るのなら、お願いするわ
王宮本館の3階。サロンとして解放された一角に、魔導師オーガスと第二王子ユーグが、優雅にお茶を飲み談笑している。一見、そうみえる。だが、周囲には他人の気配がないにもかかわらず、二人の会話は他をはばかる様に小声で行われている。
「レポートがロイドに渡ってしまったようだよ」
ユーグは微笑みを浮かべたまま一度も口を付けなかったカップを置いた。一方のオーガスの顔は険しく、眉間に深くしわが刻まれている。
「ことが魔術院の中に至っては、早計な動きは取れませぬ」
「魔術相、ヴァレリウス伯か……だからこそ町で決着を付けたかったんだけど……」
「なかなか乱暴でしたな。まさか町全体で魔術を行使するような、思い切ったことをしでかすとは……」
「ステキだろう?」
オーガスは目を閉じ口元をゆがめてゆっくり頭を振った。
「町の混乱の苦情が内務省に押し寄せています。幸い朝早くで人の動きが少なかったから良いものの……」
「魔術の霧、か。町の半分から王宮まで。あれほどの広域な魔術、可能なのかい?」
「理論上は、としか。実際にできる者は限られましょう」
「天才、か。やれやれ」
ユーグは背もたれに身を預け顎に手をやり窓を見やった。
「レポートを協会に提出するのであれば、殿下か私を通すことになるでしょう。焦らずともそこで差し止めることもできましょう」
「だといいんだけれど」
ユーグは、冷めきったお茶をそのままに、組んだ足を大きく戻し立ち上がった。
◇
魔術院の最上階に近い執務室で、ロイドは一人提出されたレポートを前に唸っていた。独り言が多いのは常の事で、もはや誰も気にも留めない。
「うーむ、九元とやらに付いて書かれた最古の書、とはいっても、弱いなぁ……。もう少し重要性を匂わせるような……」
レポートをペラペラと行ったり来たりしながら、意を決してペンにインクを付けると、新しい紙にサラサラと書き出した。
「『……本書において言及される九元においては、本国における魔術遺跡との関連も予想される。本書の完全解読と遺跡の再稼働は星降りの日の大規模魔術の解明へ至る唯一の道である』……と。こんなものか」
その最後の1枚を差し替えると、抜き取った元のレポートをびりびりに破き、足元のくずかごに放り込んだ。
「書き直しを命じている余裕が無いですからね……。ユニウス嬢も騒ぎを起こしてお咎めを受けているとのことですし……」
そうしてレポートの束をきっちりと紐で綴じ、大きめの封筒に放り込む。丁寧に蝋を溶かす香りが部屋を覆い、ヴァレリウス家の印で慎重に封をした。
「よし、と……。しかし、ユニウス嬢は固すぎますねぇ。ハッタリの使いどころを教えなければいけないでしょうか……」
封筒を脇へよけると、飲みかけの茶に手を伸ばした。
「協会へは……早いに越したことは無いでしょう。少し型破りですがあのルートを使いましょう。早速手紙を……」
手にした茶には口も付けずにすぐに戻すと、別の便せんを取り出し、再びペンを手に一心に手紙を書き出した。
◇
「はぁー、ようやく一つ片付いたわね……」
羽ペンを置きインク瓶の蓋をきつく閉めると、執務室の椅子に浅く腰掛けて、筋肉痛で痛む足をさする。
ようやくの思いで、町での広域魔術の行使に関する始末書を書き上げた。
レポートを狙う所属不明の賊の襲撃から逃れるためやむなく、って。嘘は書いてないわね。賊の正体が正確に分からない以上、これしか書きようがなかった。その辺りはやっぱりプロだったのね。場合によっては馬車の故障も奴らの仕業かしら。請求してやらなきゃ。
さて、ロイドに依頼されていた中間報告も無事に済み、これでようやく本腰を入れて翻訳に取り掛かることができる。
自分に割り振られたその他の雑書の鑑定は既にあらかた終えている。そもそも中身を鑑定するまでもない既存の技術書がほとんどだ。メリルに背表紙から書物のリストは作らせたので、ほとんどそれで報告としては終わっている。
メリーヌ先生の書き込みでも見つけようと思ったけれど、先生は本自体には書き込まないタイプなようで、意外なほどキレイに保管されていたことが伺える。
先生の研究ノートでも出てくれば、色々分かりそうなものなのに……。付箋だらけの自分のノートに目を落とす。ここまで本がキレイなら、どこかに先生の研究成果が残っているはずなのよね。
先生の弟子だった「あの子」がいれば、手がかりになったのかしら。
「『セナ』……どこ行っちゃったのよ……」
「ご学友、ですか?」
声に出してしまっていた。メリルの素朴な質問に答えてやる。
「……聞こえてたのね、ええ。真正の『天才』よ。ギフトと呼ばれる力があるなら、それを与えられた、本物の、ね」
「カナリィ様がそこまで仰るとは、よっぽど、なのですね。行方が知れぬのですか?」
「そうね……先生と同時期に、星の降った日の混乱期に、学校から姿を消したの。落ち着いた頃にようやく除籍になってたわ」
背もたれに体を預け、天井を見上げる。
当時は何も分からなかった。星は学校のそばにも落ち、誰が無事で誰が無事でないかすら分からなかった頃だ。
「探りましょうか?」
メリルがこちらを覗き込むように言う。
「出来るのなら、お願いするわ……。学校側も……いえ、協会も行方を追ってたようだけど、結局分からずじまいって所みたいね」
体を起こしながら答えた。
「もしや、カナリィ様が卒業後に突然旅に出ると仰っていたのは……」
「そう、共に消えた先生とセナの足跡を辿れれば、って、思ってたんだけど……」
強引に連れ戻された挙句、望んでもいない王宮魔術師の椅子に、こうして座っているってワケ。
「まぁ、ココに来てこの本に出会えたのは良かったわ。それこそ先生の研究に手がかりがありそうなものだもの」
そうだ、足を動かして追いかけることは出来なかったけれど、こうして先生の遺したモノがある。これも先生を追いかけるって事に、なるのかしらね。
「さて、時間はたっぷりあるわ。まずはじっくりと、この本を解き明かしていきましょうかね」
自分のノートを開き、再び先生の遺した「空想と現象」の原本に向きあった。
◇
魔術協会。
内海の半島の先端に設けられた議場、その一角を占める小規模な会議室において、ヒソヒソと言葉を交わす者たちがいる。
彼らの視線は、中央の卓上に上げられたレポートにあった。
両開きの仰々しい扉が開けられ、入ってきた初老の人物が、真っすぐに部屋の上座に着く。
「議長、特段のお呼び出し、失礼いたします」
議長と呼ばれた初老の男の、すぐ隣に座っていた髭の男が声をかける。
「事が事じゃ。仕方あるまい」
「ジナイ王国から上がってきたこちらの鑑定レポートは、御覧になられましたか?」
「うむ。まことならば放置はできまい、小国で管理できるレベルを超えておる」
「この特別委員会においても同様の意見でございます。しかし委員会の決議には実行力がありませぬので……」
「ワシの決定が必要だ、と……」
議長は出席している面々の顔を順に見据えていく。
目の合った一人の男が立ちあがり声を上げた。
「であれば話は早い。真相の解明は何よりも急がれる。騎士団を出したまえ!件の遺跡、そして魔術書及び解読者を抑えるのだ」
声の大きいその者に対して、議長は落ち着いて問い返す。
「オーガス卿不在の中で動けば角が立ちそうなものだが……。騎士団を出すにして、その人選は?」
「『ライエル』が戻っております。立て続けになろうが彼の部隊に急行させましょう!」
「ふむ……」
議長は顔に手をやりしばし考えるそぶりを見せる。
「他の者の意見は?」
「既に委員会の決議において、実力行使すべし、と決まり、議長をお呼びしたところでございます。後は議長のご一存で……」
髭の男が静かに言う。
それを聞き議長は意を決したように、頷いた。
「よかろう。ジナイ王国へライエルの部隊を派遣せよ」




