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たまには、いいわよね?

 休息日。

 ここのところ、大っぴらに先生の残した書物を研究できることをいいことに、朝から晩まで執務室に籠っていた。

 たまの休息日ぐらい、ベッドでゴロゴロしてても誰も構わないわよね。

 廊下の方からチャリチャリという鍵の音がしたかと思うと、カチャカチャと戸が開けられ、シャッシャッと音を立ててカーテンが引き開けられる。キィと音を立て窓が開くと、小鳥のさえずる声がピーチクパーチクと飛び込んでくる。

 構われるのよね。

「おはようございます、カナリィ様」

「……ええ、おはよう」

 いたっていつも通り。完璧なメイドだわ。

 ベッドの上から、窓辺のテーブルにカチャカチャと食器を整える後姿を見る。トクトクトク、とお茶を注ぐ音を聞いて、のっそりとベッドから這い出した。

 あくびを一つ打ち、大きく伸びをする。

「休息日なんだから、あなたもサボってもいいのよ?」

「私にはこれが日常ですので」

 メイドの鑑ね。

「……決めたわ。この後あなたはお休みにしなさい!」

「はい?」

 朝食の支度を済ませたメリルが、身体ごとこちらを振り返る。

「私も今日はオーソローに会う用事があるのよ。昔使ってた教本を貸してくれる、ってね」

「はい、承知しております。昼の鐘で町の水道橋での待ち合わせ、と」

「そう!あなたは付いてこなくてもいいわ!」

 びしっと人差し指を立てて宣言する。

「ですが、町まで出かけるのに供も連れないとは……」

「もう、子供じゃないんだから。町までの道ならこの前一緒に行ってるじゃない」

「ですが、先日の襲撃から日も経っておりませんし……」

「あれはレポートが狙いだったんじゃない。もう手元にはそんなものないんだから、安心しなさいって」

「ですが、御昼食が……」

「ですがですが、じゃないの!」

 グズるメリルにびしっと言ってやる。

「いいじゃない、たまにはゆっくりしても。そうだ、あなたも町で買い物とかしたりすればいいじゃない。父上には私から言っておくから!」

「ですが……」

「はいはい、食器の片付けも私がやっておくから、着替えてきなさい」

 それでも抵抗するメリルを無理矢理部屋の外へ押しやって扉を閉める。

 ……がちゃ。

「食器は、ワゴンで厨房へ……」

「分かってるわ!」

 ばたん。

 ……がちゃ。

「ですが、やはり……」

「いいから!」

 ばたん。

 ……がちゃ。

「あの、それでは……」

「や・す・み・な・さい!」

 ばたん。

 まったく、有能な分、頑固で強情なところがあるわね。


 朝食をのんびり食べ終え、食器を片付けたワゴンを押していく。昔はこれを押したがってメイドたちを困らせたっけ。ワゴンを厨房へ押し込んでホールへ行くと、父が届いた手紙の束を読んでいた。

「お父様。今日はメリルは休みにしたから。何も言づけないようにね」

 父は手紙に目を落としたまま、空返事を返す。聞いているのかしら。

 ホールに置かれた花瓶の花やらを眺めていたら、使用人室の戸が、き、と開き、おずおずと私服のメリルが姿を現した。

 足元まであるえんじ色のボリュームあるスカートに、コルセットを締めた細い腰。裾には刺繡でレース状の模様が施され、襟元は控えめなフリルが付いている。

 思わず両手を合わせて飛び跳ねる。

「いいじゃない!……でもこれ、忘れてるわよ」

 頭に付けたままのフリルのカチューシャを指さすと、赤面して部屋へ戻っていった。

 カワイイところもあるじゃないの。

 再び出てきたメリルの手を取り、ぐいぐいと玄関まで引っ張っていく。

「じゃあね~、ごゆっくり~」

 にこやかに手を振って見送った。メリルはしばらく玄関前をうろうろしていたが、やがて意を決して、どこかへ立ち去ったようだ。

 ホールに戻ってくると、手紙を読んでいた父上がこちらに話しかけてきた。

「どうも騎士団が動いているようだ」

「やだ、物騒ねえ。それより、今日は私も出かけるから。車はいいわ、歩いて町へ行くの」

 そう伝えると、初めて顔を上げてこちらを見た。

「ふむ、先日の馬車の件もある、気を付けて行くのだぞ」

 あら、意外と止められないものね。やっぱりメリルが過保護なだけじゃないの。

「そういえば、馬車の件って解決したの?」

「いや、痕跡は何も残っていないようでな……」

「……心当たりはあるのよね」

「ほう」

「でも知らない方がいいわ、お父様の胃に穴が開いちゃうから」

 確証がない以上、滅多なことは言わない方がいいだろう。父は続きを聞きたがったが、振りきって部屋へ戻ってきた。

 さて、私も昼までに町へ行かなきゃいけないから、のんびりはしてられないのよね。自室の隣の、衣装部屋へ行ってはた、と気づく。

 ……何を着ればいいのかしら……。

 普段はお決まりの魔術師のローブに身を包んでいたけれど、いざ休息日に町に出るとなると流行もなにもさっぱり分からない。魔術学校時代は制服でどこへでも行けたけれど、それももうない。

「め、メリルー!!」

 自分で送り出しておいて早速泣きつきたくなった。


 結局、衣裳部屋を端から端まで取っ散らかした挙句、白い肩の開いたワンピースに皮のベルトを締めた簡単な物になった。寝巻と思われないかしら……腰は締まってるからマシよね……。いつものカバンを肩から下げ、早足にロビーを抜けて外へ出る。

 町の水道橋へは意外とすんなりと着いた。もっと迷うかと思ったけれど、丁寧に案内板が出ていた。こんな待ち合わせのできる公園になってるなんて、ね。

 休息日とはいえども、公園の周りには出店が並び、お菓子や軽食などを手軽に売り出している。働き者はどこにでもいるもののようだ。家族連れやカップルがにこやかに過ごしている。普段敷地から出ることが少なかった分、なんだか落ち着かないわね。

 空いていたベンチに座って待っていると、オーソローがキョロキョロしながらやってきた。いつもの野暮ったいローブ姿からは想像できない、小花を散らした紺のスカート。首元には黒いリボンを巻いて、つばの広い帽子を被っている。

「カナリィ様!お、オシャレですね……!」

「オーソローこそ、見違えたじゃない」

「へ、へへへ……ローブじゃないと落ち着かないです。あ、これ約束の……」

 オーソローは手にしていた本、現象学の基礎教本を早速手渡してきた。受け取ってカバンにしまい込んでいると、ごろーん、ごろーん、と昼の鐘が鳴り響く。

「カナリィ様は、お食事は……?」

「いいえ、町で何か食べれるかと、実は楽しみにしてきたのよ」

 メリルがいると、あれこれうるさくて気軽に買い食いなんてさせてもらえないからね。

「あなたが来るまでにココの屋台も物色していたのだけれど……どれも選べないわ!オーソローのおすすめはあるの?」

「す、少し行ったところに、休日でもやってるパン屋さんがあるので……そ、そちらはどうでしょうか……?……あ、あそこ、並んでいるパンを自由に自分で選べるという、ちょっと面白い、変わったお店で……」

「えっ、自分で好きなパンを選べるの!? すてき!行きましょう!」

 場所も分からないのにオーソローの手を取って、笑いながら駆けだした。


「ちょっと待ちなさい、今真剣だから……」

 こんがり焼いたハードブレッドに菜っ葉と肉の腸詰めを挟み込んだという初顔と、絶対に美味しいに決まっているハニーマーマレードのサンド。これは、甲乙つけがたいわ……どちらかを選ばなければいけないなんて、なんて残酷なの!!

「カナリィ様……そんな、大真面目に……」

 すでに買い物を終えて袋を抱えたオーソローを前に、うんうんと唸り続ける。

「決めたわ!!このファーストインプレッションを信じる!!魔術においても直感は大事よ!」

 町で出会った食べ物なんて、次にいつ口にできるか分からない。腸詰めのパンを袋に包んでもらい、お金を払う。銀貨、で良いのよね。

 よく分からないけれどお釣りをジャラジャラもらい、ほくほく顔でオーソローと並んで先ほどのベンチへ向かう。

 袋の中のパンからは焼きたての小麦の香りが漂い、食欲を刺激する。袋から取り出し辺りをキョロキョロと伺ってから、恐る恐るかじりつく。ぷりっとした腸詰は、かじるとバツんと弾け、中から肉汁がじゅわりとあふれ出る。香ばしい固めのパンと一緒に噛んでいると、肉のうま味とパンの歯ごたえが組み合わさって、何ともいえない食べ応えを与えてくる。

 あまりのおいしさに目が見開くのが分かる。

「これ!おいしいわ!」

 なぜか隣のオーソローに、高らかに宣言して、二口目にも挑む。

 オーソローはそんなカナリィを見て終始ニコニコしている。そんなに美味しかったのかしら。

 二人並んで無言でもぐもぐと一息に食べてしまった。

「オーソロー、実は……」

「は、はい……」

 オーソローがごくり、と息をのむのが見えた。

「あそこの、ベリーのシャーベット、ずっと気になっていたのよ……」

「ぷっ」

「ちょっと!何よ!こっちは真剣に!」

 噴き出したオーソローに向かって拳を振り上げる。

「いいですね、こ、この際だから食べちゃいましょう」

「やったー!」

 賛成してくれたオーソローに感謝して再び立ち上がって出店へ向かう。

 こんな買い食いも、たまには、いいわよね?


 日が傾いてくるまで食べ歩きながらゆっくりとおしゃべりをした。あまり遅くなるとお父様が心配するわね。

「今日はありがとう、オーソロー」

「こちらこそ、ステキな休息日でした。お屋敷までお送りしましょうか?」

「いいえ、まだ日も高いし大丈夫よ、ありがとう」

 オーソローと別れ、家路を目指す。

 街はずれの門まで来たところで、なんだか見たことのある後姿が。

 あのドレスは……。

「メリル!」

 その声に振り向いたのは、朝からオシャレをして出かけていたメリルだった。

「カナリィ様!」

 裾を翻してこちらを向いたメリルが、小走りに駆けてくる。

「メリルも、丁度帰るところかしら?」

「もう、一日中落ち着かない限りでした……」

「ちょっとちょっと、そんな子供みたいなこと言って。何して過ごしていたの?」

「そ、その……ベリーのシャーベットを食べて……」

 普段は聞けないメリルの冒険を聞きながら、二人並んで屋敷を目指した。

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