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トラブルでもあったかしら

「カナリィ様。協会の騎士団が我が国へ入国されました」

 朝食を食べながらそんな報告を受けた。

「へぇ。そんなトラブルでもあったかしら?」

 日が昇るのはますます早くなり、既に木々には濃い影が落ちている。むせかえる様な緑の香りが、開け放たれた窓から入ってくる。

「真意は不明ですが、王宮には来られるでしょう。どうぞご留意を」

 ふーん、と軽く聞き流しながら、魔術学校時代の騎士団予備隊の面々の顔を思い出す。あの中で実際に騎士団に入れたのは何人いたのかしら。王宮まで来る、なんてこともあるかもね。

 手早く朝食を済ませ、さっさと着替える。王宮勤めも大分慣れてきたものだ。

「ねぇメリル。あなた、オーガス卿のメモだけはなんだかしっとりしてたけれど、オーガス卿の事気になってるんじゃないの?」

「まさかそんな。カナリィ様のお役に立ちそうな情報だけをお伝えしたまでです」

「未婚、なんて情報必要ないじゃないの」

 などと、町を抜ける馬車の中で他愛ない話をしているうちに、王宮に近づく。

 いつもは庭園まで素通りで入れるのだが、なぜか今日は門の前で止められた。外を見ると、普段の10倍は衛兵が立っているではないか。

「騎士団対策、なのかしら……」

「おそらくそうでしょう。対応が早いですね」

「あなたの情報の早さも王宮並ってことは分かったわ……」

 いつもの林を抜けて魔術院まで来ると、ココにも衛兵がうろうろしている。

「なんだか物々しいわねぇ……」

 そう呟きながら執務室へ向かった。

 執務室に付いたら荷物を下ろして、早速金庫から例の原文を取り出す。ロイドから、「重要なものなので金庫にしまって帰る様に」、とのお達しで預けられた小型の金庫だ。この重要性が分かってるなら1階の山積みの本もなんとかしなさいよね。

 原文を読み進めるにあたって分かってきたことがある。

 現代の現象学では、3つの「相」に渡る12の「態」、というのが常識だが、意外にもこの原文ではそこまできっちりとした分類は確立していなかったという事。そして7つの基礎属性の先に「九元」が想定されていたという事。「九元」も属性の一つとして仮定していたのね。

 この時代には7属性が定まっていたことは発見だわ。じゃあいつできたのか、までは読み解けないけれど。

 自分のノートと原文を交互に見比べながら、少しずつ読み解いていく。メリーヌ先生から与えられた課題の図書を読み解いていた頃を思い出す。アレは文字が読めた分、今思えばラクショーだったわ。ずいぶん苦労してたものね。

 「九元」といえば魔剣、よね、やっぱり。

 現代魔術でも解明できない不可解な力を秘めた剣。現存する3本以外は形状も所在地も不明ときた。4本目はメリーヌ先生が見つけたんだっけ。あんまり覚えてないわね。

 ああ、そういえば、オーソローから借りたままだった現象学の基礎教本、そろそろ返さなくちゃ。いわゆる町の魔術師のレベルだけれど、基本はしっかりしたいい本だったわ。

 立ち上がり、卓の左右に積み上げた本の中から、背表紙のない冊子を探し出す。

「オーソロー様にお返しするのでしたら、私が」

 と、またしても先回りしたメリルが言う。

「気分転換に話もしてきたいから、自分で行くわ」

 そう断って部屋を出た。


 廊下へ出ると、中も衛兵たちがなにやら走り回っている。何かを探している様子だが。しれっと脇を通り過ぎ、階下のオーソロー達のいる部屋へ向かった。

 ちょうど階段を降りたところで、向こうからオーソローが駆けてくるのが見えた。手を振って待ち構える。しかし何やら表情が険しい。焦っているのか。

「カナリィ様!!よかった!!」

 駆け付けたオーソローを両手を上げて迎え入れた。

「オーソロー、丁度あなたのところへ……」

 という言葉を遮る様に早口でかぶせてくる。

「ゆ、ユーグ殿下からの下命で、お探ししようと……」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ。ユーグが何ですって?」

 慌てるオーソローの背中を軽く叩き落ち着かせようとする、が。

「す、すぐ身をお隠しください!!」

 その言葉とほとんど同時に、ホールの方からざわめきが起こった。そしてガチャガチャと金属が当たる音が響いてくる。

 オーソローはカナリィの身体を押しやる様に階段の上へ促す。

「き、騎士団です!!」

 まだ事情が呑み込めていない。騎士団なんて怯えることもないのに。

「狙いは、カナリィ様、あなたなんです!!」

「へ?」

「と、とにかくお逃げください!入口はもう使えません!!」

 背中を押されるまま階段を駆けあがる。

「事情が飲み込めないんだけど……」

「まだ窓からなら外に出られます!!急いで!!」

 がばっと廊下の窓を開けたオーソローに急かされ、窓枠に足をかける。

「逃げろってどこに……」

「もう登ってきます!!早く!!」

 その勢いに押されてとにかく外へ飛び出した。窓のすぐ外にあった足場にとりあえず降り、様子を見ようと思ったところで、ばんっと音を立てて窓が閉められた。

 すぐにガチャガチャという足音が最前立っていた廊下を駆けていくのが分かる。

 ちょっとちょっと、一体何事なの……?

 ひとまず屋根を伝って地上を目指す。部屋に置いてきたメリルが心配だが、私が狙いなら大丈夫か……。

 少し高いけど、身体強化<ブースト>を使って……。2階部分から院の裏手に当たる草むらに向かって飛び降りた。

 ドサッ、と音は立てたが、無事着地はできた。

「誰だ!!」

 無事、ではなかったわね。目の前には騎士団の隊服の若い騎士が一人。やるしかないのかしら。

「委員長!カナリィ委員長じゃん!」

 杖に手を伸ばそうとしたその時、予想外の声を掛けられ、一瞬止まってしまう。

「俺だよ!」

 と帽子を取ったその下には、見知った顔があった。

「あら、ハルト!」

 白を基調とした衣服に、厳めしい鎧で関節を守っている騎士団の隊服。胸のプレートには協会の紋章が彫ってある。

「あんた、騎士団なんて入れたのね」

 あの入学当時は落ちこぼれで補修を受けていたハルトが。もっとも、卒業間近にはその力を見せるぐらいに成長していたけれども。

 ハルトは左右をキョロキョロと見回した後、そっと身をかがめながら距離を詰めた。辺りの様子を伺いながら、小声で話す。

「委員長、一体なにしたのさ……最優先捕縛対象に上がるなんて……」

「な、なにもしてないわよ!本を読んでレポートをあげただけで……」

「ライエル隊長の部隊が動くなんて、よっぽどだよ?」

「ライエルって……あの魔剣の!?」

「そう、一軍の第一部隊が動いてる。僕はただの数合わせだけどね」

 騎士団のライエルと言えば世界広しと言えども二人はいないだろう。

「何が何だか分からないわよ……とにかく私は身を隠すわよ!追ってこないでよね!」

 再会を喜ぶ間もなく、そう言い残して林の奥へ向かって駆けだした。

「あっ!ちょっと!」

 とハルトが慌てているのは無視して草むらを飛び越す。

 しばらくして背後から呼び笛の高い音が響いてきた。

「ハルトの奴……!まぁ、仕方ないわね……!」

 魔術院を大きく迂回する形で、とにかく王宮から脱することを目指す。林の奥は手入れもされておらず、草が生い茂り走りづらい。視界を遮ってくれるのはいいけれど、音も気になるわね。

 新緑に深まる林の影を、木々を縫うように駆け抜ける。

 とにかく、王宮の外へ!!

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