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怪我程度で済ませてあげる!

 後ろからは、まだ誰も追っては来ていないようね。

 林の中をかき分けながら、ちらりと振り返る。王宮の敷地内とはいえ木々は深く、どっちを向いているか分からなくなる。

 あまり寝所、王族たちの居城に近づくと、今度は王宮の兵に捕まりかねない。まったく、王宮の全体像なんて分かってないわよ……。とにかく王宮の外側を目指して駆け抜ける。

 林の途切れる通路が見えた。慎重に左右を見渡すと、王宮の兵も何やら駆けずり回っているのが見える。

 そこへ馬に乗ったユーグが右手から現れ、兵たちに合流した。

「いたか!?魔術院からは脱しているらしい!」

 これは……こちらも私を探しているのかしら……。様子が見えない分、下手に頼るのも危険ね……。

 ユーグたちがそのまま左手へ駆けていくのを見送って、急いで通路を横切った。

 庭園に入り、生垣の影を伝いながら進む。この辺りは誰もいないようだけれど。夏の蔓花がつぼみを付けているそのアーチをくぐり、トゲの目立つバラの生垣の影を這うように進む。

 なんでこんなことするハメになってるのかしら……。訳が分からぬまま地を這っている自分の姿を遠目に想像し、ため息が出る。

 心当たりがあるとすれば、ユーグたちも求めていたあのレポート、だが。そりゃあ、ものすごい発見だけれど……騎士団に追われる言われはないわよ?それにもうレポートは出しちゃったもの、書いた私に用があるなら手紙でもなんでも寄こせば済む話だわ。

 じゃあ、お父様絡み?でも魔術師でもないお父様が協会に関わりがあるなんて聞いたこともない。

 ええい、考えても仕方ないわね。ひとまずメリルと合流したいわ。あの子は無事かしら。


 何の建物かも分からない王宮の古い別館の影を警戒しながら進む。

 正面の扉の前には暇そうに立つ衛兵がいるようだ。話し声が聞こえる。

「騎士団の連中、何を探してるんだ?」

「何でも魔術師のお嬢さんだそうだが」

「こうも我が物顔でうろつかれると、なんだかなぁ」

「そうはいっても『星降りの日』に関わる手配犯って噂だぞ」

 へぇ!?何でそんなことになってるのよ……!?

 立ち聞きしていると、足音を立ててさらに数人が近づいて来る。

「おぅい、伝令だ。ユーグ殿下からの正式なやつ」

「はっ」

「『魔術師カナリィ・ユニウスの身柄を騎士団に先んじて抑えること。まだ王宮内に残っている可能性が高い』とのことだ。多少強引でも構わんと。見つけた者は王宮本館の殿下の近衛に連絡を」

「はっ。例の手配犯ってやつですか?」

「詳細は分からん。罪人ではなさそうだが、騎士団には渡したくないそうだ」

「しかし、俺たち一般衛兵が、殿下個人の頼みでどこまで本気で動くべきですかね? 騎士団の連中の動きも全然情報が回ってこない」

「しっ、声がでかい。そうはいっても王族からの直々のお願いだ、見つけたらラッキーくらいで探しておけ」

 音を立てないようこっそりとその建物からも離れていく。どうやら知らない間に事が大きくなっているようだ。

 どこに身を隠していても落ち着かない。また『幻惑の霧』でやり過ごそうか……いや、王宮内で広域魔術なんて使ったらそれこそ反逆罪で捕まっちゃう。


 でも、王宮の全員が全員私の事を知ってるわけないもんね。魔術師だってたくさんうろうろしてるワケだし。案外堂々としてたら分からないんじゃないかしら。魔術院からも随分離れたし、正門さえ避ければ……。

「おい、いたか?」

「いやぁー、さすがにこの辺までは来てないんじゃないか?魔術院とは反対だぞ?」

「………………」

 すたすたすた、と何食わぬ顔で通路を横切る。

「あの子じゃないのか?」

「金髪の魔術師、か」

 にこっ

 ぴゅー

「あ、おいまて!!」

 ダメだった!!特徴まで伝わってるわ!!

 ガチャガチャと追いかけてくる衛兵たち。失敗した!!距離が近い。

 仕方ない……。

 腰から杖を取り出す。

「止まりなさい!!」

 衛兵を向き直り杖を突き出す。

 こちらの威圧に気圧されて足を止める。

「魔術師のカナリィ、様ですよね?」

「ユーグ殿下がお探しです、ご同行を……」

 二人が並んでうろたえながらも訴えてくる。

「何も分からないまま罪人として捕まるわけにはいかないわ!見逃してくれるなら怪我程度で済ませてあげる!」

「け、怪我って、我々は保護しろと言われて……」

「知ってるのよ!手荒にして構わないって命令を受けていること!……動かないで!!」

 一歩踏み出そうとした衛兵を牽制する。

 二人の衛兵はお互いに顔を見合わせている。

 後方には庭園を区切るちょっとした塀。その先はまた林が続いて……おそらくその先に正面玄関から続いている本館があるはず。

「命令だろ、仕方ない、身柄を抑えるぞ」

「おうっ」

 相手は意を決したように低く姿勢を構えるとこちらにとびかかってきた。

 身体強化<ブースト>!!

「『魔よ集いて……』」

 抱きかかえようとする一人目の男を詠唱しながらひょいと飛び越える。

「『力となれ』!!」

 そのまま後頭部に魔弾を二発続けてお見舞いする。

 兜の上からとはいえ直撃した衝撃に前のめりに倒れ込んだ。

 続けざまに二人目の懐に入り込み無詠唱の魔弾をわき腹へ叩き込む。

 無詠唱はまだ安定しないけれど牽制にはなる。

 一息に飛びずさって距離を取り、もう一度すれ違うタイミングを計る。

「このっ……!!」

「……『魔よ集いて』!!」

 二人目の男が再び突っ込んで捕まえようとする、その腕を左手で払いのける。

「『力となれ』!!」

 空いたわきの下めがけて再び魔弾を二連。

「がっ!!」

 うめき声をあげて怯んだその隙に早口に詠唱する。

「『風よ渦を巻き炎をなせ』!!!!」

 体の周りに圧縮した風を巻き起こし、熱を上げて軽い炎とする。それを目くらましに一気に後方へ飛び上がり塀を越える。勢いそのままに林に転がる様に駆け込む。

 見つかっちゃったけれどとりあえず難は逃れた。本館が見えれば王宮の外も近いわ!


 見えた!本館の屋根!

 しゃがみこみ様子をうかがう。衛兵たちとユーグの近衛の影、と騎士団も何人かいる。一番の危険地帯ね……。

 でも本館がこの方向なら、町の方角も分かるわ。何とかばれないように……。一度身を引き林の奥へ引き返す。

 ここにじっともしていられない。ひとまず町の方角を目指す。

 再び這いずるようにじりじりと歩を進め、ついに王宮の敷地を隔てる柵が見えた。しかし、その手前も先も遮るものがない。

 仕方ない、一気に行くわ。

 勢い任せに飛び出し、渾身の力を込めて地面を踏み切る。

 だんっ、と音を立てて柵を飛び越える。

 思った以上に飛び上がったせいで、王宮の衛兵に見つかったのが見えた。

 でも柵を越えちゃえば……!!

 勢い任せで飛び越えたせいで着地が上手くいかずに前のめりに転がりそうになりながらも無事に王宮を抜けた。

 町までは大した障害物もない、追い付かれるまでに駆け抜けるしかない。

 王宮の正門方向にいる兵がこちらを指さしているのを確認しつつ駆けだした。道のない野原を突っ切って町へ向かう街道に出る。

 この後はスピード勝負だ。明日の筋肉痛が心配だが、それどころではない。まったく、魔術師の服は飛んだり跳ねたりするようにはなってないのよね……。

 王宮に向かう馬車を引く馬を驚かせながらも、往来の人を避けながら跳ぶように走り抜ける。一様に変な顔をされるが、構ってはいられない。私だって魔術師がなりふり構わず全力疾走してたら何事かと思うわよ。

 幸い町までは捕縛の令が届いていないのか、すんなり門を抜けられた。ここなら身を隠す場所もたくさんあるわね。ひとまず大通りに入り、道ゆく人々の中に紛れ込む。下手に走れば目立ってしまう。

 後ろを気にしながら大通りに面した服屋に入る。

「この帽子、もらうわよ!釣りは要らないわ!」

 すぐ入り口にかけてあった帽子を取り、金貨を2枚カウンターに叩きつける。

 髪を束ねて帽子に押し込み店を出ると、目の前の通りを馬に乗った兵たちが通り過ぎた。

 あっぶなーい。ギリギリだったわね……。

 帽子を深く被り直して、あくまで落ち着いた様子で往来を歩く。本当は駆け出したいところだけど……逸る気持ちを抑えながら、あくまでのんびり店を見て歩いている風を装う。

 さっと裏通りに入り、早足で通り抜ける。

 路地をジグザグに抜けながら、家の方角への出口を目指す。

 昼間っから酔っ払って座り込んでいるおじさんや、裏でゴミをまとめている店員達の脇をすりぬけながら路地の奥へと進んでいく。

 おそらく、ここを曲がった先の通りが……。

 待って!!通りの出口に誰かいる……!だめだ、見つかってる!!

「はぁ、はぁ……。探したよ、カナリィ」

 目の前に立ちふさがったのは、第二王子ユーグその人だった。

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