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あんたどっちの味方なのよ

 通りの入口の壁に手を突いた、ユーグの影が路地に落ちる。

 とっさに後ろを振り返るが、ユーグはもうこっちに向けて歩き出してきている。

「ユーグ……」

 腰の杖を取り出し覚悟を決めた。

「……そこをどきなさい!!」

 ユーグは両手を上げて立ち止まった。

「カナリィ、落ち着いてほしい。僕は君の味方だ」

「どこがよ!衛兵に命令して捕まえようとしているじゃない!」

 そう口にした途端、ユーグは地を蹴ってがばっと覆いかぶさってきた。

「ちょ、ちょっと……!!」

「しっ、奴らだ!!」 

 途端に外の通りを馬に乗った一団が駆け抜けていった。

 あっちは家の方向……。

「君の家はもう奴らに囲まれているよ……」

 ふと顔を上げると、ユーグの長いまつげの顔が目の前にある。

「わ、分かったから、離れなさいよ……!!」

 耳の辺りが熱くなる感じを覚えながら両手でユーグの胸元を押しやった。

「……あなたの狙いは何なの?」

「立ち話している場合じゃない。落ち着ける場所へ行こう。付いておいで」

 とにかく家に逃げ込むつもりが、当てが外れてしまった……。うつむきながら仕方なく路地を奥に進むユーグについていく。


 そのまま表通りに出ることなく、裏路地から一軒の家に入った。

「……ここは?」

「まぁ、僕の隠れ家の一つ、さ。王族と言うのも肩身が狭くてね」

 ダイニングの椅子を引き長い足を組んで座ったユーグが、こちらにも座るよう促す。

「この家は気に入っててね。表通りからは入れないようになっているから安心して良い」

 おそるおそる椅子を引いて浅めに腰掛ける。

「ユーグ、私を追っかけたりかくまったり、あんたどっちの味方なのよ」

「ぼくはずっと君の味方さ。いつだって君のためを思って」

「あんたは読めないのよ、昔から……」

 窮屈にかぶっていた帽子を取り、頭を振って長い髪を整える。

「一体何が起きてるわけ?家が囲まれているって、お父様やメリルは……!?」

 胸にわだかまっていた疑問をようやくぶつける相手ができた。

「心配いらないよ。ユニウス大臣は国の大切な重鎮だ、騎士団も強硬な真似はできない。君のメイドは……既に君の部屋には姿が無かった」

 それだけを聞いてとりあえず一つのもやもやは晴れ、ほっとする。

「問題は君だよ、カナリィ。騎士団が君を『星の降った日』の再現のカギを握る重要人物として本気で捉えに来ている」

「何なの、それは……なんでそうなってるのよ……」

 両腕を抱きかかえ、床を見つめる。

「君の上げたレポートさ」

「そりゃ、あの発見はすごいものだけど……『星の降った日』との関連はまだ分からないわよ?」

「おとぎ話とまで言われる九元の力、そして魔術院の遺跡、と具体的なピースがはまってしまったからね」

「何の話……?魔術院の遺跡……?」

「君が書いたんだろう?『遺跡の再稼働は星降りの日の大規模魔術の解明へ至る唯一の道』だ、と」

「私、そんなこと書いてないわよ!?あの書には確かに『九元』については書かれていた、それと『九元の獣』について……まだ解読しきれていないけれど……」

「……ということは……ロイドか?……だから、こちらで手に入れたかったんだ……」

「ロイドが書き換えたって言うの?」

「おそらく、ね。彼は魔術院の予算獲得に頭を抱えていたからな……いつものビッグマウスの延長のつもりだったんだろう」

 思わず眉間に手が行ってしまう。大きくため息をついた。

「それもよりにもよって、僕らを通さず協会に直接送りつけた。そんなコネクションがあるとは、僕らも甘く見ていたよ……」

 ユーグは両手を広げてお手上げの様子を見せる。が、すぐに手を組み姿勢を直して前かがみになる。

「しかし、騎士団だけじゃない。オーガス卿もなにやら企てているようでね」

「あんたたち、仲間じゃなかったの?」

「同僚ではあっても、仲良しこよしではないのさ。彼が何を考えているのかはぼくにも分からない」

「それで、じゃあどうしたら良いわけ?」

「君はココに身を隠していたまえ、僕が上手くやってみせる」

 窓から表通りを見つめるその横顔を見ながら、静かに椅子を引いて立ち上がる。

「あんたは、一番重要なことは言わないのよね」

「不安かい?」

「あんた自身の『狙い』は何なのよ?」

 一瞬、空気が張り詰める。

「悪いけど、それが分からなきゃ、あんたに匿われるわけにはいかないわ」

「僕は君のためを思って……」

「嘘よ」

 ビシッと言い放つ。右手は既に杖の柄を握っている。

「あんたの事だから、騎士団と良いように話を付けたら、私の身柄を売り渡す。そういう奴よ」

「おいおい……随分見くびられているな……」

 ユーグが組んだ足を戻し立ち上がろうとする。

「動かないで!」

 ユーグは素直に両手を上げ椅子に座ったまま、こちらを見上げる。

「匿ってもらったことには感謝するわ。そして、このまま見逃してもらう事にも、ね」

「僕が一人でこの屋敷に来てると思っているのかい?」

 ばっ、と入ってきた扉を見たのと、近衛が飛び込んでくるのはほとんど同時だった。

 その手にはナイフが握られ、腰には剣を提げている。

 その物音を合図に、二階からも静かな足音で近衛が下りてくる。

 腰に提げた杖を抜くこともできず、両手を上げる。

「殿下、やはり拘束しておく方が……」

「そこまでする必要はないさ」

 ユーグは立ち上がってこちらを見下ろす。

「お転婆な姫にはしばらくおとなしくしていてもらおう。二階の部屋に」

 そう合図が出され、近衛に小突かれるまま階段を上り、窓のない一室に通された。

「杖を」

 そう言われて、躊躇するもしぶしぶ腰の杖を引き抜き差し出した。

 ばたん、と音を立てて戸を閉められる。


 押し込まれた部屋には、一式の簡素な椅子と机、あとはベッドがあるだけだ。机の下にはブリキのバケツ。中身は空。壁紙は張り替えられたばかりに見え、絵すら飾られていない。天井から吊るされた燭台は最小限のろうそくだけ。扉にはノブがなく鍵穴もない。押してみるが外から鍵がかけられている。扉の下には小さな小窓が付いているが、こちらも同じく鍵がかかっている手ごたえ。

 この部屋……明らかに監禁用の部屋じゃないの……。何が隠れ家、よ。

 ベッドに腰掛けると、スプリングがぎぎっと歪んだ音を立てた。

 状況を整理しましょう。

 ひとつ、家は騎士団に包囲されているようだけれど、おそらくメリルは無事。

 ふたつ、騎士団の狙いはこの私。それも偽物のレポートのせいでわざわざやってきた。

 みっつ、ユーグは先に私の身柄を確保したことで、騎士団との交渉材料にしようとしている。これもおそらく。

 よっつ、杖は無くて、この部屋の中にも何もない。

 こうして見ると、なかなかのピンチね。

 強引に何とかしようとすればなるけれど……などと思いながら、首元のタイを指で撫でる。

 ……とっておきにはまだ早いわね。

 立ち上がってドアを内側から叩く。

「ちょっと!誰かそこにいるんでしょ!トイレはどうするのよ!」

 何の反応もない。まさか、あのバケツ……?信じられない!!

 しばらくガンガンと下の小窓を蹴り上げていたが一切反応がない。まさか本当に誰もいないなんて訳じゃないわよね……。

 しばらくそうしていたが、疲れてきて再びベッドに腰掛ける。

 すると、何者かが階段を上ってくる音がしたかと思うと、カチャカチャ、と音を立ててドアの下の小窓が開いた。

 無言で差し出されたのはパンとスープが乗ったトレイだ。小窓はすぐにぱたんと閉じられた。

 まるで囚人ね……。

「ちょっとー!サラダは付かないのー!?」

 小窓に向かってそう叫んでやる。

 はぁ……。とりあえず、今すぐ私をどうこうしようって訳じゃないから、毒とかはないわよね……?

 一応匂いを嗅いでから、おそるおそるパンを手に取り二つにちぎって口に運ぶ。ぼそぼそのパンと芋のポタージュ、か。

 その辺の量り売りのを買ってきたっぽいわね。味は悪くないわ。パンでスープを拭ってキレイに食べきる。

 懐中の時計を取り出し時刻を見る。そろそろ日が暮れる。ココからじゃ分かんないけど。

 さて、と。

 それじゃ、いっちょやりますか。

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