コレだけいれば十分よね
左手に付けていた指輪を外し、右手の人差し指と薬指に付け替える。そうして手のひらを開いたり閉じたりさせながら、じっと見つめる。
杖代わり、とはいえ久しぶりね。癖があるから苦手なんだけれど……。
まずは武器が欲しいわ。何に使われたか知れないブリキのバケツ……はあ、これしかないか。
右手を差し出し、静かに詠唱する。
「『クラスティア、金の精』……『インフ、密を司りしもの』……」
それぞれの指輪にはめられた石が輝く。
「『意によりて型を成せ』」
ブリキのバケツがぐにゃり、と歪み細長い形へと変形する。
形をイメージする。魔具のクセが強くてブリキがグニャグニャと波打った。
追加の詠唱が要るわ。
「『禍を刺す刃となりて、世に留めん』」
簡易なナイフの形状にして形をとどめる。
少し密度が弱いから打ち合ったら砕けそうだけどハッタリにはなるわね。
不格好な粘土細工のような造形が気に入らないけど、無いよりはマシだ。1,2回その場で振ってみると、ひゅ、と風を切る音がした。
不慣れな魔具でも精霊魔術が成功したのには安心した。引きこもっていたせいもあって実践するのは久しぶりだったから。
お次は、と。
腰のポーチから魔樹の枝葉を取り出す。勿体ない。
魔術学校時代ならまだ手に入れやすかったけれど、こっちじゃ取り寄せないと手に入らないのよね。値段も高いし。いっそ苗木から育てようかしら。
細く心もとない枝葉を手に、ドアへ向かう。
ナイフでドアの表面に傷をつけて、そこに魔樹の枝を差し込む。
詠唱。
「『木の精ドルドネル』……『魔の集いし木々よ』」
みしみし、と音をさせながらドアに向かって魔樹の枝が食い込んでいく。ドアの表面に根が張って盛り上がる。一気に行くわよ。
「『弾けよ』!!!!」
バキバキバキ、と大きな音を立てドアそのものが変形し部屋を突き破る。ドアは真っ二つにへし折られて、魔樹が部屋を伝うように成長した。
「なっ!!」
外にいた近衛が慌てたように立ちすくんでいる。
育った根を踏みつけるように部屋から脱する。
「魔術師から杖を奪っただけで無力化したとか思っちゃうから、この国の魔術はまだまだなの、よっ」
よっ、と根から飛び降り、うろたえている近衛の前に出た。
「『炎よ来たれ』」
左手に一瞬だけ火球を浮かばせ、ナイフを突きつける。
「杖を返しなさい。丸焦げになりたくなかったらね」
近衛は両手を上げて止まったまま動かない。
部屋前の廊下はさほど広くはない。最前まで座っていたであろう丸椅子と、何かをしまっておくような棚。ちらっと見るとその棚の上に自分の杖が転がっている。
ナイフを突きつけたままじりじりと動き、さっと杖を手に取った。
ダメじゃないの、奪った武器を閉じ込めた部屋の前に置いとくなんて。
ぎしっ。
建物がきしむ音。
階段だ。下から突撃して来ようとしてる。
その気配を察知して、目の前の近衛を無視して廊下を駆け抜け2階の窓を蹴り開けた。
蹴った勢いそのままに落下する。
「『風よ』!!!!」
着地の衝撃をやわらげたつもりだが、突風が道行く人を驚かせた。
ひとまず、ハッタリが通って良かった。正直、この指輪型の魔具じゃマトモに戦闘なんて出来る気がしない。
薄暗がりの町の通りは点々と街灯が焚かれ、揺れる炎が石畳を照らし返す。さっき蹴破った建物の窓をちらりと振り返りつつ、小走りに駆ける。どうせすぐに追って来る。ひとまず町の中心に向かうことにした。
この時間でも馬車も人通りも多く、少し安心した。
大きい通路が交差する中央は、泉やベンチがある広場になっている。日は落ちてきているがまだ人がうろうろしていてもおかしくないだろう。
指輪を左手に付け替えながら道を歩く。
もう今日は何回身体強化<ブースト>を重ねただろう。既に太ももが張ってきている感覚がある。
こんなことになるんだったら、筋力強化だけじゃなくて、魔力で筋を編込む上位魔術を覚えておけばよかった。戦闘術を後回しにしてきたツケが回ってきたわね。とはいえ、そうそうこんな目に遭ってたまるもんですか……。
広場に入ると案の定まだ人がそこそこ残っている。キョロキョロと見渡すけれどぱっと見兵の姿はなさそうだ。
噴水を背に辺りを窺う。劇場が会場する日なのか、着飾った紳士や貴婦人が馬車を待たせて話し込んでいる。ロマンスね。なんで私は飛んだり跳ねたりしてんのかしら……。口元がゆがむのが自分でも分かった。
ベンチに腰掛けて途方に暮れる。
家に戻ればすぐにつかまっちゃいそうだし、王宮もダメ。そうなると途端に自分の行く当てがなくなってしまった。
そうだ、オーソローなら町に家があるはず……。ダメ。どうやって連絡を取るのよ……。
そう言えば劇場のそばに宿があったはずだ。手持ちの金貨はまだある。ひとまず劇場通りに向かう事を決め、辺りを注意しながら動き出すことにした。
そう思って通りに入った途端後悔する。松明を炊いた一団が、劇場に向かう馬車を1台1台確認している。目当ての宿の前にも松明の明かり。
もはや騎士団なのかユーグの近衛なのか町の衛兵なのかも分からないが、どうせ探してるのは私だろう。
その場にうずくまりたくなるが、それで助けてくれる王子様はあの腹黒だけだ。不自然にならないように踵を返して、広場へ戻ろうとした。
「おぅい!君、魔術師だろう!」
しまった。松明を掲げた一人がこちらに駆けてくる。
「違います!!」
と声を上げならが広場へ駆ける。こんないかにも、な恰好をして「違います」が通るとは思わない。
ひとまず広場までは逃れて来れたけれど、松明の動きが怪しく揺らめいている。すぐに追いかけられるだろう。
状況が良くなる兆しがない。せめて、メリルがいてくれれば……。
メリルはどうしているだろう。魔術院の部屋にいなかった、となれば……。屋敷?でもそっちも包囲されてるとして……。
一か八かね。
松明の影がこちらに近づいてくる。ガチャガチャという鎧の音。騎士団か。
「そこの魔術師、止まれ!」
完全にマークされた。
今日何度目か分からないけれど身体強化<ブースト>で噴水を飛び越え逃げる構えを見せる。
広場の角にある3階建ての建物その前で振り返り、足元に向かって魔術を放つ。
「『エクスプロージョン』!!!!!」
その爆発と共に地面を蹴り、広場に面した2階のベランダを足がかりにして、屋根上へ飛び上がる。
かちゃん、と足元で瓦が音を立てたが、無事に昇ってこれた。
突然の爆発に広場の人たちがおののいているのが分かる。
すぐに呼び笛の音が夜空を裂いて鳴り響き、劇場通りの松明たちが一斉にこっちに向けて動き出す。
おそらく騎士団とは別に町の衛兵もすぐにやってくるだろう。ユーグの近衛にバレるのも時間の問題だ。
屋根を伝って夜の街の建物を跳び越えていく。
こんだけやったんだから、頼むわよ、メリル。
さすがは騎士団様方、次々と屋根上に登ってくるのが、揺れる松明ですぐに分かった。
距離を縮められないように気を付けながらリズミカルに屋根を跳んでいく。
気付けば町を縦断している水道橋まで来てしまった。水道橋の上を必死に走っていると、どんどん周りの建物から離れてしまい、左右に逃れることが出来なくなってしまった。
石レンガで作られた水道橋は、屋根瓦のうえよりも走りやすいが、行く先がどこに着くのか不安である。
後方にはすでに松明の影。
と、思えば、前方からも松明を掲げた一団が迫ってきた。それを目視した時にはすでに遅く、たちまちのうちに前後から挟まれてしまった。
前後の部隊ともすぐには襲い掛かってこず、一定の距離を保っている。
前方の一群から、一人の男が前に出てくる。他の者より豪華な鎧、そして腰に履いた幅広の剣、その特徴的な柄。
松明に照らされ燃えるように闇夜に浮かぶ赤い髪。
ええ、見たことがあるわ。魔剣の騎士、ライエル。
「まさか、魔剣の騎士様とこうして相対することになるとは……人生っておもしろいわね!」
震える足を抑えたくて声を張り上げた。
「我々は協会の騎士団だ!おとなしく同行頂きたい!」
力づくではなく、あくまで同行、なのね。いずれにせよ、連れて行かれるんでしょうけど。
震える拳をぎゅっと握りしめる。勢いよく腰の杖を引き抜き、その先をライエルに向かって突き付けた。
「あなたに決闘を申し込むわ!!」
「なっ!?」
ライエルの表情は変わらないが、周りの兵が明らかにざわつき出した。
「隊長!小娘のただの悪あがきです!無視したとて何にも障りません!」
「あなたには言ってないわ!!」
兵たちのざわつく声に負けないように、腹から声を張り上げる。
「あら!騎士団の魔術師サマが、正式な魔術師の決闘の申し込みを蹴るのかしら!?それでいいの!?騎士ライエル!!」
ライエルはしばし目を閉じ、深い息を吐いた。
そして再び開いたとき、その目は決意に満ちた輝きを放っていた。
「みな、すまない。手出しは無用だ……」
一瞬でぴりぴりした空気が場を覆ったことを肌が感じる。
ライエルは一歩進み、腰の剣を引き抜いた。あれが、一の魔剣、キューナス。
「魔術協会騎士団、第一軍第一部隊長のライエルだ!」
懐に手をやり、懐中時計を取り出す。
左手に時計、右手に杖で身構える。
「ジナイ王国王宮魔術師のカナリィ・ユニウス!!立ち合いは、コレだけいれば十分よね!!」




