見た目にそぐわないかしら?
遮るものが何もない水道橋の上、初夏の夜風がケープをたなびかせる。
「治癒術士を前に出しておけ」
そうライエルが仲間に告げると、兵がガチャガチャと入れ替わる。
「お怪我が怖いのかしら!!」
精いっぱいの強がりで声をかけるが、ライエルはじっとこっちを見つめるだけで返事は無い。
なによ、余裕ぶっちゃって……。
ガチガチの武闘派の、そのトップエリートである騎士団の隊長、それも魔剣を任せられる第一軍第一部隊の隊長ライエル。お話しでしか聞けないその存在に一対一の決闘を申し込んでいる。
今朝の私に聞かせたらとても信じられないでしょうね……。
勝算は。
あるわけないでしょ。
それでも……。
「『魔よ集いて』……」
杖の先に集中して魔弾の準備をした途端、向こうも魔弾で仕掛けてくる。
いくつもの光球が、当たり前のように無詠唱で飛んでくる。
頭を低くして魔弾を避ける。頬をかすめる熱波と共に、背後で魔弾が不自然に旋回する音が鼓膜を叩いた。ライエルの視線に合わせて魔弾の軌道が変わったのが分かる。
無詠唱で、更に誘導操作……!
間髪入れずに踏み込んできたと思うと、容赦のない縦切りが来る。
そう広くはない足場の中で、とりあえず回避は出来た。
これでも剣術の授業の成績だって悪くは無かったんだから。
ステップを踏んで距離を取り魔弾をぶつける。
「『魔よ集いて力となれ』!!」
三連!
これをおとりに……と足元に力を込めようとした、が。
ライエルが剣を一振りすると、こちらの魔弾は書き消えるように消失した。
当たってない、消された……?
反撃で飛んでくる魔弾をまた姿勢を低くしてかわし、もう一度。
「『魔よ集いて力となれ』!!」
次も三連。
しかし同様に剣の一振りで火が消えるように書き消える。
防御魔術でもない。
挙動がおかしい。
「『魔よ満ちよ、魔よ集え』……』」
距離を詰められないようにバックステップしながら詠唱する。
「『力を成し、柱となれ』!!!」
足を踏ん張って、魔力の収束砲、「魔砲」を放つ。
「ふんっ」
ライエルは気合を入れて、構えた剣を振り下ろす。
その剣先に切り裂かれるように、魔砲ですらかき消される。
ちらりと時計を見る。
……魔圧が、ゼロ!?
これが魔剣キューナス……魔力を斬るとは文字通りなのね……。
魔術攻撃が効かないなんて、魔術師相手にとんだチートね……!!
「『炎よ来たりて、燃え盛れ』……」
足を止めないように詠唱を続ける。
「『フレイム』!!」
一時的に二人の間に炎を起こし距離を詰められないようけん制するが、魔圧が足りずにしょぼしょぼな火力しか出ない。中位の火炎魔術なのに……!
炎を突き破ってライエルの魔弾が飛んでくる。地に手を突きそうになりながらも何とか避ける。
何発かの魔弾は魔圧が低くてひょろひょろ弾になったのが見えた。
ジワジワと後方に追いやられているが、後方を囲む兵たちも合わせて下がってくれている。あくまで一対一は保ってくれるのね。
今の魔弾の動きを見ると、ライエルも自分で斬った直後の軌道は魔術が上手く出ないみたいね。
決闘とはいっても、まだ向こうはこちらの出方を窺っているような様子がある。付けこむ隙があるなら今しかないんだけど……。
無意味な魔弾と魔砲での牽制を続け、襲い掛かる剣戟をかいくぐる。
このままでは埒が明かない、向こうが本気で制圧しに来たら相手にならない。
ライエルが魔弾と共に踏み込むと、こちらに向けて突進してきた。
決めに来たか。
時計を手放し腰のポーチに手を伸ばし、水の小瓶を抜き取って親指で蓋を飛ばす。
「『水の精ワルト』……お願いね!!」
小瓶の水をぶちまけて、詠唱する。
理屈的には打ち合える……ハズ!!
ガキンッ
やった!
純粋なリジドゥム態に振りきることで、鉄より凝縮された氷の剣。
相手が一瞬だけ目を見開いた顔が見えた。
「ふふ、意外そうな顔をしてるわね、私が剣を使うのは見た目にそぐわないかしら?」
って……相手は朝から晩まで剣を振ってる脳筋バカ!!まともに打ち合ってかないっこない……!
ライエルがにやりと笑って近接で剣を打ちあう。
何が嬉しいのよ!
ブーストはずっと全力全開フルマックス、身体がきしきしと音を立てているのが分かる。
どうする、どうする……。
ステップを踏みながら剣戟をいなす。
「君の事、メリーヌから聞いている」
なに、突然?
何度目かのつばぜり合いから距離を取ったら、無口だったライエルが突然話しかけてきた。
「秀でた才だ、とは言っていたが……」
ライエルは剣を振り握り直す。喋りながら周囲の気温が急激に下がるのを感じる。
「ここまでだっ!」
そう言うライエルの言葉に、嫌な予感がして宙に飛び上がった。
瞬時に足元の石畳が凍り付く。触媒も使わずにこの水を呼び出して凍らせたの?
危ない、一瞬遅れたら足ごと氷漬けになってた。
一回きりのチャンス……今の瞬間しかない。
剣を思い切り投げつけて一気に後方へ跳び距離を取る。
「残弾無しの全部出し切る!!『ワルト、インフ、守りの壁を』!!」
残り2本の小瓶の水を全部ぶちまける。
「『守護氷壁』!!」
足元の石レンガを突き破り遮る純粋な氷の障壁。突き刺さらなくて運がよかったわね。
その裏で静かに息を整える。
時計を見ると、決闘開始から二つ針。もう限界よ。
一瞬、かつて魔術学校で交わした会話を思い出す。メリーヌ先生から課される課題の図書を読み漁っていた黄金時代。
「メリーヌ先生は、あの、高位爆炎魔術、ご存じですか?」
「ああ、あの悪趣味な……。なんだカナリィ。使いたいのか?」
「え、ええと……その、書物で見かけて……岩をも吹き飛ばす、と」
「お前ならば呪文を覚えればじきに使えるだろう」
「えっ!?」
「気づいているかは知らんが、お前が卒業に足りないのはあとは知識だけだ。1年目のお前とは、内面そのものが変質している。その位置に立っている。足元は確かめておくことだな」
「私が、先生の光魔術を覚えたい、と言ったら……?」
「言ったであろう。私は弟子は取らん。ふ、お前が『闇の魔術師』と呼ばれるようにでもなったら見てやらんでもない」
先生は最後まで私を弟子としては取ってくれなかった。
あの子、『セナ』と私は決定的に違うんだ。
闇の魔術師、なってやろうじゃない。
目を閉じて、もう諳んじている呪文を思い出す。
「『精よ静まれ』……『世に放つは万雷の喝采』……」
障壁に叩き込まれる魔術攻撃の音をどこか遠くに聞きながら詠唱を始める。
「その詠唱!!まさか!」
これを聞いたライエルから初めて焦りの声が聞こえる。
「『開演の祝砲にて終焉の号砲』……」
「全員離れろ!!」
巻き添え食っても知らないわよ!!
「『集え弾けよ震撼せよ』!!!『爆炎よ、すべてを吹き飛ばせ』!!!!」
メリーヌ先生は悪趣味だと言ったこの魔術、一度使ってみたかったのよね。
ぶっつけ本番だけど!!
「──『エクスクリミナル・エクステンデッド・エクスプロージョン』!!!!!!!」
カッ、と閃光が走ったのと共に、ドッ、と衝撃が身体を叩く。
ドゴオオオオオン!
轟音が耳をつんざき、瓦礫の破片が身体のそばを吹き飛んでいく。焦げ臭い匂いが辺りに充満し、細かい石片が身体にビシビシと当たる。
ふわりとした感覚と共に、ざわつく声も聞こえてくる。
「は、橋ごと吹き飛んだぞ!!」「自爆か!?」「娘は!?」
爆発と共に地面を蹴った結果、自分の身体も空高く舞い上がった。
さっきまで立っていた水道橋は無残に吹き飛び、流れる水が大地に落ちて行く。
「あそこに……!落ちるぞ!!」
空中でくるくる身体を回して姿勢を整えると、橋に向かって大声を張り上げる。
「わーたーしーのー!!!負ーけーよー!!!」
これで聞こえてるでしょう!
あとは……頼むわよ……!!!
「メリルーー!!!!」
「はいっ!」
フリルのカチューシャにひらひらのエプロンドレスをはためかせ、飛び込んできたメリルが空中で身体をキャッチする。
そのまま水道橋の下に着地して、メリルからひらりと降りる。
「逃げるわよ!!」
降り注ぐ瓦礫を避けながら、一目散に駆けだした。
すぐに水道橋からは死角となるよう物陰に身を隠し、メリルと二人、夜の闇に溶け込んだ。




