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よーするに、バレなきゃいいわけよ

 朝。

 もう朝?さっきベッドに入った所よ……。メリルが開けた、カーテンと窓から入り込んでくる、朝日と鳥の鳴き声で、強引に目覚めさせられる。

「まだ文字が頭を回っているわ……」

 窓辺のテーブルに朝食を用意してくれているメリルに向かって、恨み言のように言う。

 頭を振りながら起き上がり、廊下に用意された水桶で顔を洗う。顔を拭きながら部屋に戻ると、丁度お茶が淹れられたところだった。

「昨晩は遅くまで作業をされていたのですか?」

「昨晩、というより、今朝ね……。明るくなるころには切り上げたわ……」

 盛大にあくびをしながら答える。

 温かいお茶に手を伸ばし、少しでも目が覚めれば、と香りを吸い込む。今日はいつもの紅いお茶ね。重厚な茶の香りに目元がとろんとする。結局飲み慣れたのが、落ち着くのよ、ね……。

「本日は馬車が修理のためお使いできませんので、少しお早めに準備をお願いいたします」

 意識が飛びそうになりながらもメリルの報告を聞く。

「あら、壊れちゃったの?」

「今朝点検していたところ車軸が折れてしまっていたようで……」

「困ったものね……」

 熱々のお茶を一口すする。目を閉じて熱が喉を通るのを感じる。少しは頭にも血が回ってくるかしら。

「目下、事故と事件の可能性を持って調査に当たっています」

「事件の可能性があるの?」

「そうそう折れる物ではありませんから……敷地内を軍警がうろついておりますがお気になさらず」

「物騒ねえ……」

 朝食の両面焼きの目玉焼きにフォークを突き立てる。ハーブを砕いて混ぜ込んだ塩がかかっていて爽やかに香る。昔シェフに聞いたらレシピは秘密、だそうだ。今日も焼き加減はカンペキ。両面焼きなのに黄身がふんわりしてて。添えられているにんじんグラッセと一緒にもぐもぐ食べる。あまじょっぱ、天国。

 そのままベッドに潜り込みたくもなるが、そうもしてられず、しぶしぶ着替えの袖に腕を通す。

 机の上に広げたレポートを、順序を整えながら束ねてカバンに押し込む。あとは執務室で清書すれば完成ね。満足のいく仕上がりではないけれど、中間報告なら十分でしょう。

 玄関前のホールまで出ていくと、メリルが既に大きなカバンを携えて待機していた。共に玄関を出たところで、父が軍警と何やら話し込んでいる。

「父上、行ってまいりますわ」

 あくび交じりに一応声をかけて、庭園を横切って門を出る。強烈な緑が朝日に輝き、寝不足の目にまぶしく刺さる。


 王宮へは町を抜けていく必要があるため、歩いていくには結構な距離がある。よりにもよって、馬車の故障が今日でなければわざわざ出て行かないのに……。

 敷地の外はしばらく穏やかな野道が続く。庭園の手入れされた草木とは違う、自然の野花が目に優しい。

 のどかな田舎道を抜けると、じきに町の門が見えてくる。そこからは石畳の町に入る。あまり自分で町に出てくることは無かったため新鮮だ。魔術学校に入る前は、歩いて町まで行くなんてことなど許されなかっただろう。

 各店前では店主たちが開店の準備に動き回っている。花壇の花へ水をやっているお姉さんの脇を通り過ぎ、脚立に座って窓を拭いているお菓子屋さんのおじさんの足元を通りぬける。

 市場の近くは、あちこちしている立ち話の声、通り抜ける馬車が石畳を叩く音と、朝からザワザワと賑やかだ。

「カナリィ様。つけられています」

 突如、後方を歩いていたメリルが、小声で伝えてきた。

「メリル、分かるの?」

 振り向かないように答える。

「数は、3と、屋根上にも1人」

「何で分かるのよ……」

 相変わらず呆れたメイドだ。底が知れない。

 急遽進路を変え、市場の中に入り込む。並んだ果物を見るふりをしながらメリルと小声でやり取りをする。

「心当たりはございますか?」

「このレポート、ぐらいしか……」

「そんなに大事なものなのですか?」

「分からないけど、オーガス卿とユーグの差し金かしら……」

「いかがいたしましょう。対処するのであれば早い方が……」

「対処って……どうする気……いえ、聞かないことにするわ。できれば穏便に届けたいわね」

「かしこまりました。ではまず一人捕えましょう。あの影を利用して……」

「なんでそうなるのよ!見つからないように届けましょうってコト!」

 市場を物色する振りをしながら、奥へ進んでいく。

「まけるかしら?」

「動きがプロです。市場に入ってから2名入れ替わっています。そう簡単にはいかないかもしれません」

「……そうね、高い所を目指したいわ」

「承知しました、こちらです」

 メリルに従い路地に飛び込む、と同時に身体強化<ブースト>をかけて狭い路地を飛びぬける。

 ちらり、と振り返ると路地の入口に入り込もうとする二人の人影が確かに見えた。間違いなく追われている。


 路地を通り抜け人通りの少ない劇場前の通りに出て、前を駆けるメリルを追う。こっちは魔術で強化してるのに、何でこのメイドは平気な顔で走っているのかしら。

 メリルは躊躇もなく劇場の回りにめぐらされた柵を足場にして、ひょい、とホールの屋根へ飛び乗る。後を追いながら、メリルの手を借りて屋根の上を目指す。

 通りの向こうから走ってくる男が見えた。

「アイツね」

「はい、おびき寄せましょうか」

「いいから!とにかく距離を取りましょう!!」

 劇場の壁の装飾を伝って3階部分まで飛び上がると、一気に視界が開けた。町の外の王宮の屋根まで見え、目的地がはるか遠くに感じる。

 そのまま屋根の上の瓦を音を立てながら駆け抜ける。

「カナリィ様、屋根上にいたはずの追っ手の姿が見えません」

「いいわ!無視して鐘楼を目指しましょう!あそこまで行けば町が全部見渡せる!」

 屋上で洗濯物を干している奥様の目の前の手すりへ着地し、そのまま隣の建物へ飛び移る。

「二人上がってきています。距離はまだありますが……」

「もう着くわ!滅多なことしないでよね!」

 鐘楼の塔の麓から、一気に太ももに負荷をかけて跳ねる。

「『風よ』!!」

 同時に杖を手に突風を起こし、鐘楼の鐘まで一息に飛び上がった。

 鐘楼からは町全体が見渡せる。

「よーするに、バレなきゃいいわけよ!」

 町の人には迷惑かけるかもしれないけれど……。

「……広域魔術、か。久しぶりね……」

 わざわざ声に出しちゃうところ、私も落ち着いていないようね。

 一瞬だけ目を閉じて精神を集中する。

「『果て無き井の底に揺蕩うものよ』」

 目を開き詠唱を始める。範囲は……町から王宮への道。

「『果て無き惑いをもたらさん

 果て無き地の底に彷徨うものよ

 果て無き微睡みをもたらさん

 井より出でよ、天を覆えよ

 其は果て無き迷宮とならん

 地に満ちよ ──幻惑の霧』!!」

 杖の先が一瞬光ったかと思うと、煙が立ち起こる様に町中に濃い霧が覆い出す。

「……これは、おどろきましたね」

 いつの間にか隣に立っていたメリルが、眼下の光景を見て驚きの声を上げた。だから、どうやって登ってきたのよ。


 あとちょっと。このまま幻惑の霧に紛れて王宮まで行ければ……。町の出口へ向かってカバンを抱えて走る。

 しかし、門の影が見えてきたと思ったところで、その前に大勢の人が立ちふさがっているのが同時に見えた。

 向こうからも見えているだろう。半数がこっちに向かって動き出している、引き返しても……今更回り込めない。

「カナリィ様、ですね」

 諦めて両手を上げて足を止めると、たちまち男たちに囲まれた。

「ここまでの大規模魔術には驚かされました。が、出口を抑えさせていただきました」

「ユーグの手の者、よね」

「レポートをお渡しください」

 男たちは肯定も否定もせずに要求を突きつける。

「まったく、してやられたわ……」

 カバンを肩から下ろし、地面にそっと置く。

 男の一人が恐る恐るカバンをひったくり、中身を確認する。

「……もっとも、あなたたちの狙いが『それ』で合っていれば、の話だけど」

「おい、菓子以外入っていないぞ!」

「あ、ちょっと、後で食べるんだから乱暴にしないでよね!」

「レポートはどこに……!」

「さて?今頃王宮の門をくぐっている頃かもしれないわね。さあ、私をどこぞへ連れて行くなら連れて行きなさい」

「我々は、カナリィ様の身柄が目的ではありません……。おい、行くぞ!」

 男たちは号令を元に一斉に王宮へ向かって駆けて行った。

 放り出されたカバンを拾い、土埃を払い落としながらまた肩に掛けた。町を覆う霧は徐々に消えかけてきている。走り去る男たちの後姿が霞の向こうに見えた。

「ま、こんなものよね」

 男たちの消えた反対側、町の中心の方からゆっくりと現れる影を出迎えた。

「じゃ、行きましょうか、メリル」

「大胆ですね、カナリィ様。連れさらわれたら、と思うと気が気ではありませんでした……」

 そういうメリルに、片目をつぶって笑顔を投げる。

「捕まったら、もちろん助けてくれるんでしょ?」

「はい、命に代えても」

 重いわ。


「おお、ユニウス嬢!!小耳に挟んだんだが、オーガス卿が動かれている、と?」

 メリルの目を借りて、人目に付かないように王宮魔術院のロイドの執務室までたどり着くと、ロイドが諸手を挙げて迎え入れた。

「ええ、このレポートを渡せって脅されたけどね、ロイド卿と約束したでしょ、直接渡すって。悪いけどここで清書作業をさせてもらうわよ」

 レポートの束をメリルから受け取り、その草稿を見せつける。

「いやはや、本当に、良く届けてくれた!!これで魔術院の予算もなんとかなるはずだ!!」

「言っとくけど、このレポートはすごいわよ!世界が変わる発見なんだから!」

 いうが早いか、メリルによって執務机に変えられたロイドの応接机の前に座り込み、作業に取り掛かった。

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