開かずの箱
昼を回り、メリルが淹れてくれた2杯目のお茶を飲みながら北の窓の風景を眺めていた。
「メリルもここで昼食を取っていいのよ?」
と声を掛けたが。
「私はカナリィ様が午後の執務に入られましたら、お庭で取らせていただきます」
と、すげなく断られた。このメイドが何かを食べているところを今まで見たことがない。
ちょうどお茶を飲み終えたところで戸が叩かれた。
「ユニウス様、今日は建物のご案内とお部屋の整理で良いというのに……おやおやおや、お部屋も随分とお綺麗にされて、ずいぶんお仕事が早いものですね」
ロイドだ。その後ろには鍵の束を持ったオーソローも控えている。鍵にはロイドも付いてくるのか。
「話題の禁書、一目でも早く見ておきたくて、ヲホホホ」
本音である。
「魔導師の蔵書の山はご覧になられましたか?あれが我が国が持ち帰った数々ですが、やはりあの星の紋様に厳重な封印。あの災厄に関わりがある物とみて間違いありません。どの国よりも早くあの星降りを解析できれば我が国の置かれた立場も……」
ロイドの長話を背景に聞き流しながら、再び1階への階段をぞろぞろと連れ立って降りる。昼食を取ると言っていたはずのメリルも再び大きなカバンを持ってついてきている。
「……オーガス卿の出しゃばりが無ければもう少しスムーズに事が運んだことと、と。こちらのお部屋です」
先ほど来た小部屋の前までたどり着いた。よくもまぁ舌が乾かないものだ。
さてさて、メリーヌ先生の遺したという謎の箱は……と。
「うちの魔術師、幾人もの手を渡っても開けることのできなかった箱です。中に何かがあることは分かるのですが、破壊しようにも頑丈で……」
「壊すなんて、勿体ないことしなくても」
どれどれ……。前腕程度の長さの直方体。表面には彫り込まれた紋様に、それぞれ金属が流し込まれている?丁寧な仕事ね。……はぁ、なるほど、これは解けないわけだわ。
「……あきれた。こんなの答えの書いてあるパズルじゃない。幼児のおもちゃよ。まぁ、知っているかどうか、という究極の問題ではあるけれど……」
懐中から時計状の魔道具を取り出す。数値は、正常。だが。箱にかざすと一つの針が振り切れた。
「魔圧が異常ね。そう簡単に壊せないのも無理がない」
ポケットから取り出した手袋をはめて箱を手に取る。6面を順に眺めやるが、継ぎ目もなく、くるくる回すとどちらが上か下かも分からない。
「ああ、これが星の……」
「そう、この星降りを表す紋様だけはすぐに……」
「これは違うわよ」
自慢げに再び語り出そうとするロイドに蓋をするように言い切った。
「へっ?」
「これは現象学の基礎、『態』を表しているわね」
「箱の紋様、よ、読めるのですか……?」
オーソローまで手元を覗き込んでくる。ふわりと、トマトを煮詰めたソースの香りがした。なんだか調子が狂うわね。
「んん……。言ったでしょう。知っているかどうか、と言うだけのこと。たまたま私が統一前の北部信仰の研究をしたことがある、って言うだけの話よ。知ってる?この言語、書かれた書物を探すのでさえ一苦労なのよ?ただ、そんな田舎のマイナー言語で封印を作った人の性格の悪さだけが目立つわ」
素直に感心しているオーソローと、なんだかバツが悪そうにしているロイドには目もくれずに、箱の表面の紋様を指でなぞる。
「……スタートはわかるけど……リジドゥムから……研究ノートを持ってくればよかったわね……」
「ここに」
「へ?」
メリルが一歩前へ出ると、分厚く付箋を張り巡らせたノートを差し出している。
「カナリィ様の研究ノートでしたら、こちらに」
これは、確かに私のノート。それもちょうどこの研究をしていた時の5冊目。
「あ、ありがと……なんであなたが持っているのかしら?」
「これから魔術のご研究をされるにあたって、大切な物のようでしたので、念のためにお持ちしておきました」
「……。そう。さすがね」
としか言えなかった。このメイドには何が見えているのかしら。
ノートの付箋をたどり、1文字ずつ読解をする。
腰から杖を取り出し、箱に向ける。
「……リジドゥムから……イグニウム、フェルヴァ……工程が多いわね」
杖の先に仄かに光が灯り、薄暗い室内を微かに照らす。魔力の光。細かい操作は得意じゃないけれど……。『あの子』なら手も触れずに開けちゃうんでしょうね。
「開きますよ」
箱の紋様が一斉に光を放った、と思ったとたん。
カチャリ。
びくともしなかったはずの箱が音を立てて蓋が外れた。
さてさて、お目当ての禁書は、と……!
「……これは!!」
「は、箱と同じ紋様の、本ですか……」
横からオーソローがひょいと覗きこんできた。
慎重にその箱から、中の書物を取り出した。白い革張りの表紙に、彫り込んで金属を流している表紙の文字。背表紙にも同様にタイトルらしき文字が。しおり紐がちぎれた跡。裏表紙には太陽と星と思しき絵。
「残念ながら禁書なんてものではないわ……」
本を持つ手が興奮でわずかに震える。表紙をめくり、タイトルと作者が書かれているであろうページが開く。
「でも、これ……『空想と現象』の原文よ……。図書館でも翻訳本しか見たことがないのに……それをこんなおもちゃ箱にしまっておくなんて……シャレたことをするわね……」
「『空想と現象』、というと現象学の基礎となったって言う、あの?」
ロイドが口を挟んでくる。意外にもちゃんとした知識はあるじゃないの。
「そう、まさにそのオリジン……こ、これは宝よ……」
「『星の降った日の大魔術』に関わる禁書ではなかったのですか?」
「そうね、そんなものがホイホイ出てくるとも思っていなかったけど……それ以上の功績よ……」
ゆっくりと、ページをめくる手が止まらない。全文があの統一以前の失われた文字で書かれている。魔術的な封印のためか、劣化もほとんどなく、さらさらとページをめくれる。
忘れもしない、メリーヌ先生からの課題図書の3冊目。『空想と現象』。そして北部信仰の研究も始めは意味が分からない課題だったけれど、ココに繋がっていたのか……。
「失われていた文字もある……本物よ、これは……」
本を閉じて大事に抱え込みながら振り返ると、オーソローはなんだか分かっていなさそうながらも嬉しそうな表情であり、ロイドなどはもう興味もなさそうに頭をかいていた。
「こ、これは私が鑑定しても……??」
我ながら目が輝いているなと感じながらも、おそるおそる訪ねた。
が。
「そこまでの貴重な品だというのであれば、おいそれとお任せするわけにはいきませんな」
興味なさげだったはずのロイドが口を挟む。
「この箱を開けたというのであれば、それなりの実力は認めねばならぬところではありますが……」
「なによ、私が鑑定するのに御不満でも?」
さっきまでどうでもいいみたいな顔をしてたくせに、急に惜しくなったのかしら。
「オーソロー!」
「……は、はい!」
突然呼びかけられたオーソローは、背筋をびしっと伸ばして返事をした。
「ユニウス嬢と決闘なさい」
「……は、はい」
「け、決闘!?」
狭い部屋の中で、突然似つかわしくもない単語が飛び出し理解が追い付かない。オーソローは言われるがままだ。
「なに、実力を測らせていただきたいのです、禁書の鑑定を任せるに値するのか、どうか」
だから禁書じゃないっていうのに。都合のいい所しか聞いてないんじゃないの。
「決闘を申し込むなら、他人任せにせずに本人がするべきなんじゃないの?」
嫌味を込めて、じろりと睨みつけながらそう言うが、ロイドは一切こたえていない様子だ。
「ユニウス嬢にお怪我でもされてしまっては私の立つ瀬がございませぬからな、ははは」
「……負けたときの言い訳が欲しいのかしら」
あえて聞こえるように言うが、ロイドの態度は変わらない。
「ゆ、ユニウス様……ご決闘を、も、申し込みます」
改めてオーソローが杖を持ち出し、その先をこちらに突き付けた。正式な決闘の申し込みだ。
これは、無視はできないわね。




