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結局、なんだったのよぉ

 一転して静寂に包まれた遺跡の中でカナリィは呆然としていた。

 壁や床に無惨に残る爪痕や爆発の跡。そして壁で塞がれている門の向こう。

 ふと足元を見ると、焼け残った獣の毛がひと束落ちている。すれ違いに炎をお見舞いした時に焼け落ちたのか。

 しゃがみ込んでその毛の束を拾うと、腰のポーチに仕舞い込んだ。

「何だったの……」

 こぼした言葉が遺跡に反響して響く。

 その音で我に帰り、飛ばされたメリルの元へ駆け寄った。

 床に倒れたメリルの着た近衛の服には、壁に叩きつけられた跡や獣の爪で切り裂かれた跡が生々しくのぞく。起き上がってこないが、息はある。

「メリル!メリル!しっかりしなさい!!」

 そう声をかけながら、メリルのそばにしゃがみ込む。

「か、カナリィ、様……敵は……?」

 よかった!無事みたい!メリルを抱え起こしながら微笑みかける。

「分かんないけど、ボコしてやったら消えちゃったわ」

「お、お怪我は……?」

 この後に及んでこちらの心配をしてくるメイドの鑑に、思わず吹き出しそうになる。

「あんたのがよっぽど大怪我よ、痛いところはない?」

 無理して起きあがろうとするメリルを横にさせて、オーガスの様子を確認する。

 あっさり伸びてたオーガスに近づくと、むっくりとその身体を起こしたところだった。こっちも無事みたいね。

「ううむ……一体何が……」

 なんて頭を振りながら言っている。

「目が覚めたようね、生きててホッとしたわ」

 おぼつかない目でこちらを見上げるオーガスに手を差し出し、立ち上がらせる。

「獣は……門はどうなっているのだ……?」

 吹き飛んだ門の跡、そこに立ち塞がる壁を目にして戸惑っている。

「私にも分からない。アイツに徹底的に攻撃を叩き込んだら、壁の向こうごと消えちゃったわ」

「九元の謎は……」

「確かなことは何も……でも、ここが九元の遺跡だったってことは、間違いないみたいね……」

「では、デタラメだと言ったレポートは……」

「そう、ロイドのデタラメレポートが、まさかのまさか、本当を言い当ててたみたい、ってことよ」

 悔しいことにね。


 メリルの肩を助けながら、オーガスを先頭に遺跡を入り口に向かって戻った。今まで動かなかった遺跡がなんで突然動き出したのかは、オーガスと話していてもあまりはっきりした原因は分からなかった。

 何でも古今東西の九元にまつわる触媒を盛大に焚き火台で燃やしたって言うから、検証も何もあったものじゃない。大雑把すぎない?うちの魔導師様は……。

 道中で、メリルによって縛り上げられて泣きそうになっているオーガスの側近を助け出しながら、ようやくの思いで魔術院の廊下まで帰ってくることができた。

 廊下ではまだ騎士団がガチャガチャとうろついている。オーガスの陰に隠れるようにして様子を見るが、どうも撤収の支度をしているようだ。

「委員長!」

 その一団の中にいたかつての同級生、ハルトが、こちらに気づいて駆け寄ってきた。

「うわ、ボロボロだね。街で隊長とやり合ったって聞いたけど、さすが……」

「これは、まぁ……」

 自分の有り様を見直してみて、土埃や焼け焦げまみれの姿に流石にため息が出た。

「それより、詳しくは分からないけど、どうも盛大な勘違いだったって話でさ。ここの接収も、委員長の拘束もなし、だって。よかったね」

「それは助かったわ。まったく、たまったもんじゃないわよ」

「ははは、まぁ僕らは無駄足だったって訳だけどね。また騎士団まで長旅だよ」

「下っ端は苦労するわね」

 そうした短いやり取りを交わし、ハルトは荷物を担いで立ち去った。


 2階のホールへ戻ると、騎士団の隊長ライエルと第二王子のユーグが談笑していた。

 こちらに気付いたライエルがユーグに手を挙げると、堂々とした足取りで近づいてくる。

「オーガス卿に、カナリィ卿」

 心なしかオーガスの陰に隠れるように対する。

「そう構えないでくれ。もう君を捕らえようとは考えていないさ。それに、私は君に追い打ちはできないからね」

 そう微笑む顔の割に、目つきはまっすぐ鋭い。

「目が、笑ってないわよ、ライエル卿……」

「なに、魔術学校出たての君と引き分けたとあってはね、意識もするさ」

「あの決闘は私の負けで決着したでしょ!?」

「それも含めて私は土を掛けられたと思っている」

「またまた、騎士団の隊長様はこんな辺境の小娘なんてお気になさらず……」

「いずれまた顔を合わせることがあるだろう、壮健でな」

「そうならないことを祈っていますわ……」

 やけに古風な挨拶を残して、部下たちを引き連れて魔術院から去っていった。

「あのライエル卿と引き分けるとは、意外にも武闘派だったのだな」

 なんてオーガスも顎に手を当てて頷いているから堪らない。


「オーガス、無事だったかい。カナリィも、よくやってくれた」

 騎士団一行を見送ったのち、ユーグがこちらにやってきた。

「ようやく引いてくれたよ。あのまま内政にまで口を挟まれては困ったものだったからね」

 ユーグは両手をひらひらさせておどけて見せた。

「それより、ユーグ、大変なの」

「ああ、ロイドの件を考えていたんだけどね。降格か、クビか……。一番迷惑をこうむった君の意見を……」

「それが、あの地下遺跡、本当に九元的な装置だったみたいで……」

 ユーグがおどけた姿勢のまま固まった。

「……つまり?」

「ロイドの上げた報告が、本当だったってことになるみたいなの……」

「……協会へは?」

「まだ何も。」

「……」

 ユーグは腕を組んで考え込むと、突然両腕を広げて声を上げた。

「よろしい!!何もなかった!!何もなかったことにしよう!君はレポートを書いて、それをロイドは正直に協会へ送った、と。めでたしめでたし、だ!」

それを聞きオーガスが口を挟む。

「地下の遺跡については……?」

「君を中心に再度調査のチームを組ませよう。協会には極秘に、な」

「は……」

「君が抜け駆けしようとしたのは分かっているよ、オーガス。だが、これからは僕の元で堂々と研究するといい」

「は……」

 あのオーガスが恐縮している。

「結局、なんだったのよぉ……」

 思わずため息も出るというものだ。


 二人と別れて階上の自室へ戻る。階段の一段一段が重く足を引き摺る。

 所々の窓から差し込む日差しは柔らかく、空は昨日からの騒ぎなどまるで関係ないように穏やかだ。

「体がボロボロだわ……」

 後ろからついてくるメリルに愚痴る。

 ようやく自室のある階にたどり着いたら、オーソローが駆け寄ってきた。

「カナリィさまぁ!ご無事でしたか!!」

「オーソロー、あなたが逃がしてくれたおかげで、ね」

 飛びついてきたオーソローを抱き抱えるように迎え入れると、脇腹の筋が痛む。

 廊下の奥からのんびりとこちらに向かってくるのは、ロイドだ。

「おお、ユニウス嬢、この度は大変だったようだな」

 などと呑気に言っているロイドをジロリと睨みつける。

「ええ……ロイド卿、あなたのせいでね……!!」

「な、何をそんなににらんでいるのだ……」

 たじろぐロイドは何にもわかっていないようだ。

「あなたが書き換えた事、全部わかってるんだから!!ユーグもオーガスも全部ご存じよ!!そのうえでクビにならなかっただけ感謝しなさいよね!!」

「ひ、ひええ、な、なぜお咎めがないのだ……?」

「私に感謝しなさい!!」

「ゆ、ユニウス嬢が、働きかけてくれたのか……?」

「……とにかく、いろいろよ!!」

 それだけ言い残し、ロイドはほっといて部屋へ向かった。


 扉を開けて初めに飛び込んできたのは家探しされて荒れ果てた自室の姿だった。

 頭を抱えるが、それより何より、とにかく一旦落ち着きたい。荒れ放題な部屋はそのままに、とりあえず自分の執務机の椅子に腰を落ち着けた。

「はぁ〜〜〜……」

 長いため息をついて、ようやく昨日からの事件にひと段落ついた、そんな心地がした。

 メリルは部屋につくなり片付けに取り掛かっている。体力お化けか。

 カバンの中の原本やレポートを取り出して整理していて、ふと思い出して腰のポーチを開ける。

 中に突っ込んであった、獣の毛を慎重に取り出した。

 一見、ただ黒いだけの毛束に思えたが、光に当てると緑や青、オレンジなど複雑にその色合いを変える不思議な物体だ。

 今思えば不思議な体験だったけれど、結局手元に残ったのはこの毛束だけ、か。机の脇にあった空き瓶に慎重に入れ、机の引き出しにしまいこんだ。研究するにも明日以降ね。

 メリルの手によって瞬く間に整えられていく室内を眺めながら、頬杖をついて放心する。

 いつの間にか日は傾いてきているのか、北向きの空が色づき出している。

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