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やるしか、ないのね

 吹き飛んだ門扉、燃え盛る青白い炎。そして果てしなく深く巨大な闇。

 暗闇に浮かぶ目玉がギョロリとこちらを覗いたかと思ったら、再び暗闇に紛れてしまう。

「何が起きている!?今のは一体……!」

 祭壇の上でうろたえているオーガスがいる。

 誰もが動けず、ただ暗闇を見つめることしかできていない。

「オーガス!下がりなさい!危険だわ!!」

 カナリィが声をあげると、ハッとした様子で祭壇に続く階段を駆け下りこちらに並んだ。

「目が、光っていたわ。『九元の獣』……まさか……?」

「何だそれは……?」

「あの本に書かれている存在だけど……誤訳かもしれない。まだ何も分かっていないわ」

 腰の杖を右手で抜きとって構え、ちらりと左手の中の時計を見る。針は相変わらずデタラメに動き続けている。

「カナリィ様!!来ます!!」

 メリルの上げたその叫び声とほとんど同時に、祭壇が轟音を立てて粉々に吹き飛んだ。

 オーガスが隣で防御魔術でその破片を防ぐ。

 破壊された祭壇の上方で、複数の巨大な黒い触手のようなものが、うねうねと宙を跳ねている。あの触手に叩き潰された?

 残された青白い焚き火が触手を照らす。毛に覆われた太い触手。照らされる光によって黒にも青にも緑にも見える。

 メリルが腰に履いた近衛のサーベルを抜き放って前に立った。左手にはどこから出したのか短剣まで持っている。

「時間を稼ぎます、お二人は地上へ……」

「おバカ!そんなことできる訳が……『こんなもの』を見過ごすわけにはいかないに決まってるじゃない!」

 我ながら目が輝いている自覚がある。『九元の獣』その存在が目の前にいるのであれば……。


 触手は再び暗闇にかき消えた、かと思えば、再び光る眼がこちらを見据える。その目の数は、5つ。

 中央の目が左右にギョロリと動いたかと思うと、引きずる音を立てて暗闇に消えた。

「研究するにしても、大人しくさせてからの方が良さそうだな」

「珍しく同意見よ」

 杖を構え直したオーガスに並び立ち同調する。

 呼吸が浅い。緊張している?杖を持つ手は汗ばんでいない。大丈夫。至って冷静よ。

「出て来ます!!」

 メリルが叫ぶ。

 ずん、と地響きとともに、粉々になった祭壇の跡が再び吹き飛ぶ。

 大きく陥没した地面、その中央に現れたのは、巨大な黒い獣。鼻は長く、猪のようであり、縦に割れて大きく見開かれた中央の目のほかに左右に配された4つの目。歪に捻り曲がった巨大な二本のツノ。足がいくつも見えるが低く伏せた姿勢では分からない。そして背後に聳える4本の尻尾を逆立てている。

 祭壇の跡地にうずくまり、辺りの様子を伺っている。

 神職どもの言うところの『悪魔』ってやつがいるとしたら、きっとこんな具合でしょうね。

「異界の魔獣、か……?面妖な……まぁいい」

 言うが早いかオーガスが杖を振りかざすと、空中に巨大な氷柱が浮かび上がる。

 獣は生み出された氷柱に明らかに反応を示している。ちゃんと見てる。

「暴れ出す前に、動きを止めてもらおう……!」

 振り下ろされた杖に合わせて氷柱が衝撃を放ちながら地面に突き刺さる。

 だが。

 落ちた氷柱は獣のだいぶ手前だ。オーガスには何か狙いがあるのか?

 一瞬メリルと二人で顔を見合わせるが、メリルの表情にも困惑の色が浮かぶ。

「ちょっと?ちゃんと狙いなさいよ!」

 流石にキメたセリフの割に意図の読めない氷柱の杭に、文句を言いかけた、その時。

 獣が動く。

 大きく伸び上がったかと思うと、前足を地面に叩きつけた。衝撃に足を踏ん張り耐える。

 メリルの両手が動き、2本の剣を差し構えている。それにしては妙な姿勢だ。メリルは止まらず横っ飛びに飛び上がると、虚空に向かってサーベルを振るう。

 獣の尻尾が大きくゆらめき、伸びた尻尾が再び地面を叩く。

 とにかく後方に飛び退き一旦距離を置く。

 何かが変だ。

 飛び退いた地面に前足の鋭い爪が襲いかかる。


 オーガスの魔術が右手で再び落ちる。メリルは左で飛び跳ねている。そして自分は獣と見つめ合って動けない。

「カナリィ様!避けてください!!」

 短剣を見当ちがいの方向に振りながらメリルが叫ぶ。

 部屋全体が揺れたかと思うと、目の前の床が弾け飛んだ。

「待って、メリル!私には、貴方が何と戦っているのか、分からないのよ!!私の見えている化物と、貴方は違うものと戦っているの!!そう見えるのよ!」

 明後日の方向を向いているメリルの背後に獣が襲いかかりそうになる。その鼻先に魔弾を放って牽制する。

「カナリィ様……!この獣が、見えないのですか!?」

「いる、いるのよ!いるのだけれど、貴方は私の前の獣とは戦えていないの!」

 自分でも何を言っているのか分からないが、二人が別々の見えない何かと戦っているのは確かなようだ。

「メリル!!オーガス!!一旦引きなさい!!壁を作るわ!!」

 腰の水の小瓶に手を伸ばし、呪文を詠唱する。とにかくこのままじゃまずい。魔圧は安定しないから、上手くいくかはわからないけれど……。

「『守護氷壁』!!!」

 部屋の中央で分断するように氷壁を生み出し物理的に距離を取る。そのために氷柱を地面から付き生やした、その瞬間。

 耳をつんざくような叫び声が上がったと思うと、辺りにビシャビシャと液体が飛び散るような音が響いた。

「何なのっ!?」

 見上げると先ほどまで奥にいたはずの獣が氷壁に串刺しになってジタバタしている。

 氷壁の影に入るようにメリルとオーガスが身を寄せてきた。

「カナリィ、卿の氷壁が獣を下から突き上げたのだ。君に見えているかは分からんが」

「今は見えたわ……!全然狙った通りじゃないんだけどね!」

「このまま戦うのは危険です、カナリィ様!」


 メリルの声は獣が氷を砕く破壊音にかき消され最後まで聞こえなかった。

再び祭壇後に飛び降りた獣。三人の視線からは今度は同じものを見ているような気がする。

 再び耳をつんざくような咆哮。空気がビリビリと震える。首の後ろの毛を逆立てて5つの目はこちらを向いている。

 その中央の目が、金色に光り輝いている。

 そう思った瞬間、オーガスの身が後方に吹き飛んだ。

「なっ!?」

 全く見えなかった。

 吹き飛ばされたオーガスは壁にぶち当たりぴくりとも動かない。

 メリルが獣に飛びかかった、が何もしないまま懐に着地した。すぐに飛び退き獣の攻撃を捌いている。

「ちょっと!オーガス卿!?しっかりしてよね!!」

 再び暴れ出した獣の攻撃を身体強化<ブースト>で潜り抜ける。

 徐々にメリルの動きがこちらの獣の動きとずれてくる。

「『エクスプロージョン』!!」

 首の付け根の左肩に爆発が命中し、赤黒い肉片と血が飛び散った。再び身を翻して震わせている。

 足を止めている今、もう一度!

「『エクスプロージョン』!!」

 獣の右前方で爆発が起きる。外れた!

 すぐに獣は突進し、前足を地面に叩きつけた。細かい破片が頬にあたる。転がるように避け回りながら、火炎や魔弾を放つが、いずれも鼻先を掠めて奥の壁に飛んでいく。

 見えない獣と戦い続けているメリルも、決定打を叩き込めずにまごまごしているように見える。

 何度目かの魔弾を胴体に狙って撃った。その魔弾は吸い込まれるように獣の手前の床に落ちた。

「当たらない!……いや、もっと変な感じ!」

 再び魔弾を放つも、足元の地面に落とされる。いや、落とされてはいない。初めからそこに着弾するかのように狙いがずらされている。

 この違和感、メリルも感じているようだ。

「カナリィ様、攻撃が……『いじられて』います!!」

 超人的な身のこなしで見えない攻撃を避け続けるメリルが、距離をとって跳びずさってきた。

「攻撃が、しているのに出ないのです!剣を振っているのに振れていません!」

「私の魔術も、当たらないんじゃない、当たっていない。回避とはもっと違う……確率そのものがいじられているような……」

「来ます!!」

 二人で左右に分かれるように飛び退き獣の前足から逃れる。

「メリル!!中央の金の目!狙える!?」

 メリルは飛び跳ねながらも懸命に答えてくれる、が。

「中央の目!?前足ですか!?」

 どう言うこと??

「足に目なんてないわよ!?」

「では他にも目が……!?」

 もしかして、見えてる姿すら違うのか。

「もう一度氷壁で串刺しにしてやるわ!!下がってなさい!!」

 そう叫び、腰の小瓶を手に取り蓋を飛ばす。

「『水の精』……『守護氷壁』!!」

 詠唱と共に水をぶちまけた。

 しかし。

 水は何の反応も示さない。

「なんで!?失敗なんてしたことないのに!」

「カナリィ様!!!」

 目の前にメリルが飛び込んできたかと思うと、その体が見えない何かに横っ飛びに吹き飛ばされた。

「メリルっ!!」

 人体とは思えぬほど軽々と跳ね上げられたメリルの身体が、遺跡の壁に当たりどさり、と音を立てて落ちた。

 目の前には、5つ全ての目を金色に輝かせた獣の姿。身を伏せて今にも次の行動に動き出しかねない。

 二人を抱えて逃げる、なんて余裕を与えてくれるとも思えない。

 低く唸る獣を前に、膝が震えるのを感じる。

「……やるしか、ないのね」

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