おかしいのよ!
巨大な扉とその前に設けられた祭壇。儀式用のものなのだろう。まさにその祭壇の前に立つオーガスの影がこちらの足元まで伸びて来ている。
「カナリィ様、作戦は……?」
「作戦って、あなた……。正面から行くしかないわよ、ね?」
お互い入り口の左右に別れてヒソヒソと手短に言葉を交わす。
「いえ……時間差など……」
「いいから、行くわ!!」
どこまでいっても臨戦体制バリバリのメイドは置いておいて、意を決して入り口に足をかけた。
「……来たか」
部屋に入った途端、後ろを向いたままのオーガスがつぶやいた。待ち構えられていた……?
「カナリィ・ユニウス。ここにいれば必ずやってくると思っていたぞ」
長いマントを翻しながらこちらを振り向いた。その横顔が左右の青白い炎に照らされて、堀の深い目鼻を浮かび上がらせる。
「ふ、流石に自らの目で確かめたくなるだろう、とな。それでこそ魔術師だ……」
この男は……。まだ自分が掴まされたレポートが偽物だって気づいてないのかしら。呆れてわざわざ教えてやる気も起きない。
「私はあなたを止めに来たのよ、オーガス卿。この遺跡は安易に手を出して良いものではないわ!」
オーガスはこちらを見下ろしながら口元の端を歪める。
「これはカナリィ卿、異なことを。卿のレポートにあった『九元』の力、それを我が国のために生かす好機であるというのに」
「一体ここで何をしていたの」
そう問うと、オーガスは両腕を広げて部屋を見渡した。
「見よ、この空間を、そしてあの大扉を!卿の言う『九元』、そのものを体現しているようではないか」
「何をしていたのかって聞いているのよ」
「おっと、失礼した。しかしその前に、君の血の気の多いメイドを下がらせたまえ」
メリルがいることにも気づかれてる……。仕方ない。
「……メリル、下がりなさい」
そう命じると、いつの間にか焚き火台の影にまで身を潜めて近づいていたメリルがすっと背を伸ばし、大人しく後ろまで下がってきた。
「この遺跡についてはまだ解明していない、とユーグは言っていたわ」
「だが、卿のレポートがそれを先に進めてくれたではないか。そう、九元だったのだ。ましてや、それが『星降り』に関わる、となれば、早期に取り掛かるのが世界のためであろう」
まだそんなことを言っている。
「そんなこと言って、自分の手柄にしたいだけなんじゃないの?お連れを置いて一人で来ているのがその証拠だわ」
「そういう卿こそ、魔術院の命を待たずに訪れた……まこと魔術師というものは因果なものだ」
「さっきも言った通り、私はあなたを止めにきたの。遺跡についても興味はあるけれど、それよりも先にやることがあるもの」
「『星降り』の大魔術以上に優先することがあるとは、おかしな娘だ。ではなぜここまで来た。遺跡の稼働以上の目的などここには……」
「だから、あなたを止めに来たって言ってるでしょ!」
言い終わるのも待たずに叩きつける。まったく、これだから話を聞く気がない大人っていうやつは。
「ふふふ、流石の私も少し興奮していてね……いいだろう……カナリィ・ユニウス!」
オーガスはいうが早いか、手にしたレポートの束を祭壇の炎にばらまく。青白い炎に混じって赤い炎が湧き起こった。煤けた匂いが鼻腔へ届く。
「私を止めたいというのならば、その実力で止めて見せよ!」
そう言いながらマントを翻したかと思うと、その手に握られた杖を振り、同時に魔弾を放ってきた。当たり前のように無詠唱。まっすぐ飛んできた魔弾を、数歩横にずれて身をかわす。
「カナリィ様!」
メリルが前に出てこようとするのを手で制す。
オーガスは動こうとしないこちらを見とがめ小首を傾げている。
「どうした、止めて見せると言ったではないか。杖を出すがいい」
止めて見せるだなんて、そんなことは言っていない。
「あのねぇ……」
安っぽいヒロイズムに酔いしれてるところ申し訳ないけれど、盛大に水をひっかけてやろう。
「これが本当にあの本、『空想と現象』に書かれていた遺跡だというなら、私だってロイドをはっ倒してでも調査に来るわよ」
「ほう、ならば目的は同じ、と……」
仕方がない。
「あなたがご大層に『星降り』『星降り』って言って手にしていたそのレポートだけどね、ロイドのでっち上げた偽物なのよ!」
「……」
しばしの沈黙が流れる。何を言っているのか分かってないようだ。杖を振りかざしたまま動かないオーガスに向けて続けて言う。
「だから、そのレポートにあるような、九元と遺跡、ましてや『星降り』との関係なんて、私は書いていないの!遺跡のことについては何も分かっていないのよ!下手に稼働したら何が起こるかなんてまだ誰も知らないの!!」
訝しがるオーガスに向けて早口にまくし立てた。
「だが、この遺跡は……」
「昨日までと何にも変わってないわ!何も分からないままよ」
「しかし、このレポートでは……」
オーガスはレポートの束を燃やしてしまった祭壇の炎を見つめる。
「だから!そのところ、遺跡に関することなんて私は何も書いていないの!」
「では、『星降り』については……」
「それも何も分かっていないわ。だからこそ危険なんじゃない!もしまたあんなことが起これば……」
そう言った途端、不意に、部屋全体を覆う空気が変わった。
空気が変わった、としか表現のしようがない。身体が浮かぶような浮遊感、それでいて大地に引きつけられるような倦怠感が同時に襲ってくる。
「カナリィ様!お下がりください!」
珍しくメリルが慌ててそう叫ぶ。
どこからか地響きのような音が聞こえてくる。それに合わせて遺跡全体がかすかに振動しているような揺れが起きる。
ゴゴゴゴゴゴ。
何、何が起きたの?
「しかし!現にこうしてこの遺跡は動き出した!!」
オーガスは左右の祭壇を見比べると、振り返って扉へ体を向けた。
否応にも視線が巨大な扉に注がれる。
「だから何も分かってないんだってば!あんた本当に、一体何をしたのよ!」
地響きは時とともに大きく、しかし断続的に変わってくる。
ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴ。
やがてその響きは、巨大な何かを引きずるかのような音に聞こえ始める。
気温は正常、いや……。
やっぱりおかしい!さっきまでおかしいくらいにぴたりと止まったままだった気温を示す針が、次はぴくぴくと小刻みに揺れ続けている。左右に振れる針が、垂直に向かいたがるかのように。
そして極めつけは、魔圧の針が左に振り切っている。魔圧が、0以下?ありえない!と思ったとたん狂ったように左右に暴れまわる。
「やっぱりこの空間の何かが変だわ!おかしいのよ!」
メリルがオーガストの間に割り込んでくる。地響きはますます大きく部屋全体を覆う。
「カナリィ様、何かが来ています!巨大な何かが……」
「メリル、さっき三つ針を指していたはず時計が……一つ針に『戻って』いるの!作動音は正常なのよ!」
「引きましょう、カナリィ様!危険です!」
珍しくメリルが取り乱しながら肩に手をかけた。メリルの頭越しに見えるオーガスは扉を見つめたまま動けない様子だ。
引き返す?いや……。
その地響きが、最大に達したかと思ったところで急に静まり返った。
「……」
ドォン!!
突如、足元を揺らすかの勢いで、目の前の巨大な扉が音を立てた。
ドォン!!
再び音を立てた扉が大きく揺れる。
ドォン!!
何かが扉に当たっている?
ドォン!!
「カナリィ様!!」
ドォン!!
音はますます重なり、大きくなっていく
ドォン!!
扉がきしむ。
ドォン!!
扉が歪む。
ドォン!!
そして。
「門が……開く……!!」
轟音とともに金属がきしむ音が鼓膜をつんざき、部屋全体がひっくり返るかのような揺れが襲い掛かる。
あの冷静沈着なメリルでさえも、思わずよろめいて地に手をついた。
巨大な金属製の扉が捩じり切られ、吹き飛んだ。遺跡の壁にぶち当たってさらに轟音を上げる。天井から細かい砂が降り注ぎ、地底深くにいることを思い出した。
扉のあった先には途方もない漆黒の暗闇が大口を開け、広間の明かりを際限なく呑み込んでいく。
そしてその暗闇の真ん中。
広間の明かりに照らし返された、「目」が、暗闇の中に浮かんでいた。




