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嫌な予感しかしないわね

 魔術院の地下に降りてからの時間の感覚が分からなくなってきた。もう随分経った気もするし、ついさっき降りてきたばかりの気もする。

 微かに奥に見える明かりを頼りに進む。

 懐の時計を取り出して明かりにかざしてみると、気温は地上より少し低く、魔圧は高止まりしたままだ。

 彫像の通路を抜けた先は小部屋になっていた。奥には木の柵で塞がれていた形跡のある金属製の扉。これも南京錠が外されて開けられている。これがユーグの言ってた封印、かしら。随分とまぁ、お粗末なものだ。しかし、いずれにせよ国の魔導師自ら開けに来たら誰にも止められないものだろう。

 封印されていた扉の先の部屋へ入ると、3方向への分かれ道となっている。松明は中央の真っすぐの道に灯されているようだ。

 左右の部屋は……なんてじっくり探検していられない。後ろ髪を引かれつつも中央の通路へ踏み入れる。


「しっ、奥に誰かいます」

 急にメリルに制されて、暗がりで足を止めた。

 分かれ道の先にはまた広間があり、その広間の中央に松明を持った魔術師が一人立っている。こんな寂しいところに一人残されて、かわいそうに。

「オーガスの連れかしら……」

 向こうに気づかれないようにしゃがみこみ、声を潜めて話す。

「処理しましょうか……?」

 処理って、あなた。

「敵かは分からないわ、話してみましょう」

「誰だ!!」

 言っている間に気付かれてしまった。意を決して立ち上がり、わざわざ足音を立てて明かりの元に進み出る。

「お前は……カナリィ・ユニウス!!」

「ごきげんよう、王宮魔術師のカナリィです」

「騎士団も、衛兵もお前を探していたぞ、こんなところに潜んでいたとは……!」

 その言い方にカチンとくるが、ひとまずにこやかに笑顔で穏便に。

「そちらは解決したんです。こちらにはオーガス卿を探しに……」

「オーガス卿からは、この先へは誰も通すなとのご指示です。そもそもここは立ち入り禁止のはず、戻られるがいい」

「殿下のご命令で……」

「何人もお通しするなと言われている。通すわけにはいかん」

 立て続けにこちらを遮るように言われ、笑顔のまま固まってしまう。どうしてくれようか。

 その瞬間。

「がっ!」

 いつの間にか後方の暗がりに回り込んでいたメリルがいきなり飛び出てきた、かと思えば肩越しに顎に一撃。

 落ちた松明がカランと地に落ちたかと思えば、どさり、と音を立て崩れ落ち、あっさり伸びてしまった。

「ちょ、ちょちょちょっとメリルさん!?」

「は、カナリィ様への目に余る無礼、お見過ごしできませんでした」

 そうはいっても、この無駄のない動き、明らかに最初から狙っていたでしょうよ……。

「まぁ、いいわ……」


 落とされた松明を拾って、広間を照らす。

 ドーム状の天井にびっしり何かが彫り込まれてる。これは、星空を模しているの?おそらく動物や道具を模した星座のモチーフ。あの線が黄道かしら……明かりがもっと欲しいわ。

「カナリィ様、そろそろ奥へ……」

 メリルに声をかけられてハッとする。今、どれだけ天井を眺めていたのだろう。そんなことしている場合じゃなかったわね。

 でも……。

「天頂の2重円、見えるわよね」

「……はい」

「その中央に描かれてるの何だと思う?」

メリルが真上を見上げながら目を見張る。

「……獣、でしょうか。種類までは私にも……」

「そうよね、『獣』、よね……」

 嫌でも、「空想と現象」にて登場した「九元の獣」というフレーズが思い出される。

「さっきの3方向への分かれ道、それぞれの門に数字が振られていたの。1・3・9ってそれぞれの数字が」

「私たちが進んだのは……?」

「『9』の道よ」

「……何を意味しているのでしょう?」

「嫌な予感しかしないわね……」

 改めて広間の壁面を見ると、地上にはないようなヘンテコな彫像ばかりだ。頭が球体の、人間?五芒星のそれぞれの先に鳥の頭が付いているオブジェ。手足の生えた木、かしら。


 広間を抜けると再び地下への道が口を開けている。まだ奥があるのね。

 幅の広い石段を松明を手に一段一段慎重に降りていく。手を突く壁がひんやりと湿気ている。

 壁に灯された明かりは点々と下まで続いている。二人の足音以外は明かりがチリチリと音を立てるだけで何の音も聞こえない。

 どれだけ階段を降りているか分からなくなる。前にはどこまでも続く階段、立ち止まり振り返っても、どこまでも続く階段。

 不安になって時計を確認しても、全然針が進んでいない。

 メリルが後ろを付いてきていなかったら気が狂いそうね……。自分の感覚が信じられなくなってきたころに、ようやく底に着いた。

「ようやくね……。永遠に続くかと思ったわ……」

 後ろを付いてくるメリルにそう口角を上げて見せたが、メリルは何か考え込んでいる様子だ。

「……カナリィ様でしたら、気付かれたかと思いますが……」

「気付いたことがあるなら何でも教えて頂戴」

 遠慮がちに言い出すメリルへ先を促す。

「はい、この階段は意図的に時間の感覚がおかしくなるように作られている物だと思います」

「意図的に?」

「はい……。階段の幅や段差の高さが、徐々に変化するように配置されていた、ように感じます。正確には計っていないので分かりませんが……」

「なるほど、どおりで歩きづらいと思ったわけだわね。見て、ここへきて時計がおかしいのよ」

 地下へ降りてから一つ針しか動いていない時計を指し示す。

「これは……」

「壊れちゃったのかしら。……ううん、壊れたなら壊れてた方がまだ安心できるわ」

 メリルと二人で顔を見合わせる。うすら寒いものが背中を覆っている。

「とにかく、奥へ行きましょう……」


 この階段を降りた先で狭い入口を通りぬけた、と思うと、天井まで光の届かない程高く、二人並んで歩くのが精いっぱいな細い通路だった。足元は細かいタイルで何かが描かれているようだが、全体を見なければ分からない。

 点々と続く明かりを頼りに進む。

「緩やかに奥に傾斜しています。私の感覚が正しいならば、ですが……」

 すぐにメリルが教えてくれた。

「まだ深く進むのね……古代にコレだけの工事ができたのが不思議よ」

 その細い通路の先に再び狭い入口、それを抜けると、お次はメリルが背伸びすれば届きそうなほどの低い天井、そしておびただしい柱が並んだ広大な空間。

 部屋の端までは明かりが届かないので全容は知れないが、真っすぐに松明が灯されているので進むべき道は分かった。

「この遺跡全体で何かを表しているのかしら……」

 ぽつりと呟いた言葉も、果てしなく続く暗闇に飲み込まれていくようだ。

 柱に沿ってただ真っすぐ進む。ところどころにある燭台が点々と奥まで続いている。オーガス卿は迷わなかったようだ。構造を知っていたんだろうか。

 柱の間を横切ったところで、周りに装飾が施された狭い入口が用意されていた。装飾を松明で照らし確かめる。ひどくゆがんだ楕円がいくつも重なり、何を表しているのかは分からない。

 そして、装飾の中央に描かれた文字を見つけた。

「『九元』……!」

「カナリィ様、これは……」

「まさか、本当に九元の遺跡だったって言うの?」

 メリルを松明を受け渡し、肩から下げたカバンから「空想と現象」の原本を取り出す。

 明かりに照らして「九元の章」を広げ、その文字と壁の文字を見比べる。

「同じ、よね……」

「おそらく……」

 松明を持ったメリルが先にその狭い入口をくぐった。

 そこはホールのような、縦にも横にも広めの空間だ。明かりは辛うじて部屋全体を照らしている。

 問題は、その奥。

 次の部屋の入口から、青白い光が漏れ出ているのが見える。

 メリルと頷きあい、ホールを横切り奥へ向かう。


 松明を消してしまい、次の間の入り口で奥の様子をうかがう。

 祭壇?だろうか。広大な空間の中央に数段の幅広の階段があり、その上の床の左右両側に焚火台が設けられている。その台の中で青白い炎が煌々と焚き上げられている。

 空間全体に異様な空気が漂っているのが分かる。魔圧は、さっきと同じく高止まりしたままだが正常の範囲内。

 何より異様なのは、その部屋の奥に築かれている巨大な扉だ。青白い光に照り返されて全体が見える。とても人が通るとは思えないほどの巨大な扉。どうやって開けるのかも定かではない。

 その祭壇の中央に、立っている人影がある。

 魔導師、オーガス。

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