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ちょっとしたものじゃない……

 なにが、「ぼくが何とかしよう!」よ。

 ゴロゴロ、ガタガタと鳴り響く音を聞きながら一人毒を吐く。

 肩が痛くなってきたので姿勢を変えようとしたが、今度は反対の腕が当たって上手く変えることができない。

 隠し部屋での交渉の後、ユーグは隣の部屋に待機していた近衛と合流すると、たちまち用意された窮屈な木箱に有無を言わさず押し込められた。

 メリルが付いてるから滅多な事はしないでしょうけど……。外の様子も分からずされるがままだ。

「君たちならば既に知っているかもしれないが……」

 箱の隙間から入る光がなくなったかと思うと、ずず、ずずず、と何か重たいものを引きずる音がした。ユーグがメリルと話している声が聞こえてくる。

「王族だけに伝わる王宮への道だ。庭の噴水の下に通じている。ココを使って王宮へ入ると良い」

「魔術院へは?あそこも騎士団の手に落ちているはずです」

 メリルが簡潔に問いかけている。

「接収されたとはいえ王国の一部門の庁舎なんだ、近衛として届けものをするぐらいできるだろう」

「承知しました。では、殿下は騎士団の元へどうぞ」

 うわー、素っ気ないわね。メリルって外だとこうなのね……。

 それだけのやり取りが済まされると、再びゴロゴロ、ガタガタと動き出した。一体どこがその隠し通路だったのかこの場所からでは予測もできない。

 慎重に運ばれている箱の中からでも分かる湿気た匂いを感じる。いわゆる地下水路ってやつかしら。王宮の隠し通路って本当にあるもんなのね……。


 しばらくそのまま地下水路らしき通路を通ってきたと思ったら、金属製の扉を開ける音が響いた。やがてうっすら明かりがさしてくる箇所まで来たところで箱を乗せた車が止まった。

「引き上げよう。重いぞ……いち、に、さん!」

 なんて失礼な!!

 そう近衛が言ったのを聞いてるとふわりと箱ごと持ち上げられた。

 うんうん唸る近衛の声を聞くからに、車でそのまま出ることは出来ない場所らしい。噴水の下って言ってたから、整備用の通路かなんかかしら。

 完全にお荷物じゃない……。というかローブがあるんだから箱に詰めるならココに来てからで良かったんじゃないの!?吐き出す毒もとげとげしくなっているのを感じた。

 明かりがまぶしくなったと思ったら、やや乱暴に地面に下ろされる。おしりが痛いじゃない。

 しばらくガタガタ何かやっていると思ったら、再び持ち上げられて車に乗せられる。車も一生懸命引き上げてたのだろう。

 さっきからメリルの声が聞こえないけれど、ちゃんと付いて来てるのかしら。近衛とメイドが届けもの、っていかにも怪しい組み合わせだけど、ちゃんと考えてるのよね。

 王宮の庭にたどり着いたとはいえど、何度か衛兵に呼び止められているようだ。そのたびに近衛は「ユーグ殿下のお荷物だ」と答えている。

 それを聞いた衛兵は「ああ……ユーグ殿下の……じゃあ仕方ないな……」なんて反応だから、普段のユーグの王宮での振る舞いが伺えるじゃないの。


 それにしても、オーガス卿は何を企んでるのかしら。『九元』と『遺跡』による『星の降った日』の再現、なんて本気で信じてるの?

 魔術院の中はすっかり改築されちゃってたから、遺跡の研究なんてとっくに終わってるものだと思っていたわ。まさか解明されずに封印して放り出されてるままだったとは。

 私も迂闊だったわね、足元に興味深い研究材料が眠ってたんじゃない。確か遺跡自体は統一前時代の……ああ、覚えてないわ。自分の国の事だっていうのに。

 遺跡の研究といえば、そんな先生がいたわね。年中アチコチ回ってて全然学校にいないっていう。専攻していなかったからほとんど接点が無かった。そういえばあの魔道具オタクの同級生、彼女だった遺跡を見たらまた何か分かるのかしらね。

 などと、とりとめのない思い出に浸っていると、ガタンガタンとひと際大きく揺らされた。光の入り具合から魔術院近くの林の道に入ってきたようだ。

 突如、大きな声で呼び止められる。

「止まれ!ここは現在騎士団の管理下にある!」

 やや横柄な騎士団員だ。

「ユーグ殿下のお届け物で……」

 近衛は決まり文句を伝えた、が。

「荷を下ろせ、中をあらためる!」

 そう伝えられ、近衛がたじろぐ空気が箱の中からでも感じられる。ちょっと、どうするのよ。

「……こちらは殿下が国外より手配された貴重な魔術資料です。日光に反応し暴れるためこうして運ぶしかありません」

 メリルの声だ。別に暴れやしないわよ。しないわよ、多分。

「では中で検分する」

「承知しました。では搬入口から」

 ちょっとちょっと……?

 大きな重たい扉が開く音が聞こえる。

 窮屈だけれど体をねじって腰の杖に手を伸ばす。開いたら一発お見舞いしてやるわ。

 ごごん、とまた重たい音を立てて扉が閉まったようだ。慎重に中へ運ばれている。

「よし、開けろ!」

 という命令の声と、鈍い音が響いたのはほとんど同時だった。どさり、と何かが倒れる振動が車越しに伝わってくる。

 すぐに木箱の蓋が開けられ、室内の細い明かりが目を刺した。その場で立ち上がると、床にはのびた騎士団員が、車の周りに近衛が3人。その一人はメリルだった。

「カナリィ様。お時間がありません、地下へ」

 近衛の隊服を着たメリルが差し伸べる手を取って車から降りる。

 戸惑っている近衛の二人を見ると、またメリルが何かやったらしい。あまり深く触れずにおこう。

 メリルが二人に騎士団の男を箱に詰めるように指示したのを見届けて、搬入された倉庫から魔術院の廊下へ向かった。

 

 廊下を駆け抜けながら地下への階段を探す。そもそもこの建物に地下なんてあったのかしら。建物を探検していなかった事が悔やまれる。

 片っ端から扉を開けて中を確かめていく。廊下の端の、突き当りの部屋。扉の鍵とは別に南京錠がいくつもぶら下がり、厳重に封鎖されていたことが分かる。そのカギは全て開いている。

 扉を引きちぎるかのように乱暴に開けると、部屋の真ん中に地下へ続く螺旋の階段が口を開けていた。

「これが遺跡の……メリル、行くわよ!」

 そう声をかけて、慎重に地下への道へ足を踏み出した。

 何度も踏みこまれたようにへこむ石の階段に、ごつごつした石壁。地上から上の魔術院の造りとは大きく違うのがすぐに分かる。

「ここから先は、当時の遺跡のままなのね……」

 壁の明かりは灯されており、最近誰かが通ったであろう痕跡となっている。

 階段を下りきった先はちょっとした広間となっており、周りの壁にはぐるりと彫像やら何かの台座やらが彫り出されている。広間の奥には半開きの大扉。

 湿った空気とかび臭い匂いが充満している。空気の流れが止まったような広間に灯された明かりだけがチリチリと音を立てている。

「ここだけでもちょっとしたものじゃない……」

 声を出すと辺りに反響して広間全体に響き渡る。

「カナリィ様……」

 メリルに声をかけられ振り向くと、壁の一点を指している。

「この文字は、カナリィ様の解読されている書と同じものでは?」

 その壁を見ると、確かにここのところずっと向き合っていた「空想と現象」の原文に使われている文字と同じものが彫り込まれている。

 一見すると模様にも見える変な書体の文字だが、確かに読める。

「『天へ』……つまり、空へ向かう、って言葉だわ。こんな地の底なのに」

 統一前の北部の言語だったはず。なんでこの国の遺跡にこの文字が……?

「考えるのは後ね……惜しいけど。とりあえずオーガス卿を探しましょう」

「もっと奥、なのでしょうね」

 メリルに向かって黙って頷く。

 広間を横切って、奥にある半開きの大扉を潜り抜けた。


 両側に再び彫像の並ぶ通路。合間の松明が灯されて表面を複雑な影が覆う。あの文字はどこにも入っていないのを横目に確認しながら、慎重に奥へと進む。

 足元の石畳は何度も人が通った跡のようにでこぼこにすり減っている。やっぱりこれまでも沢山の人が研究してきたのね。

 この彫像も、人なのか獣なのか、なんだか分からない物を模している。四つ足に人の顔があるのもあれば、二足で立つ狼みたいな顔のものも。こっちはおそらく太陽と、こっちの球はなんだか分からない。

 不気味な雰囲気だけど、後ろを振り向くと近衛姿のメリルが付いてきてくれている。それが何よりも頼もしい。王宮の制服も凛々しくて様になっている。

 そうしてメリルを従えたまま、通路の先に広がる暗がりに向かって足を踏み入れた。

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