わざわざ説明がいるかしら?
黒い上等な布地のローブを羽織、フードを目深にかぶる。
「逆に目立ってないかしら?」
腕を広げてメリルに聞いた。
「ご安心を、人目を避ける魔道具となっています。私は魔術師ではないので詳しくはないのですが……」
「魔道具なの!?どこよ、どこかに呪文なり紋様が……」
出ない手をばたばたして探すが、メリルにたしなめられた。
「お探ししているお時間はございません、早急に動かなければ」
ぐいぐい押しやられるように家を出る。出入口は通りからは見えないように自然に隠されている。
メリルが家の戸にカギをかけると、先に立って歩き出したので素直に付いていく。振り返ると、一見ではさっきの家に入るルートは分からない。やっぱりこれも隠れ家、なのかしらね。
通りの端をメリルについて歩くが、確かに誰もこの格好を見とがめない。こんな明らかに今から悪いことしますよーって恰好が喧伝しているような出で立ちなのに。手元や表側には魔術的な要素は見えない、裏地かしら。素材は?この袖口の銀糸の編込みも魔術かしら?
キョロキョロしながら歩いていると、とある路地の前にやってきた。
路地に入る前にメリルは立ち止まり片袖をまくり上げる。そのまま路地へ入っていくと、堂々と煤けた屋台に向かっていく。天幕だけ掛けて屋台の風だが、置いている品は鉄くずなんかのガラクタばかりだ。
メリルは慣れた足つきで、片手を上げて近づいていく。大丈夫なんだろうか
「やあ、兄弟。新しい情報はあるか?」
メリルの口からこれまで聞いたことのないフランクな口調が飛び出して目を剥いた。そう馴れ馴れしく話しかける姿はどう見ても下町の姉御肌だ。メリルの意外な姿を見せられてなんだかドキドキする。フードを深くかぶり様子をうかがう。
「おう姉さん。そちらは……例のお尋ね者かい?まぁいい。騎士団はカナリィ・ユニウスの身柄の引き渡しを条件に修繕費の半分を出してもいいってことに落ち着いたようだぜ」
「騎士団が協会の財布を握ってるわけじゃないんだろ?どういう風の吹き回しだ?」
「騎士団が使える金もあるんだろうが、協会側もそれだけ抑えるのに必死って事だろうぜ」
フード越しに目の前で行われる会話が、現実のものとも思えずなんだか世界が遠く感じる。
「『奴』は?」
「動きなし、だ。次の手でも練ってるのかね……しかし、姉さんが久々に顔を見せたかと思えばこの騒ぎだ。何か大ごとかい?あそこにもしばらく来てないだろ、皆待ってるぜ」
「『余計なおしゃべりは金と命を落とす』よ。黙って取っておけ」
そうぴしゃりと言いながら屋台の男の手に何かを握らせた。
「うほぅ、キップがいいねぇ。また何でも言ってくれよ」
それだけのやり取りを済ませたら、メリルは踵を返してずんずんとまた通りへ戻っていく。置いていかれないように、それでもあの屋台を振り返り振り返り付いていく。ガラクタ屋は呑気に白いパイプから煙を吐き出し、こっちに手をひらひらさせて見せた。
通りに出るのを待って、小声でメリルに話しかける。
「ちょっと、今のはなんなわけ……?」
メリルはこちらを振り向かずに小声で答える。
「はしたない姿をお見せし、失礼いたしました。状況は刻々と移っているようですね」
「そうじゃなくて……」
それ以上詮索できなくなってしまった。
洗濯屋の前を通り過ぎ、その脇にある階段を上っていく。外向きに付いている扉をガチャリと開けて、メリルに中に通される。メリルのまた別の隠れ家かしら。
メリルが進んで部屋の奥へ向かい、こじんまりとしたダイニングを抜ける。その奥の居間にある本棚に向かい、メリルがかがみこんで何やらしていると、なんと本棚が扉となっており、奥の部屋への道が出てきた。
「ここまで厳重なの……」
若干引きながらも奥へ行く。
そこには豪華な、しかし使い込まれた調度品の、もう一つの居間があった。
メリルが緑の布が張られた一人掛けのソファを示し、素直にそこに座る。ふかふかだけど、なんだか居心地が悪いわね。
小型の暖炉があり、高そうな絨毯が敷かれている。奥には玉衝き台。その奥にはまた扉がある。
「こちらでしばらくお待ちください、そうかからないとは思いますが、その間おくつろぎいただければ」
そう言うとメリルはカバンから小さな真鍮の香炉を取り出し、そっと火を灯した。立ち上る煙からは、いつものお屋敷の居間で嗅ぎ慣れた、さわやかな新緑の香りが漂ってくる。
彼女は一度うやうやしく一礼すると、本棚の扉を閉じて向こうの部屋へ行ってしまった。
おくつろぎ、って言われても……。
やがて、本棚の扉の向こうから、何やら物音と言い合う音が聞こえてくる。メリルのお仲間?怖そうな感じがするけど……。
しばらく無音が続き、胸が高鳴る。気付けばソファのひじ掛けをしっかりと掴んでしまっていた。
本棚の扉が、きい、と音を立てて開けられたと思うと、そこに恐る恐る姿を現したのは、我が国の第二王子ユーグその人だった。
意外な展開に思わず立ち上がる。
続いてメリルが入ってきて、その扉を閉めてしまった。いつの間にかメイドのカチューシャとエプロンを付けている。
「おお、カナリィ……」
何かに怯えるように声をかけてきたユーグに向き合う。しまった、フードを被ったままだった。
努めて落ち着いた風を装って、堂々とフードを取る。
「……」
しばらく無言で見つめ合うが、ユーグがゆっくりと口を開いた。
「君は一体、何者だい……?」
「……わざわざ説明がいるかしら?」
ハッタリである。今更自己紹介が必要な仲だとは思わない。相手がビビってくれてるならそれを使うに限るわ。
「なぜ、この場所を……なぜ僕の隠れ家に君のメイドが先回りしているんだ?」
なによそれ!?ここ、ユーグの隠れ家だったわけ!?
ちらりとメリルを見ると、目を伏せてそ知らぬ顔をしている。せめて、説明しておきなさいよね!
内心の驚きは隠したまま、落ち着いた風を装い、もう一つのソファを指し示す。あたかも自分がこの部屋の主かのように。そういうことで良いのよね、メリル?
「立ち話もなんでしょう。どうぞ殿下も、お掛けください」
こわごわとした様子でユーグが椅子に付くのを待って、自分もあえてゆっくりとソファに座る。
「君のことを閉じ込めたことは謝ろう、だがそれも君のためを思って……」
早速釈明してきたユーグに、鷹揚に頷く。
「ええ、ええ分かっております殿下。ですが私もガサツな身の上、ちょっとお散歩に出ようと思ったらお部屋を壊してしまいまして、ほほほ」
ユーグがごくり、とつばを飲み込むのが分かる。
「……それで、何がお望みだい……?国外への退避なら手を貸そう」
「そんなことをするつもりはないわ。その気なら今頃とっくに国境線よ」
これもハッタリだ。が、メリルに頼んだら本当に何とかなっていた気もするから恐ろしい。
「そ、それじゃぁ一体……」
ユーグが本気で怯えている様子だが、メリルは隣の部屋で何かしたんだろうか。
「発端になったレポート、ロイドが書き換えたって、言ってたわよね」
「ああ……君のいう事が本当なら、協会は盛大な勘違いで動いていることになるね……」
「メリル!」
片手を上げてメリルに合図を出すと、ユーグがビクッと肩を跳ね上げた。
メリルは合図に応じて、手にした草稿をユーグに差し出す。
ユーグは恐る恐るレポートの束を受け取ると、まじまじと見つめた。
「それが、私が上げたレポートの草稿よ。『魔術遺跡』にも、『星の降った日』についても触れてない。確認なさい」
しばらく両手でレポートを掴み、ページを行ったり来たりしながら確認している様を見つめていた。
「……確かに、ココの原稿には書かれてはいないね……」
「でしょう……?あんたには、この草稿を正式な物として騎士団に訂正してきて欲しいのよ。功を焦った部下の不始末で誇大な報告になってしまいました、ってね」
ユーグはしばらくレポートとこちらの顔を行ったり来たりして見ている。何をボケた顔しちゃって。
「分かるでしょう?これは貴方達にとっても悪い話ではないはずよ」
「た、確かにそれはそうだが……騎士団の強引さは内政干渉も甚だしい。コレで追い出せるというなら、お安いご用だ」
「それともう一つ……」
せっかくだからついでに言ってみよう。
「この町の水道橋の修繕費を国費で賄いなさい」
「そ、それは騎士団と君が……」
「分かっているのでしょう?元はと言えば貴方が余計なちょっかいを仕掛けなければ私は安全に隠れていたんだから、あなたに責任があるのよ」
「しかし、予算については僕の一存ではどうしようも……」
「臨時で四部会が開かれることは分かっているのよ。そこでユーグ、貴方が問題の解決を宣言して、修復のプランを提案するのよ。無理なら私財があるでしょう?」
「そこまで把握しているのか……。確かに……ユニウス大臣には、日頃から多額の支援金を国へ融通してもらっているからね。水道橋の賠償責任からユニウス家を救い出すプランを僕が四部会で通せば、大臣に対してこれ以上ない大きな恩を売ることができる。……取引としては、僕の側にとっても悪くない……まぁやるだけやってみよう」
「あらぁ、こーんな立派なお屋敷をいくつも抱えているぐらいですもの、やってもらわなくては困るわ」
両手を広げて部屋を見渡してやる。
「いいだろう、その要求は呑もう。……ただし、カナリィ。僕からも一つ条件がある」
「何かしら?」
「今回は完敗だ。だが、今後はその君の情報網、僕の側にも少し融通してくれないか。これほどの組織を敵に回したままでは、さすがに僕も夜が眠れない」
私の情報網って、何かしら……。なんて思いながらメリルを見るとこっそり頷いている。
「ふん、あんたの働き次第ね」
その返事を聞いて、少し安堵の表情を浮かべるのを見逃さなかった。
「確約はできない、が提案はしてみよう……」
案外言ってみる物だ。ここまですんなり要求が通るとはさすがに思わなかった。
「あ、それから。あんたの差し入れしたスープを作った職人、腕がいいから王宮のお抱えになさい」
「そ、それは僕の管轄じゃぁ……」
「冗談よ」
「まいったな……」
ユーグは左手でこめかみを抑え頭を抱えている。ふん、いい気味だわ。
「……しかし、問題が一つ残っているんだ」
そうぽつりとこぼすユーグの、眉間にしわの寄った顔を見る。
「何かしら?」
「オーガス卿も姿をくらませている。直前に君のレポート、ロイドが書き換えた物の写しを持って魔術院の地下をうろついていた、という事は分かっているんだ」
オーガス卿、確かにこの騒動が起きてからは聞いてないわね。書き換えられたレポートの写しを持って?
「もしかして、『魔術遺跡』……」
「おそらく……。遺跡の最奥はまだ仕組みが分からず封印していてね……」
「私のレポートを鵜呑みにして、遺跡で『九元』の実験をしようって言うの?」
「下手に稼働すると魔術院自体が崩壊しかねない」
二人で黙って顔を見合わせ、頷きあう。お互い何も言わずとも、合わせたようにソファから立ち上がった。
「彼を止められるか?私は騎士団へこの草稿を届けに行こう」
「でもどうやって?王宮は騎士団が抑えてるはずでしょ?」
そう尋ねると、ユーグが見栄を張るように、胸を叩いて見せた。
「それこそ、ぼくが何とかしよう」




