四 要求と課題
よくもあそこまで、血の繋がった妹のことを悪く言えるものだと、感心してしまう自分がいる。
王族のために死んだ方がまし……なんて、きっと母親が日頃から口にしている話を鵜呑みにし、当然のことのように捉えて主張しているのだろう。
……で、王はどう答えるのかな?
「お前如きに、王族の命を忖度する権限があるとでも思ったか? お前の処分は明日決定し通達する。それまで屋敷から一歩も出ず謹慎していろ! 一歩でも屋敷から出たら、直ぐに全寮制の学園送りだ」
王の声は低く、自分を特別な存在だと思って主張する王女に対し、意外にもまともな発言をした。
王族特有といわれている眩しい程の金髪と、王に多いと言われている金色の瞳の男が、開いたドアの隙間から見える。
「そ、そんなこと……嫌よ! 私は、私は悪くないわ!」
王に叱られているというのに、この第五王女は自分の罪を認めようとしない。
きっとこれまで、自分を脅かす存在になど出会ったことがないのだろう。
「王様、第六王女マーシャリー様がお見えになりました」
区切りのいいところで、ドアを守っていた騎士が声を掛ける。
「ああ、シルビアはもう下がれ」
そう言って国王は、右手を面倒臭そうにしっしと振った。
まだ何か言い足りなさそうな第五王女シルビアは、後ろを振り返り私が来たことに気付くと、それはそれは醜い顔で私を睨み付けた。
ブロンズの髪に青い瞳。どうやら外見は母親譲りのようで、レースをふんだんに使ったドレスを着ている。
騎士に引き摺られるように出ていくシルビアを完全無視し、私は贅を尽くした執務室の中に目を向ける。
あの壺一つで、カラス離宮がピカピカの新築になりそうだわ。執務机の上のガラス製のインク入れを売れば、私の冬用の外套が新調できるわねって、瞬時に頭の中で算段する。
「マーシャリー様を椅子に降ろし、君たちは下がりなさい」
国王の側に立っている側近らしき隙のない男性が、エミリーとボブに命じる。
二人は私の顔を心配そうに見ながら、渋々下がっていった。
「どうやらお前は、バカで間抜けな王女だと言われているようだ。
話もまともにできず、文字も読んだり書いたりできないと、王妃から報告があったが……相違ないか?」
国王は何かを見極めたい訳ではなく、ただ確認のために問い掛けた感じで、私の目を見ることもない。
「バカで間抜けですか? そう思いたい者は、そう言うのだと思います」
私も国王の目を見ることなく、面倒臭そうに答えておく。
すると側近は驚いたように私を見て、お茶を注ごうと手に持っていたポットの動きを止めた。
……あぁ、あのポットで私の安いワンピースが十着は買えるわね。
「お前は姉のシルビアに階段から突き落とされたそうだが、覚えているか?」
「はい、覚えています。お前など、死んだ方が皆のためだと言いながら、それはそれは嬉しそうに笑っていました」
そう言って私も、黒く微笑んでおく。
「ほう、どうやら王妃の報告は虚偽であったようだ。それで、お前は自分を殺そうとしたシルビアに、何を望む? どんな罰を与えたい?」
今度は私の顔を見て、意味ありげにニヤリと笑って問う。
「罰? 確かに体中に痣ができ、あちらこちら痛み、歩くこともままならない状態ですが、運よく、本当に運よく命を繋ぐことができました。
ですから、罰を与えない替わりに、私のお願いを聞いてくださいませ」
「デローム、これが会話もできず間抜けな王女なのか?」
カップにお茶を注ぎ終わり王の後ろで控えていた男に、王は私の方を向いたまま訊ねた。
訊ねられたデロームは、困った顔をした後、王の耳元で何やら囁いている。
「して、その方の望みとは何だ?」
「はい、二つございます」
私はにこりともせず、王の目を見て答える。
「二つだと? 存外、欲が深いのだな。カラス離宮ではなく、自分も屋敷が欲しくなったか? いや、ドレスや宝石でもねだるつもりか?」
「いいえ、そのような物、何の役にも立ちません。私が欲しいものの一つ目は、王宮殿ではなく執務棟にある図書室への入室許可です」
今度は薄っすら微笑んで、自分の要求をはっきりした口調で伝えた。
「図書室? 何故だ?」
「私には教師がいません。ですから自ら学ぶために図書室へ通いたいのです」
「ん? 教師がいないだと?」
王は眉を寄せ、本当かと疑るような視線を私に向ける。
すると直ぐに、側近デロームが机の上に置かれていた書類の山から、一枚の紙を探し出して王の前に置いた。
恐らくそこには、私の間抜けぶりに二人の教師が匙を投げたと書かれているだろう。
「直ぐに手配してやろう」
「いいえ、王様、それはお断りいたします。直ぐに棒で殴ったり、頭を叩いたり怒鳴ったりするような教師は、もう結構です」
「なんだと!」
どうやら私が、教師に体罰を加えられていたことは知らなかったようで、声に怒気が交じった。
この王は、教育のためなら体罰も認めるという主義ではなかったらしい。
「欲しいもの二つ目は、私の護衛騎士です。またいつ姉や兄に殺されそうになるか分かりません。この身は幼く体力もありません。次も、今回のように運よく助かるとは限りませんから」
「は~っ、その方には護衛騎士も居なかったのか?」
王は疲れたように深く息を吐き、こめかみを押さえる。
王の問い掛けには、私ではなく側近のデロームが慌てて答えている。
どうやら他の王子や王女は、母親の実家から騎士が派遣されているらしい。
「分かった、望みを叶えてやろう。明日から三か月間、執務棟及び図書室への入場を許可する。ただし、読み書きは当然だが、私を満足させる学びの結果を出せ。結果次第では図書室への入場は禁止する。
護衛騎士は、明日から勤務させる。以上!」
そう言うと王は直ぐに席を立ち、部屋を出ていった。
……よし、これで情報収集ができるわ。三か月かぁ……急いで字を覚えねば。
◆◆ 国王 メンカート 四十六歳 ◆◆
あれはいったい何だ?
あんな七歳の子供がいるのか?
いや、あれは子供のできる対応ではない。
これまでの報告が全て噓だったのか、意図して間抜けな振りをしていたのか……いやいや、それで死に掛けるのは割にあうまい。
「デローム、直ぐに王宮騎士団からホイルソン侯爵家次男のダニエルを呼んで来い。
それと、至急エレンティアに知らせを送り、王宮へ戻るよう手配してくれ」
「承知しました。直ちに」
デロームは頷くと、急いで執務室を出ていった。
一人になった私は先程のことを思い出し、心に引っ掛かる違和感の正体が何なのかを考える。
罰を与えない替わりに望みを要求するなど、まるで大人の交渉ではないか。
底知れない違和感に首を捻りつつも、もう一つの感情が自分の中に芽生えたことに気付き、つい、ニヤリと笑ってしまった。
「あの子は、マーシャリーは化ける。どの王子や王女よりも聡明で、王を王とも思わないふてぶてしさを持っている。
しかも、先日の魔法適正検査で、第三王女、第二王子に続く、三人目の適正持ちだと判定されていた。
面白いじゃないか。父をもっと驚かせてみろ。無能なら切り捨てるまでだ」
翌日、第一側室であり、王立貴族学院の学院長を務めているエレンティアが戻ってきた。
「火急のお召と聞き、急いで戻ってまいりましが、何かございましたか?」
私よりも一つ年上のエレンティアとは、学院で出会い恋愛結婚している。
政略結婚で王妃となったロレーヌよりも、先に王宮に入り二人の王女を成している。
その二人は成人後、隣国へと嫁いでおり、王妃や側室との関係が面倒だからと、子育てを終えたエレンティアは、学院長として王立貴族学院に住んでいる。
「君に頼みたいことがあるんだ」
そう切り出して、私はマーシャリーのことを話し始めた。
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