三 国王との話し合い
次の日、ようやく第六王女の記憶と私の魂が同期し、はっきりと覚醒した。
ベッドの上で体を起こし部屋の中を見回すと、六畳ほどの広さの部屋は、壁も床も家具さえも質素で、窓のカーテンは安物そうで地味だった。
「忘れられた王女に、相応しい部屋ね」
私は目を細め、記憶の中の出来事を整理する。
寝込む原因となった第五王女の悪行を思い出したけれど、第六王女マーシャリーは、その時のシーンを絶望という感情で記憶していた。
「反撃するとしても、もっと情報収集が必要だわ」
この子の記憶の多くは、霞がかったようにぼやけており、鮮明に覚えていたのは、誰かに殴られたり蹴られたりした時の、痛みや悲しいという感情の記憶だけだった。
魂が入っていないため、嫌だとも、止めてとも叫べず、ただ涙を流し受け入れるしかなかったんだね。可哀そうに……
「辛かったね、悲しかったね。痛かったでしょう? 苦しかったでしょう?」
そう言いながら、私は自分の体を抱き締め「もう、大丈夫だからね」と呟いて、溢れてきた涙を両手の指で拭った。
「訳アリだとは思っていたけれど、母親である第五側室は既に儚くなり、以後は王妃の命令で、王族の罪人を監禁する廃離宮に移されていたなんて……予想以上に笑えない展開ね」
この子の記憶は痛みや悲しみばかりだけど、耳で聞いたことや目で見たことは、理解できなくても脳が記憶していた。
私の魂と同期した時に、しっかりそれらも記憶させてもらった。
特に専属メイドのエミリーが、独り言のように色々なことをマーシャリーに語りかけていたお陰で、王妃や側室の情報も手に入った。
「マーシャリー、一緒に倍返ししようね」
私の以前の任務内容は消去され覚えていないけど、要人警護の仕事で培った様々な経験は、この体、いや、この魂に残っている。
やろうと思えば、いつだってヤレ……ゴホン、仕返しできるわ。
しかも、秘密裏に、こっそりと、絶対バレないようにね。
……それにしても、突き落とされた階段は二十段くらいあったのに、よく生き残れたものだわ。
……あ~っ、丈夫じゃなくて頑丈な体のせいか。ほうほう。いいじゃん。
「まぁー、マーシャリー様、体を起こされても大丈夫なのですか? お医者様は骨が折れなかったのは奇跡的だと仰っていましたが、体中に打撲の痣ができています」
突然開け放たれた窓のカーテンが揺れ、風が吹き抜けたと思ったら、メイドのエミリーがドアを開けたからだった。
「えぇっと、エミリーだったかしら?」
「はい、マーシャリー様、エミリーでございます。
あぁ、見間違いでも勘違いでもなかった。マーシャリー様は、ちゃんとお話しできるようになられている……エミリーは、エミリーは嬉しゅうございます」
そう言いながら、ハンカチを目頭にあて涙を拭いている。
ぼんやり虚ろに生きてきたマーシャリーを、エミリーは献身的に世話してくれていた。
誰も見ていないのに、ちゃんと敬語も使っていた。本当にいい娘みたい。
「あっ、いけない! 大変なことを忘れていました。お父上であられる国王様が、目覚めたら王族専用の第三執務室に来るようにとご命令です。
母君フィリーネ様が亡くなられてからは、一度も呼ばれることなく、ご面会くださることもなくなりましたから、この機会を逃してはなりません」
そう言いながらエミリーは、てきぱきと私を着替えさせ、歩くのは難しいだろうからと、この離宮で働く専属コックのボブを呼び、私を抱っこさせて王宮殿へと向かう。
道すがら、多くの者が私たちを見てクスクスと笑う。
着ているドレスは王女に相応しいとは言えない代物で、抱きかかえているのは騎士ではなくコックだ。
エミリーのメイド服も、ボブの料理人服も、結構くたびれている。
この子の記憶によると、私の離宮の使用人は、この二人だけなんだよね。
……あり得ないわー。これまで似た感じの時代背景の星で任務を行ったけれど、王女に護衛も居ないなんて、絶対におかしい。
でもね、コックのボブは二十四歳でイケメンなんだよ。
専属メイドのエミリー二十二歳だって、子爵家の次女で美人さんだ。
亡くなった母のメイドとして王宮に上がり、そのまま私の世話をしてくれている、とても奇特で優しいメイドだ。
……まあいいわ。今のうちに笑っておきなさい。今に、私を見たら下を向くか青い顔をするようになるから。
王宮殿まで、こんなに遠いなんて……
呼びつけるんなら、馬車くらい寄こしなさいよ、国王!
途中、各側室の離宮の前を通過するんだけど、建物の大きさは、側室の順位とは関係なく、実家の経済力で決まっていた。
マーシャリーの母の実家は伯爵家だけど、母の死後はマーシャリーと関わっていないし、援助もしていないらしい。
「離宮に住む場合、侍女やメイドを実家から連れてくる側室が多く、王宮の侍女やメイド以外の給金は、側室が払う決まりなのです。
ですから、実家がお金持ちだと、三階建ての大きな屋敷を希望し、現在、一番経済力のある第四側室アリアネ様が、一番立派な離宮を使用されています。あの、第五王女シルビア様の母親です」
エミリーは、第四側室が住む立派な建物を見ないようにしながら、急ぎ足で進みながら説明してくれる。
「へーっ。うちは? うちの平屋でぼろくて小さな建物も離宮扱いなの? そして二人は、王宮の職員なの?」
「えぇっと、そうですね。私たちは王宮の職員です。
あそこは、通称名がカラス離宮というだけで、正式な離宮ではありません。
昔は……流刑屋敷と呼ばれていた離宮があったそうですが、今は、その屋敷は解体され残っていません。
流刑屋敷の使用人が使っていた建物が、今のカラス離宮です」
エミリーが悔しそうに唇を噛み、コックのボブも「あんまりです」と辛そうに呟く。
「ものは考えようよ。例え使用人の建物であろうと、あそこには自由があるわ。
気取った侍女や、ドレスの裾を引き摺る威張った主人も居ない。
好きな時間に寝て食べて、私を棒で叩く家庭教師も来ない」
「あぁ、マーシャリー様は、家庭教師のことを覚えておられるのですね。あの女は、王妃がマーシャリー様を王宮から排除するために、手配したのです」
次に見えてきたのは、王妃が住む王妃宮で、離宮とは違う扱いらしい。
エミリーが両手をグッと握り、王妃宮を睨み付ける。
マーシャリーの記憶の中に、王妃宮から来た侍女が、私やエミリーをバカにして、ゴミを投げつけるシーンがあった。
「ねえエミリー、私はぼろの服を着ているから、外で思いっきり遊んでも平気だし、贅沢をするお金も必要ないわ。
確かに、これまでの私は遣られっ放しで、二人にも辛い思いをさせてきたけど、これからは違うわ。貧乏だって楽しく幸せに暮らしてやるんだから」
「「あぁ、マーシャリー様」」
二人は声を揃え涙を浮かべて、「はい」と返事した。
やって来ました王宮殿。その隣には王宮殿より大きな執務棟がある。
王宮殿は、主に国王が生活する場であり、王の執務室や謁見の間、来客用の客室等があり、宰相や執事や側近たちも暮らしている。
五階建ての豪奢な装飾の建物は、大国の王宮に相応しく白く美しい造りだ。
仕事で見てきた違う星の宮殿と比べても、まあまあ立派だと思う。
「マーシャリー様は、この宮殿を見ても、凄いとか素敵って仰らないんですね」
「うん、まあ、こんなものかなって感じ」
宮殿内の絨毯敷きの廊下を歩きながら、エミリーの質問に答える。
「暫し待て、王様にお伝えしてくる」
約束の王族専用執務室とやらの前まで来たら、護衛騎士二人に止められて、少し待つことになった。
「私は悪くないわ! バカで間抜けなマーシャリーなんて、死んだ方が王族のためなのよ!」
開いた扉の中から、聞き覚えのあるキンキン声が聞こえてきた。
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