五 第一側室と護衛騎士
◆◆ 第一側室 エレンティア 四十七歳 ◆◆
王から聞いた話を思い返しながら、私は第六王女マーシャリーの元へと向かっている。
「エレンティア、第六王女を知っているか?」
「ええ、一度だけ母親のフィリーネが亡くなった時に会っているわ。確か……ぼんやりしていた記憶があるわ」
「どうやらアレは、王妃や一部の姉から虐待されていたようで、先日シルビアに、時計塔の階段から突き落とされて死に掛けた。
王妃は家庭教師に体罰を加えさせ、騎士も付けさせず完全に放置していた。
そこでだエレンティア、アレの後見人になってはくれぬか?」
久し振りに会った夫である王は、とんでもない話を聞かせ、予想外の依頼をしてきた。
私も、あの王妃や他の側室たちとの付き合いに疲れ果てたが、母を亡くした幼い子を虐待していたとは……呆れて溜息しか出てこない。
「後見人と言うことは、私に代理母になれということでしょうか?」
「あぁ、そうだ。アレに王女として最低限の生活をさせ、他の子とは違う異質さが何なのか、また、本当に気に掛けるだけの価値があるのかを確かめてくれ」
そう言いながら、昨日マーシャリーと対面した時の話をしてくれた。
正直、どの子にも冷酷な王が、末の子に興味を持ったことの方に驚いた。
……まあ私も、話を聞いて関心を持ってしまったのだけれど。
王に向かって条件を突き付けるとは、いったい誰から得た知識だろう?
まるで大人のような物言いをするなんて 二年、いや三年前のあの子の様子からは到底信じられない内容だわ。
無駄に広い宮廷内の、側室たちの離宮前の道を避け、庭園に沿う道の方を歩いていると、ある青年とばったり出くわした。
父親のホイルソン侯爵は、王の学友であり現在騎士団長を務めており、私とは学院の同期生であり良きライバルだった。
その息子が、今回マーシャリーの護衛騎士に抜擢されたのだ。
「これは第一側室エレンティア様、ご無沙汰しております」
美丈夫に成長した青年は、騎士団の白い制服を見事に着こなし、爽やかに挨拶する。
「ダニエル、ちょっと見ないうちに立派な騎士になったのね。お母様のキャロラインはお元気かしら?」
「はい、ですが、親友のエレンティア様が学院に行かれてからは、お会いするのが難しいと寂しがっております」
王族だった祖母譲りの金髪に、父親似の紫色の瞳の青年は、私とは小さな時からの付き合いである。
ダニエルは魔法も使える騎士で、確か火と風の二属性が使えるとキャロラインが言っていた。
「これから第六王女マーシャリーの所へ行くんでしょう? 私も同じ所へ行くところよ」
「えっ、エレンティア様がうつけ王女……失礼しました、マーシャリー様の所へですか?」
今、うつけ王女って言ったわね。
騎士団にまで、マーシャリーの悪評が伝わっているということだわ。
「フフフ、ダニエル、どうやらマーシャリーは、うつけでも、間抜けでもないみたいよ。
私、マーシャリーの代理母をやりながら、あの子の能力を見極めるよう、王様から命を受けてきたの」
何故自分が、うつけ王女の護衛騎士なんかしなくてはならないんだ? って不満そうな顔をしているダニエルに、マーシャリーは噂とは違う可能性があることを教える。
最近の騎士団での様子を聞きながら歩いていると、いつの間にか王宮の果てに到着したようで、木々の間からカラス離宮が見えてきた。
「ここまで足を運んだのは初めてだけど、あれが離宮? どう見ても小屋じゃないの。あんな場所に王女を隔離するなんて、あの王妃らしいわね」
王妃の底意地の悪さを知っている私は、目の前のボロボロの小屋にしか見えない建物を見て、怒りが込み上げてきた。
王の側近デロームによると、メイドとコックの二人しか世話をする者が居ないらしい。
「私は王室の予算については詳しくないのですが、確か、王の子である者には、王族として相応しい暮らしができるよう、予算が振り分けられていると、父から聞いた気がします。あれでは、平民と同じ、いえ、平民以下の扱いではありませんか」
ダニエルは首を捻りながら、これから仕える第六王女に同情し、怒りを滲ませる。
「ええ、そうね。母親の居ないマーシャリーの生活は、王妃が全て管理しているらしいの。同じ王族として、私も少し無責任だったと反省しているわ」
もしも私の娘たちが、こんな使用人用の小屋に押し込められたら、きっと怒り狂うわね。
「花よ花よ、風に舞う、赤いバラの花びらよ~」
何処からか、子供の歌声が聞こえてきて、私とダニエルは顔を見合わせ頷くと、足音を忍ばせて声の方へと移動を始めた。
「口もきけない子は、歌なんてうたえないわね」
「はい、それもしっかりとした口調で歌っています」
私たちは声を潜めて、一歩、また一歩と歌声の方へと近付いていく。
小屋……ゴホン、カラス離宮を囲む生垣から頭が出ないように身を屈め、生垣の隙間から中の様子を覗き込む。
「えっ?」
私は思わず声を上げ、直ぐに手で口を塞いだ。
「はあ?」
ダニエルも驚いて小さく声を上げ、目を見開く。
私たちが見たのは、庭にセッティングされた小さな丸テーブルと椅子二つ。
その片方の椅子に座って歌をういながら、梨のような果物を宙に浮かべ、右人差し指でクルクルと回している光景だった。
「浮遊魔法……しかも目を離しているなんて……」
あんな小さな子がと、ダニエルは驚きが隠せずギュッと右手を握った。
「王立貴族学院の魔法科だと、入学して半年でマスターするレベルだわ」
魔法適正がある魔法使いの卵ちゃんだとは聞いていたけど、適性検査はつい先日のことで、魔法を教える教師もいない中、いったいどうやって魔法を発動できたのかしら?
そんな私たちの驚きなどお構いなしで、マーシャリーは梨をテーブルに置くと、今度はカップに「水よ出ろ」と言って、指先から水を出しカップに注いでしまった。
「し、信じられないわ」
「はい、エレンティア様、浮遊魔法と水魔法、しかも、正規の詠唱をすっ飛ばした呪文……いや、あれは呪文ですらないぞ」
中腰の姿勢にも疲れ、思考も混乱してしまった私とダニエルは、ごくりと唾を飲み込み、目で合図してカラス離宮の入口へと移動を開始した。
このままあの場所に居たら、きっと大きな声を上げてしまうと思ったからだ。
……バカで間抜けと言われていた王女は、やっぱり己の能力を隠していたということね。
「マーシャリーに関する情報が少な過ぎたわ。王宮殿や執務棟で働く者たちは、マーシャリーの存在さえ知らない者も居たくらいだから」
「王宮騎士団では、王妃様や他の側室様方がお出掛けされる際、必ず数人が護衛に付きます。
その時に、マーシャリー様の無能ぶりを話題にされていたそうで、まるで人形のように感情が無い王女だと……」
そこまで言ってダニエルは黙り込んだ。
私も、頭を整理しないと次の行動に移せないくらいには、動揺している。
「王様は三属性で、王妃の娘で第三王女セピアンヌ二十一歳は二属性。隣国から嫁いでこられた第二側室ミーティアの息子で、第二王子のカエンザ十九歳は三属性。今の所マーシャリーは最低でも二属性持ち。
これは、荒れるわね。特に王妃と第三王女セピアンヌが」
「もしも、もしもマーシャリー様が三属性以上だったら、そして、うつけの振りをしている天才だったら、いや、いやいや、そんなことはあり得ないか……でも、このことが知られたら、益々お命が危険に晒されます」
私たちは特大の溜息を吐き、気を取り直して、玄関という程のものでもない扉をノックした。
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