寛解3
生きているから気づけたの。炭や枕作りが楽しい。だから続けられる。お金になるから好きにならざるを得ない。
あのまま死んでしまっても後悔はなかっただろうが、生きているのだから目的や意味を持ちたい。人のためにもなるし竹の消費にもなるから、最高。他人からしたらつまらぬこと、若い女が手を汚してすることではないと考える人もいるだろう。自分の意志がはっきりしていると他者の意見などどうでもいい。人に感謝され、僅かだがお金になるこの仕事が今の私の誇り。
私はふと、もうすぐ姉の誕生日であることを思い出した。ここまで生きられると思っていなかったらプレゼントを用意していなかった。姉の好きな百貨店に行ってみようか。でも一人で行ったら叱られる気がした。死なないならいつでも一緒に行ける。でも死はやっぱり突然に訪れたりもするのだろう。生きていたら背中合わせ。逃れられない。
だから私はこの人生をそれなりに楽しく生きたいと思う。姉とキミヒコさんの近くで、枕を作りながら。たまには鶴亀とデートをするだろう。
彼もどうにかして姉とキミヒコさんの子どもができないかと考えてくれている。細胞とかキミヒコさんに溜まる朝露でなんとかしようとしている。最先端医療でも難しいようだ。それでもたくさんの情報や可能性をかき集める。私のことよりも他のことを重要視する男に私は弱いのかもしれない。
キミヒコさんに誕生日の概念はあるのだろうか。姉の誕生日、空気を読まない鶴亀が温泉旅館を取ってくれたけど、女将さんにしたら私たちカップルと姉一人だ。
それでも私たちはいつものように一緒にご飯を食べた。鶴亀が注文してくれたバースデーケーキを四等分。そういうのは気持ちの問題だから。あとで姉がキミヒコさんの分も食べたらいい。
死ぬことを覚悟していたのに生きる決意はまだできない。キミヒコさんとお酒を酌み交わしたとき、ひだまりのような温かさを感じた。
ひだまり管理人って、こういうこと? 違う。キミヒコさんは恐らく本当にいろんな力が使えるのに、少なくとも人間の形をしているときは使わない。不老不死にすることができても姉にさえその力は使用しない。使わずに姉と生きるのが彼の決めた道。山に帰ったときだけ、生き物たちの声を聞いたり、他の精霊とやり取りをしているような気がする。山の平穏と姉への愛は天秤にかけられないほどキミヒコさんにとって大事なもの。
姉が笑うとキミヒコさんが笑う。私が笑うと鶴亀も。いつ病院から呼び出しがあるかわからないからと泊まりに来ているのにお酒を飲まない徹底ぶり。危篤の患者さんがいるならば遊びに来なければいいのにオンオフはきっちりわけたいのだろう。私にはお酌をしてくれる。この時間が永久に続けばいいと私は思った。
そう思える瞬間はたくさんある。姉と温泉に入って月を見上げたときも、鶴亀と一緒に寝たときも感じた。鶴亀の寝息は安心する。
「忙しくて性欲なんてまるでなかったのに、君が好きで、その気持ちが中学生みたいで気持ち悪い」
心のままに伝えてくれた鶴亀に対して私はもう恐怖はない拒絶する人もいるだろうが、私のほうがすっかり手のひらで転がしている。楽な恋だ。背伸びをしていないし、この人には体の中も外も見せている。心の中までは見せなくても付き合える。私は勉強を続ける鶴亀や仕事に追われる姉の勤勉さが好きらしい。キミヒコさんは心まできれい。
鶴亀も変人を隠してまともに恋愛をしようとしてくれている。嬉しい。まさか自分が幸せなだけで泣けるようになるとは。これも病を経たからだろうか。だとしたら、キミヒコさんのおかげ。姉を尊敬できるのも、自分の人生を見つめ直したのも、愛を知ったのも、全部だ。
生きていると不思議なことってある。死なないのにキミヒコさんが見えている。姉にとっての当然が私にも降りかかってきたのだろうか。
考え込まないのは昔からだ。そういう自分を愛してくれた鶴亀を愛そう。これからちょっとずつキミヒコさんに恩返ししよう。
また働こうか、それとも養われてみようか。枕の収入だけでは心もとないからもう少し稼ぎたい。野菜の苗づくりや収穫だけのバイトなら近所にありそう。
元気になりつつあるこの体で山が近いからまた沢登りに出かけてみるのもいいだろう。竹炭づくりだけは絶対にやめない。もう少しちゃんとしたミシンが欲しいな。
枕が売れるのは嬉しいけれど有名にはなりたくない。そこは姉と一緒だ。私の場合は前職の同僚や昔の知り合いがすり寄って来るだろう。お金に群がる人たちなんて御免だ。関わりたくない。
嫌なこともあるだろうし、楽しいことや良いこともきっとある。器用じゃない手を汚して生きるのだ。雲を見て、すべからくという言葉の意味でも考えながら。
暖かなひだまりで笑うことが私の幸せだと定義する。たまに行くスーパーで感じるのは、子どもの多くは笑っているのに大人は違う。厳しい顔をしている人が大半。幸せが難しくなるのではない。自分でそうしてしまうのだ。思い込みにすら気づかない。
苦しい人がいるのなら辛さを少しでも和らげてあげたい。鶴亀は医師だから自分の知識で、姉は自分の腕で家具を作って成し遂げている。
家具を作ることは姉にとっての必然だと思っていたが、そんなに人も好きではなさそうだから自分を守るために選択した仕事なのだろう。キミヒコさんは人目につかないところですごいことをしているに違いない。
大勢は無理でも近くの人が笑って暮らせるように私は私なりにできることをして生きたい。そのための枕。たくさんの人に使ってほしいな。大きな事業にはしたくない。製造工程がどうとか効能を立証せよとか無理無理無理。
自分の裁量で続ける。悪いこともずるいこともしたいとすらこの日々の中では思わない。お金は必要なものを買うのに困らないだけあればいい。
冬になったら雪が降るのを見上げて来年の夏にはまたアイスを食べるの、あなたと。
おわり
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