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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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キミヒコさんのお出かけ2

 私よりも姉のほうが生活を乱す。次の日は、日の出前に起きてうすら寒いのに仕事場にいるようだ。

「仕事手伝おうか?」

 私は姉に聞いた。


「ううん。家のことやらせてごめんね。仕事ばっかりしていたから掃除とかやり方忘れた」

 と変なことを言い出した。掃除って片づけることだよ。姉は散らかさないから、私は掃き掃除だけですんでいる。仕事場のほうはたまにブロアーのようなもので屑を集めている音がする。洗濯もお風呂掃除もピカピカになるから好きなのだ。靴磨きも、目に見えてツルツル。それなのに埃は見えないところに溜まる。


 ベッドの修理を承った人から季節外れの箱に入ったマンゴーが送られてきて、夏のままの温度設定にした冷蔵庫が勝手にそれを半分凍らせた状態にしてくれて、姉とおやつにそれを食べた。生きているから送ってくれるのだ。ありがたや。午後には新米も届いた。姉がほぼおにぎりで生きていることを知っているのだろうか。


 キミヒコさんは日常的にも森へ行く。でもこうして彼が家を空けることは私にとっては初なのでちょっと寂しい。もうすっかり家族。人間じゃなくても姉の夫だから戸籍がなくても私の義兄。姉に愛を向け、ついでに私にも優しくしてくれる。私が寂しいのだから姉はもっとに違いない。キミヒコさんも。人の感情は複雑だから、彼はきっとたくさん姉から学んだのだろう。


 姉はキミヒコさんがいないから余計に仕事に集中する。私は自分の仕事よりも家のことを優先。姉が稼ぐのだから当たり前。一人で買い物に行った来たので、

「デパートが潰れるみたいな話をおばちゃんたちがしていた」

 と姉に報告すると、

「困るぅ」

 とうな垂れた。

「私が死ぬのとどっちが?」

 と意地悪な質問をしてしまった。


「どっちも」

 それが姉の本心なのだろう。


 キミヒコさんが家にいないと単純に不便。一人が楽という人もいるけど、一人だと何でも自分でしなければならない。寂しさにはすぐに慣れ、本当に姉の旦那さんが単に出張に行っている義妹の気持ちと変わらなかった。キミヒコさんにとっては仕事みたいなものなのだから致し方ない。親族が近くにいないから姉が精霊と結婚したことをとやかくいう人がいなくてよかった。いるとすれば私の伴侶になる人だろうか。姉は家族に一度だけキミヒコさんと結婚したことを伝えたけれど、そのときは親も私もなんとなく流してしまって、受け入れられたのはごく最近。だから私も伴侶になる人に一度言ってみて、その人が死ぬ頃にキミヒコさんに会わせようと思う。つっかかる人だったり、変人呼ばわりするような人とは添い遂げられない。


 姉たちを目の当たりにしているから、私ももう少し生きるのなら誰かに愛されたい。確かに私はそう思っていた。だからって真夜中に庭にいるはずのない人影があったら、びっくりを通り越して怖い。


 息を殺して見てみた。空が紺碧で、うっすらとその人を浮き彫りにする。人というのは面白いもので、フォルムでその人を知っていると認識できると恐怖も蒸発する。

「鶴亀先生?」

 キミヒコさんが出雲へ出かける旨を話してあった。私がなんとなく尿意を感じて起きて、そろそろ朝焼けが見れるかなって縁側からへ出たら庭に鶴亀先生が立っていた。


「おはようございます」

 それは本当に、お早うだった。また誘拐するつもりかもしれない。それ以上のことを企てているかもしれないから窓は開けなかった。しかし古民家のガラス一枚なんて素手でも割れる。彼が医師を続けるのであれば自分の腕を傷つけるようなことは安易にしないだろう。


「おはようございます。夜勤明けですか?」

 あれきり手紙も電話もなかったし、私の通院も来週だったからこちらからも連絡はしなかった。


「いいえ。夜中に手術で呼び出されて、さっき終わって、でもなぜかここに向かっていて、無意識で、すいません」

 かわいくない人がガラス越しに訥々とかわいい物言いをする。会いたい理由を調べたのだろうか。ネットに答えはなかったのだろう。


「私に会いたかった?」

「たぶん」

「だからって、こんな時間に来るのは失礼ですよ。不審者ですよ。敷地内まで入って、通報しますよ」

 土下座みたいな恰好で頭を垂れる彼を許せる女はいないと思う。欲情だけでここまで来たならむしろ褒めたい。


 私に触れたいはずなのに、見てもいいのに、俯いたままでは来た意味がわからん。

 仕方なく東屋でペットボトルの水を分け合う。家にはどうしても入れられない。私だけでなく姉もいる。一家殺人はやめてほしい。


 朝日に照らされた彼は疲れ切った顔をしていた。手術がだめだったのだろうか。お医者さんだから命に限りがあることはわかっているのだろう。彼が天才であろうと、専門医であろうと助けられない命もある。


「この間は、すいません。謝ってすむことじゃないのはわかってる」

 鶴亀が唇を噛む。そして、きっちりと目が合った。


「謝ってすむことですよ。私は、怒ってない」

 私は言った。水に流したいわけじゃない。ただ、誰にでも似たような失敗がある。許されてはいけないことが許される場合もある。ラッキーでは片づけられないが、誰の人生にも数回は経験あるはず。


 握られた手が嫌じゃなかった。そんな理由でセックスまではできない。性器や尻の穴を見られていようが、それは別のこと。


「セックスはまだ怖い」

 私は言った。


「はい。僕も眠たい」

 と大きな欠伸をした。


 部屋に招き入れて一緒に寝るだけって、そうは言っても襲われるものなのに、鶴亀は私のベッドで体を伸ばすとすぐに寝た。彼のために作った枕がそうさせるのだろうか。初めてのチェック柄。二面性のある鶴亀にはちょうどいい。


 口からはすっとするガムの匂いがした。メガネを外して気の抜けた顔で寝ている。誰かに選ばれたくて生きているわけじゃない。それなのにこの人の温かさが嬉しい。この間は怖かった。今も怖い。しかし鶴亀は完全に眠っているから私も寝た。それは久々の幸福な二度寝だった。睡眠欲には勝てない。希死念慮も殺人願望も性欲をも上回る。

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