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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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誘拐2

 キミヒコさんが森の木たちに私を見つけるようにお願いしている頃だろうか。


「私、心中は嫌ですよ。姉と姉の夫のように一緒に生きたいんです。夏は暑いねって汗を拭き合って、冬は寒いねって抱き合いたい」

 二人は私の理想だ。


「僕と?」

 鶴亀の声が震える。


「手錠を外してください。今戻れば、これはただのドライブです」

 この状況を冷静に判断して言葉にする脳が自分でも嫌だった。前職は好きではなかったがあのおかげで鍛えられた。人を苛つかせない会話のスピード、内容を瞬時に発する。面倒なことをたくさん経験して培われた技術に近い。


 過去の自分を肯定しながら、ああ、やっぱり私は生きたいんだなと山の稜線を見ながら思った。もう少し経ったら紅葉だ。一緒に見てあげてもいいよ。上目線なのではない。本当にそう思う。


「あなたは面白い。精霊と暮らしてガンを治した人なんていない」

 鶴亀は私に幻想を抱いている。いないと断言しないで。言わないだけの人もいるかもしれない。私だって、世間に広めるつもりはないもの。例えお金になろうとも、姉と義兄の今の生活を変えさせたりはしない。二人の敵を増やしたくない。


 鶴亀は私を標本にしたいのだろうか。細胞や粘膜ならいくらでも提供してあげるので勝手に研究したらいい。私はただの女だ。特技もない。やっと自分の好きな日々を手に入れつつあるところ。


 ようやく見つけた。好きな作業、生きがい、居場所。こんな人に妨害されてたまるか。

「君は僕がどれだけ君を好きなのか知らないんだ」

 と嘆かれても困る。ええ、知りませんとも。


「知っている恋人や夫婦っているんでしょうか?」

 姉たちはどうなのだろう。


「うるさい。でも君の声を聴いていたい」

 鶴亀、頭がいいのに矛盾を言っていることに気づかないのだろうか。冷静になって。手を拘束しているから頭を撫でてやることもできない。


 運転しながらむせび鶴亀が泣く。世の中の逮捕されちゃうストーカーだって最初は純愛だったのだろう。それが相手を憎み、相手からも怖がられる始末。愛がなんで殺意になるのだろう。姉とキミヒコさんの愛もいつか気味の悪いものに変化するのだろうか。想像つかないな。二人の愛はきれいだ。


「私を好きな気持ちを気持ちの悪いものに変化させないでください」

 と伝えた。


「うん」

 大人なのに顔がぐちゃぐちゃになるまで泣かないでよ、鶴亀。いつものようにしゃきっとして。お医者さんって、自分の診断苦手なのかな。


「最近になって思うんです。やりたかったことがもっとある気がする。島に行きたい。食べたことのないもの、無数にある。それよりもここで生きて、毎日空を見上げたい」

 だから、病気ならしょうがないけど今は死にたくない。


「食べたいもの教えてください。連れて行きます。調べます」

 その口調はいつもの鶴亀だ。徐々にスピードを緩めてくれる。顔の緊張も。


 登坂車線で車を止めて彼は私の手錠を外してくれた。殺したかったのだろうか? 一緒に死にたかったのだろうか。どっちも嫌でごめん。同意もできない。でも送ってほしかったから再び彼の車に助手席に乗り込んだ。


「私、左右の胸の大きさが違うんです」

 シートベルトをしながら私も悩みを告白する。


「ん?」

「自分の中では真剣な悩みなんですよ。死んじゃうならいいかなと思ってしばらく放置していましたが、生きるならまたたぶん悩みます」

 他にもあれやこれやある。保険の更新も来ていたな。


「ありますようね、そういう人からはどうでもいい悩みって」

「はい」

 今の鶴亀もそうだと断言してあげたい。ヤバい人でも怖い人じゃないって知っている。姉と同じで私も肩書で判断する。この人は大丈夫。明日は何食わぬ顔して普通に診察をしているだろう。


 下りのせいか、帰り道も速い。もしかしてスピード狂?


 てっぺんまで行ってラムネのジュースを飲んでもよかったが、そこまで許せない。


 私が便の状態を話すと鶴亀は、

「ほうほう」

 と聞き入ってくれた。


「食べた分、ちゃんとうんこになってくれるから不思議」

 鶴亀が医者でなくても私は同じように話しただろう。生きることは恥ずかしいことと隣り合わせじゃない。汚いこと恥ずかしいことエロいことも全部を含んでいるのだ。嬉しいことも嫌なことも。


 病気になりたくなる人なんていない。予防をしている人もいるが、加齢とともに抗えない。

「健康なことに感謝するのは誰でも一緒だ」

 鶴亀、違うよ。私はもっと単純だから、病気になる前よりもはるかに今の自分のことが好きなんです。気持ち悪いでしょう? 嫌いになっていいよ。この人はならないのだろう。私が何を言っても今の鶴亀はプラスに捉える。嫌になる瞬間はないのかな。今度、キミヒコさんに聞いてみよう。


 庭で降ろしてもらって、15分足らずの誘拐は終了。別れ際、彼は一言も発しなかった。悪いことをしたら謝罪をしなければならないと習わらなかったのだろうか。謝ってもらっただけは足りないけれど。

 頭のいい彼はなぜこんな愚行をしたのだろうと今頃後悔し、また下り坂を猛スピードで走って自死するかもしれない。疲れていたせいだと病院の人たちは思うのだろう。しかしながら、なんでこんな病院からも住まいからも離れた場所で、とは考えるかもしれない。


 粘着な愛は初めてで、それもまた愛なのだろうと知る。好意も勝手である。好きな人からであればこのうえなく嬉しいのに、そうでない人からのものは嫌悪。鶴亀はまだ素性が知れているだけいい。


 私も何事もなかったかのように作業場の椅子に座ってナタを手にする。誘拐されるときにこれを持っていたら、彼を殺していたかもしれない。そのことに鳥肌が立つ。殺す側にも殺される側にもならずカン、トントン。いいリズムで竹を割る。竹を割く丸い道具もあるらしいが私が使う分だけだし結局炭も粉々にするのでナタで充分。この日常が続くことが私の望みだ。


 数時間、没頭していた。鶴亀が一瞬怖かった。誘拐されたのだから殺されても不思議ではない。泣きたくはない。戻って来れた。それでいい。


 晴れた日で、元気いっぱいの山を見ていたら幸せだなって思った。結婚をしていなくても、ガンでも、マメを潰しながらナタで竹を割っているのが幸せだ。今まで生きてきたから幸せなのではない。今生きていることが幸せなのでもない。


 竹の泥で汚れてゆく手を汚いとは思わない。洗えば落ちる。


 キミヒコさんには誘拐されたことを勘づかれると思ったのに、なにも聞かなかった。ようやく泣けたのはお風呂に入ってから。鶴亀だって本当に私を殺そうとしたわけではないかもしれない。気の迷いだったのかもしれない。疲れと好意が彼の中でこんがらがってあんな突飛な行動をしたのだろう。医師だから、きっと心とか自分の整え方も学んでいるはず。怖いことをされたら女は大概無理ですよ。


 ストーキングされた人はストーカーを憎むのが通常だ。さりとて、私は鶴亀がかわいそうだった。数日間、病院のホームページには彼の写真が変わらずに掲載されていることを確認。鶴亀は死なずにいるようだ。どちらかというと患者のほうが自分に親身になってくれる医師に好意を抱くケースが多いと聞く。鶴亀は私のなにがよかったのだろうか。私は私を連れて車を運転する彼の血走った目が忘れられない。性欲でおかしくなる男の人はいるそうだが、そこは自制して。感情の不思議さはお医者様にもコントロールできないのだろうか。正義感は強いはずなのに、私は通報することもしなかった。鶴亀の乗り心地だけいい車のドライブレコーダーの記録が消えることを祈るのみ。


 次に会ったら私の作った枕をあげよう。キミヒコさんみたいに魔法は使えない。でも、鶴亀が喜ぶのは容易に想像できる。

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