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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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誘拐1

 私の枕の売れ行きが好調で、しかもまだ売り出してからそんなに経っていないのに『竹炭の効果がなくなったので中の炭だけ売ってください』と連絡が来た。まだ早い。過敏な人なのだろうか。思い込みが激しい人なのかもしれない。お金になるなら売ればいいとさして悩まなかった。


「小春に手紙だよ。え、鶴亀先生?」

 今回は姉も一緒にどん引いてくれた。医者が患者に手紙なんて送っていいのだろうか。しかも病院の封筒で。病気に関することだと装ったつもりなのだろうか。


 ダイレクトメールとか保険などの更新以外ですごく久々に人から手紙をもらう。さすがに悪いので一人で読んだ。普通の便せんに愛の言葉を連ねるのではなく、ただ自分が見合いばかりしていること、私に番茶を勧め、夜勤が辛いと書いてあった。少し変わった人、それだけの理由では好きになれそうにない。姉の期待する吉報ではない。


 お医者さんなのに字は上手ではなく、ハネが独特。

『今度、おいしいものを食べに行きましょう』

 と記されていた。デートの誘いというよりは、医者としてたぶんガンに侵されたのに私がのうのうと生きながらえている理由が知りたいのだろうと思う。興味と恋心は別だと伝えよう。気になると好きは別物。小学生でもわかること。ごっちゃになって間違っているだけだ。優秀な人ほど駆け引きが苦手だったりするのだろう。


 私が元気になりつつ理由はわからない。キミヒコさんのせいでないとしたら、本当に食べ物や居住場所だけのせいなのだろうか。ブレスレットはしていない。湧き水ではなく飲んでいるのは水道水。竹炭のおかげでは後づけな気がする。姉の助言がなければ作らなかった。


 自分でも気持ち悪くなってきた。自分の体のことなのにわからない。その件についても姉とキミヒコさんは無視。私が生き続けたら迷惑ではないのだろうか。


 姉に聞くと、

「は?」

 と困り顔というよりは少し怒った。


「お金のこととかさ」

 生きていてもお金を使うだけだ。


「小春も稼いでるじゃん」

 私の枕では姉の作るゴミ箱にも及ばない。なぜかゴミ箱も一定の需要がある。家を新築したら家の物を送り合う風習がある場所が存在するのかもしれない。壊れにくいほうが相手のためになると信じて疑わないエリアが。



 秋っぽくなりつつあるのに毎日のように雷雨。東京にいたときは潅水や電車を心配して夕立ちが大嫌いだったが、田舎のそれは眺めてしまう。雨風に竹の葉がじゃらじゃら。ゲリラ豪雨よりも線状降水帯のほうが耳にするようになった。何が違うのだろう。雷の音が近づいても前の仕事と違って交通網やパソコンの保存に敏感にならなくてもいい。代わりに家中の窓が開いてないかを見回る。


「すごいなあ」

 キミヒコさんと縁側から激しい雨を眺める。土に叩きつけるように雨が降る。雨はキミヒコさんにとって栄養のはず。それなのに濡れることを嫌う。外の葉は濡れてなんぼのはず。遺体のだろうか。寒いのかもしれない。人型のときは髪が崩れるのが嫌みたい。


 縁側のところの窓は木枠だから雨が斜めに振ると染み込んでしまって湿った匂い。姉は停電になるまで編んでいる。手が離せない場合もあるし、単にその日に仕上げたいと考えているのだろう。

 日中に熱くなった家や庭が雨で冷やされる。姉ももう5分袖。寒い日は7分袖。面白い人だなと思う。実直というか、欲もない。きっと本人はあるのだ。


 精霊のキミヒコさんと暮らすことなんて他人には話せないから言わないだけ。それをやり遂げるためにはこの家で、親の跡を継ぐことが手っ取り早かったのだろう。親を看取ったあとは二人で静かに暮らせる。計算高いのではない。きっと他の地でも姉はどんな仕事をしてでも姉はキミヒコさんと暮らしただろう。水が合わなくても、それが二人の幸せなのだ。


 山だから回覧板を置きに行くついでにマツタケをもらった。

「値段がべらぼうに高いことは知ってるけど、マイタケのほうが好きなんだよね」

 と言ったらキミヒコさんがおいしい炊き込みご飯と土瓶蒸しにしてくれた。出汁がうまい。

 いいな、お姉ちゃんの旦那様は優しくて。精霊だけど。死なないなら死なないなりに私は恋がしたい。甘ったるいだけの恋でいい。それが生きる希望にはならないから。


 生きるのであれば一人暮らしはどうだろうか。この家にいる生活では恋が見つかりそうにない。新しい生活は楽しそうだが物入りだ。まずはお金を稼がなくちゃ。




 指示された通りに枕の中の炭だけを売り出してみたらぽつぽつ売れた。なぜ人間は足りないと思うのだろう。使っていれば効果は減る。効果がなくなることを怖がっているように思う。別に死ぬわけでもなかろうに。いつもフルでいたいなんて疲れちゃう。


 気を抜いていたわけではないのが、気がつけば私は鶴亀に誘拐されていた。車の中でお互いに、

「困ったな」

 と発した。


 車で我が家に寄った彼に手招きをされて、車に引き入れられて、そのまま。車を止める気配はない。私は後部座席で、まるで姉にこっちに連れられてきたときのようにただシートに身を預けている。逃げたくてもこのスピードでは走る車から飛び出ても大怪我をするだけ。


 私が車内に押し込まれるのを姉とキミヒコさんが見ていたら通報してくれるだろうが、きっと二人とも家の中にいて見えなかったかも。私はスマホも持っていなかったし、車はどんどん山へ向かってゆく。


 どこへ行くのだろう。山にはそば屋と民宿がちらほらあるだけ。心中という言葉が頭によぎった。一時憧れていた自分をぶん殴りたい。しかも相手がやばい人。鶴亀は前しか見ていない。


 太陽の光が腕に当たって温かい。電車でもたまに感じていたが、ここ最近は夏でも冷房が辛くて薄いカーディガンを羽織っていたせいかこの感じを忘れていた。紫外線は悪ではない。ある程度は体に必要なもの。


「先生、誘拐なんてやめましょうよ。大人なんだし、立派な人なんだから」

 手錠までされて、用意周到だ。怖いな。おかげでシートベルトもできず、それがいけないことのような気がして鶴亀のせいなのに犯罪者の気分。


 犯罪者は鶴亀だ。怒っているというよりは焦った顔で車を急がせる。人間のほうが精霊よりもよっぽど怖い。

「すいません。あなたを独占したくて」

 そう鶴亀は言った。


「診察の時間は独占してるじゃないですか」

 私の肛門に指をぐりぐりつっこんで。


「もっとです。一生」

 その言葉にぞっとした。怯えたり、泣き叫んだら殺されるのだろう。こういうときは相手以上にパニックになってはいけない。


「私、先生のこと嫌いじゃないですよ。この前は私の診察の前後の患者さんが先生のいいところを教えてくれました」

 留学経験があって、なんとか専門医という肩書きをたくさん持っていて、私が通っている病院でも医局長にまでなっているのに患者さんに親身になると。私が褒めるとほんの少しスピードを緩めたと思ったのに、

「それは、自分で頼んだんです。あなたに僕を褒めてほしいって。かっこつけなんです」

 と告白した。ありゃりゃりゃりゃ。逆効果になってしまう。


 病院でもそこそこに地位にいて、若いのだから変人でも女なんて選び放題だろう。あんな迷路みたいなところで毎日働いているだけで尊敬する。


 見慣れた山の風景が私を冷静にさせる。このまままっすぐ行ったらくねくねの山道だ。ん? この人、誘拐犯なのにドライブレコーダーをつけている。今の状況を記録されて困るのは自分だ。計画性はないのかしら。

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