鶴亀先生と夏の終わり4
すっかり元気な私は姉宛に届いたシャインマスカットを朝から口に運んだ。
炭枕の発送をしてお昼はキミヒコさんのおにぎり。午後に洗濯を取り込み、夕立を眺める。夏の終わりのルーティーンは天気と違い穏やかだ。
これが日常。稀に眠くなったり、随所で薬を飲む。だけれど、そろそろ宣告された余命3ヶ月を過ぎる。あとから鶴亀に聞いたこと。誰もがぴったり死ぬわけではないのだろう。鶴亀が余命を撤回しない理由はわかっている。医師だから断言してはいけないのだ。
生きる可能性があるくらい言ってほしいな。愛を囁かれるよりずっと嬉しい。まだガン細胞が完全に消えてはいないのだろう。症例にないのかもしれない。だってこれは、家とキミヒコさんのおかげ。だから鶴亀を困らせるばかり。
私にだって自分が元気な理由がわからない。それは病気になったことがわからないことと同じだ。たぶん、キミヒコさんが淹れてくれるお茶とか畑の野菜とか、みんなで他愛もない話をしながらテレビを見る時間が私の細胞を活性化させる。ガンになってもおかしな思考に傾かなかった。アルカリ性のものがいいらしいけど、勝手に食べていた。でも魚もお肉も好き。世の中には病気を治したくてお布施する人もいるのかもしれない。
姉は配送業者を呼んで修理したカウチをまた運んでもらった。それが届くと同時にお金が振り込まれたらしく、
「手紙の金額よりケタがひとつ多い」
とご立腹。
「いいじゃない。多かったんでしょ?」
10万円のはずが100万なんて私なら嬉しい。姉は喜ばずに苛立っている。
「なんか、やだ」
と子どもみたいに口を尖らした。お金の使い方がわからない人もいるし、お金がありすぎて資産をどうしていいのか困る人もいるのだ。貧困の逆、金持ち困り。死ぬのであればお金は地獄に持ってゆけないって姉もわかっているのかもしれない。妹の私も先に死ぬかもしれなくて、キミヒコさんには残せないし。
私も死に場所を決めなくてはいけないのだろう。畑だったら人に迷惑をかけないだろうか。川は冷たいし、溺死は太るらしい。轢死は体がバラバラになる恐れがあるし、薬は結構飲んでいる。たくさん薬を飲むのはしんどいらしい。それに胃が薬でいっぱいになるくらいまで数百錠飲まなければ死ねないようだ。好きな男の胸の中で眠るように死ぬのがいいけれど今からそんな男を手に入れるはずがない。私を好きそうな鶴亀を利用しようか。いやいや、人生の終わりまで悪いことしたくない。
夕飯はきのこと鶏肉の炊き込みご飯。ほんのりバター味。キミヒコさんが作ってくれたこういうのを食べているだけで死にたくないなと思う私は単純なのだろう。
「小春、髪切ったら?」
姉が指摘する。
「うん、伸びた。死ぬからいいやってほっといたんだけどね」
イカのお刺身を食べながら私は答えた。
「ふふふっ。死ななかったらどうするのよ?」
姉が笑うとキミヒコさんもつられて笑う。
「キミヒコさんはいつも同じ髪型だね」
「引っ張ると伸びるのよ」
と姉がキミヒコさんの髪を引っ張る。ゴムみたいに伸びて戻る。
「すごい」
「そうでござるか?」
「はははははっ」
姉の高笑いは豪快だ。死ぬっていうのはこれが見れなくなる、それだけのこと。
私が死んだって姉は数日泣くだけで、そのうちまたキミヒコさんとセックスして仕事に没頭して金勘定する。それでいいのだ。おいしいものを食べて笑っていてください。
だけれど、いつの日かキミヒコさんは一人残される。姉が死んだあとの彼が想像できない。もう誰かのために料理なんてしないのだろう。愛を失って、その愛を補うこともしない。息を、光合成を繰り返すばかりなのだろう。元の姿に戻るだけと考えているのかもしれない。私は何に戻ればいいのだろうか。
私はね、おばけにもならない。この世に未練もない。すごい恋も、当たり前に夢を追うこともしなかった。できることなら来世に期待。できれば同じ家族の娘で、孫で、妹でありたいと願う。ここは私の根幹だ。ジレンマそのままに、来世も私はイライラしながら生きたい。親の仕事が地味だとか家が古いとか大人になったら全部がどうでもいいな。親戚に有名人がいないなんて、良家の娘じゃないなんて誰のせいでもない。大人になったら自分が自分であることが苦しい。胸を張れないのは自分の人生がどうしようもなかったから。
秋になった途端、虫がうるさい。うちは古い日本家屋だから玄関が高いのにどうやって入ったのコオロギさん? 虫って肺もないのにどうして鳴くんだっけ?
夜のほうが体が軽く感じる。体力づくりのために用事もないのにふらふらと近くを歩いた。夜目が利くのは昔から。この間まで、尿意を感じたら重い体をやっと動かし、漏らさないように先を見越してトイレに向かった私とはもう違うのだ。歩ける。
姉は私の夜散歩を嫌がったので、スマホを持ってこっそり。なにかあれば連絡ができるし、心配した姉がかけてくることもある。まだ日を越す前だというのに、厚い雲の向こうで雷が光るだけ。音もないから遠いのだろう。幻想的だとは思わない。昔の人だったら吉凶がどうとか言い出すのかもしれない。キミヒコさんも姉も現実的だ。
そして私はガンを体に蓄えたまま、こんなに軽やかに歩いている。静かだし、空気もきれい。病気だって私の中にいるよりきれいなほうへ行きたいのだろう。蒸発するというよりは、出てゆく。
花がきれいなだけで世界中の全員が喜べばいいのに。水がおいしいだけで、空が青いだけで、星が輝くだけで。戦争のニュースは耳が痛いでは片づけられない。今も泣いている子がいる。幸せな気持ちが充満されても戦いは終わらないのだろう。お金が絡むから。
夜の散歩をしていたのは私だけではなかった。近づいてくる足音に互いに驚いて、びっくりして家に戻った。こういうときは男だったらよかったと思う。相手の人は男でも私に驚いていたけど。ひきこもりの姉の同級生かもしれない。夜は暗いから自由でいいよね。病気の私でもスキップしちゃう。私は彼の足音と鼻歌で気づいた。歌、上手ですねって言えばよかった。下駄の音で彼は人を寄せつけないようにしていたのかもしれない。でも私は、そんなにカランコロンと下駄の音を発する人が悪い人とは思えない。音を発することで彼は防御していたのに、私が考え事をしてずんずん歩いてしまったせいで鉢合わせ。夜に死を考えると、黒い渦に引き込まれる。どうせ死ぬならという考えになる。これはだめだ。だから彼も歩いてそれを昇華しているのだろう。
夜に出歩いていたことを咎めたのは姉ではなくキミヒコさん。
「手籠めにされたらどうす? この辺は獣もいるんだ。どうしても夜に出歩きたいなら一緒に行くから」
死ぬことが確定している人間にしか見えないキミヒコさんが傍にいても無駄なのではないだろうか。近くにいて助けてもらえないほうが辛い。私は、助けてくれる人がいい。姉は違ったのだろうか。反対にキミヒコさんを守っているのだろうか。そうであるなら姉は強いな。二人は強く、私は脆い。
竹を割るのはだいたい数日置きなのだが、いつも同じ個所に豆ができる。人差し指の親指側の付け根。竹を割る、炭にするのに三日ほど、それから枕を作る、発送する。そのサイクルを私の手が覚えないのだ。ナタを振りすぎなのだろうか。左ではうまくできない。
竹を切るのは冬がいいらしい。このままいけば生きられそう。でもわからないし、折れているものもあるのでたまに竹やぶに入って保管場所へ移動。キミヒコさんも手伝ってくれる。その時点で適当な大きさに切る。竹の表面がツヤツヤなのは油らしい。植物なのにおもしろいね。竹炭にするのは乾燥させなければならない。乾燥できていない竹を燃やすとパチンとはねる。
姉宛にフルーツばかりでなく、アワビが届いた。高級なものがおいしいのは当たり前。姉がもらったものを分けていただくのは違う気がしてきた。だからって私がそれを誰かに強請るのも違う。人の気持ちはどうにもできない。
「妻の妹だからって、私の寿命を延ばさなくていいよ」
お茶を淹れながらキミヒコさんは、ははっと笑った。
「寿命っていうのは決まってるんだよ。僕のような者の管轄じゃない」
「でも私、キミヒコさんのことが見えているのにちっとも死にそうにないわ」
痛かった関節が、前みたいにちゃんと機能して私を歩かせてくれる。
「それは小春ちゃんの問題」
そうなのかな。実家に戻って生活するだけでガンが消えるなんてことがあるのだろうか。キミヒコさんのエネルギーだって言ってよ。納得するから。
空の雲をぼんやり眺める、キミヒコさんのごはんがおいしい、取りたてのオクラがさっと茹でてかつお節だけ。それらが私の体から悪いものを排除させていると言って。
その夜も姉とキミヒコさんがいちゃつく声が聞こえた。まさか二人がいちゃこくと私にまで愛の波動が届くのだろうか。愛液だらけのシーツを自分の衣類と一緒に洗濯をしているせい?
それが原因なら絶対に他人にお勧めできない。生きたい人は藁にも縋る思いで私が元気になった理由を知りたがるだろう。言えないよ。
いやもっと、単純なことだ。人らしい生活、仕事、責任感。クレームはストレスだが、生きているのだからストレスを感じられているという思考をすればそれもまた幸福。
姉に届く旬のおいしいものが私の細胞を活性化させているのかもしれない。
夕方になると涼しい風が家に吹き込む。恋人がいないからって一度も腋毛を剃らずに半袖シーズンが終わる。下の毛の処理は検査前にするのにな。生きていると毛ごときで悩んで、馬鹿みたい。




