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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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鶴亀先生と夏の終わり1

 体のあちこちが痛くない生活に戻って、あれこれ食べていたらそりゃ太る。ムチムチを通り越してブルンとしてきたので竹を運んで切って砕いてダイエット。


 お盆のあとに私はもう一度病院へ行くことになっていた。


 この時分、私が子どものときはうちに親戚や近所の人がたくさん集まっていたが、すっかり世代が変わったことが窺える。でも近所の付き合いはうっすらあるようで送り盆にお墓へ行ったらお線香に火がついていたりすると、私たち以外にもまだ両親を想ってくれている人がいるのでほっとする。これも姉がこっちで仕事を続けてくれたおかげなのだろう。


 小さいきゅうりで馬を作った。ナスは間に合わなくて買ったもの。それらを片づけるのはまた胸が痛かった。

 姉宛にたくさん届いたお中元をようやく開梱。水ようかんにオリーブオイル。スイカや生ものはもう私たちの胃に収まっている。昔みたいにジュースの詰め合わせじゃない。パイナップルとかパッションフルーツとか普段食べない洒落たお菓子がとても嬉しかった。今は洗剤のほうが需要はある。

 病院へは一人で行くつもりだった。姉が忙しいのはわかっていた。暑さで休憩が多いせいだ。


「検査があるから時間かかるよ。一人で行くよ。もう車も乗れるし」

 と言ったのに、

「暇だから」

 と姉はついてきた。なぜ嘘をつくのだろう。そんなに私が心配なのだろうか。運転中に私の息がなくなるとか悪いことばかり考えないで。


 結局、姉の運転で病院へ。この前の検査から一ヶ月も経っていない。姉が心配するのとは反対に、医師の鶴亀は私の症状に頭を抱える。


 悪くなっているのではない。良くなっている理由がわからなくて利口な彼の脳は困惑する。前例と比べられても困るの。私の義兄は精霊なんだもの。

「なにがどうなって…」

 物理的にも頭を抱えて髪をぐしゃぐしゃにする鶴亀に私は言った。


「少し前から竹炭を作っています。温泉に通っています。あとは夏野菜をたくさん食べました。うちで作っているものです」

 無農薬と言えば聞こえはいいが、ほったらかし栽培に近い。オクラは草勢に負けて一株は大きくならなかったが別の場所に植えたものは元気すぎて目を離すと巨大化して食べれないほどだった。


 私の説明ではガン細胞が小さくなる所以はないらしい。

 鶴亀先生は、自分ではちょっと小ぎれいにしたつもりなのだろうが、お洒落パーマが似合っていなくて、むしろ不潔。


 私の体の中を最近の機材を使って透かし見るからって心まで読み取るのはやめてほしい。あんまり男の人には心を見せないようにしてきたはず。なぜかこの人には全開放。命を委ねているからだろうか。


「はい、横向いて寝てください」

 やっぱり声は好きだ。この人、毎日どれくらいの人の肛門を見ているのだろう。この人に見せるために前日に脱毛クリームを使ってるって知られたくない。


「あっ、んっ」

 とはしたない声が出てしまう。


「リラックスして、体の力を抜いてください。い。息止めないで」

 カメラを突っ込んでぐりぐり。抜いたら抜いたで、ティッシュで拭いてくれるのは看護師さん。


 小さくなったガン細胞を光らせて手術の際に切るというのは知っていたが、それ以前に腫瘍がどこいっちまった? という感じらしかった。


「ほぼ消えている」

 私は嬉しいのに鶴亀先生は悩んでしまって、「うーん」

 と唸って私を帰してもくれない。次の患者さんも待っていることだろう。


「また来月にでも来ましょうか?」

 私は聞いた。デジタル時計の分が変わることを見ていたって無駄である。セオリー通りにならないことのひとつやふたつ、この人にはなかったのだろうか。なかったからこんなに悩んでいるのだろう。


 彫刻の考える人と同じような格好をした退屈な男の横顔を見ているよりも帰って枕を作ったほうが私の気も晴れる。僅かだがお金にもなる。

「そうしましょうか」

 その日の診察代は7千円ほど。毎回どうしてこんなにも金額の差があるのだろう。診療点数を書かれてもわからないし、鶴亀に聞くのは癪だ。


「デパート寄っていこうよ」

 姉が行きかった理由はデパートの東北展だった。

「いいけど」


 私は検査のせいで昨日の夜から何も食べられてなかったので行列に並んでラーメンをすすった。

「おいしい」

 そのあとで銘菓や蒲鉾を姉は買った。キミヒコさんにではなく自分で食べる用なのだろう。


 工芸品もあって、

「物産展とか出たいのよね」

 と姉が告白する。その想いを私は初めて聞いた。


「お姉ちゃん、忙しいじゃん」

 予約をしてくれている人に申し訳ない。例えばあの刑事さん。


「そうだけど。対面って、たぶん絶対楽しい」

「言葉が変だよ」

 父なら反対するだろう。今だって、お客様を待たせている。修理のほうがちゃちゃっとできるからと先にしているから、二年先の予定の人がずっと二年先のままだ。


 どうにもできないことってある。お客さんも死ぬし、姉だっていつか死ぬ。一人掛けの一番売れる冠商品は骨組みから編むまで二日かかる。確認と補正に丸一日。月でいったら10脚しか作れない。

 その間にもっと大きな二人掛けやベッドの注文が入ったら? 姉の人生が折り返しだとしたら作れる数が見えてくる。私が骨組みか編み作業ができたらよかったのだが、無理なものは無理。


 私が知っている人で待たせているのはあの鼻持ちならない刑事だけだ。あれは待たせておけばいいと私も思う。若いしすぐには死ななそう。


 祖父や父はきっと顧客開拓に苦労したはず。ネットのない時代だ。物流も今みたいにきっちりしていなかった。いい仕事をしても褒めてくれる人はいてもそれが商売にはつながりにくかっただろう。姉は二人の跡を継いだから、お客さんに困ったことがない。むしろ『手に入れたい名品』みたいのに勝手に選ばれて憤慨する。


 テレビや本で紹介されると途端に問い合わせや注文が入るから、影響力の強さを知る。今は許可の連絡が来るが、数年前までは勝手に掲載されることもあった。今は個人のお客さんが勝手に口コミをしてしまう。個人の感想までは縛れない。


 仕事は楽しいほうがいい。それは絶対だ。私は性格が悪いから前職の愛人たちのエステの予約が苦じゃなかった。A子とB美が竿姉妹で仲が悪くても、どちらを贔屓することなく仕事をこなした。愛人を斡旋するところを変えなければ同じような女が入れ代わり立ち代わりなのだと早くに悟った。会長と社長が同じ愛人のときはさすがにヒヤヒヤした。世の中にはすごい女性がたくさんいる。ウエストが茶筒くらいの人もいた。私に彼女たちのかわいさを分けてもらいたい。美への執着、お金への依存。彼女たちは彼女たちなりに自分の美しさを見込んであの仕事をしていたのだろうと思う。若さが一時であることも承知で、己に投資した。愛人同士が足を引っ張り合うということもなかった。そこは管理が上手くやってくれていたのだろう。私はなんとなく彼女たちの好物から察してレストランを予約していただけ。それでもこんな私にでも旅行のお土産をくれる愛人さんもいた。恐らく、たかが秘書にまでお土産を買ってあげられる自分の気遣いすごいと己を褒めたいのだろう。


 田舎のデパートを見回すと、姉が一番愛人顔だ。きりっとして、美人。真剣に日本酒を選んでいる。

 姉に夢があることがわかってよかった。仕事に追われ、日々を過ごしているだけの人ではない。夫とそれなりに楽しく暮らしているのだ。でもキミヒコさんは人の目には見えないからこういう外での仕事にはやはり助手として私が必要だろう。生きている間ならば幾らでも手伝おう。


 姉の体のためにも弟子を取ることを提案したい。私が生きているならいいけれど、キミヒコさんを見れない弟子が姉に惚れたら厄介だ。キミヒコさん、姉のためを思って身を引きそう。あなたはもう姉の夫なのだから簡単に諦めないでほしい。人同士じゃなくても二人が夫婦であることを私は生きて認め続けたい。


 この前病院へ来たときは立ち寄る気力もなかった。私、本当に元気になっている。あれこれ、

「おいしそうね」

 と見て回っても、結局お弁当を買ってしまう面倒臭がり姉妹。2千円越えでも旅行へ行くことを考えれば安い。


 旅行なんてもう無理だと思っていたけれど、元気になったらまた行きたいな。姉とキミヒコさんも。もしかして精霊は生まれた場所から離れられないとかあるのだろうか。


 家に帰り、まだ夕刻前なので姉は仕事場へ。少しでも進めないとあとが大変なのは自分だ。姉だっていつか死ぬ。それ以前に、体が思うように動かなくなるだろう。そのときまで似発送が済んでいるといいね。心残りは少ないほうがいい。


 私は居間でキミヒコさんとお茶を飲んだ。

「ガンが小さくなってるみたいです」

 報告すると、

「よかったね」

 とキミヒコさんが私の手にひんやりとした手を乗せた。


 よかったのだろうか。このままではあなたを好きになって横恋慕。死んでしまったほうがこの気持ちもきれいなままでしょう? 今日の夕焼けみたいに。

 私が姉に似ていてもキミヒコさんは私を好きにならない。だめに理由はない。だめなものはだめなのだ。

 恋の終わりは季節の移ろいに似ている。どうにもならない。されど、恋しい。はっきり好きだったわけじゃない。一緒にいるからいいなと思ってしまっただけ。中学生くらいまではいつでもクラスの誰かが好きだったりする気持ちと一緒だ。


 もう大人だから大丈夫なのに、キミヒコさんが精霊パワーを発揮する。私が悲しくないように、ガンが消えつつある体が他のものに蝕まれないように優しくその手でプロテクト。

 これは、家族愛だ。キミヒコさんが嬉しいと私も嬉しい。


 夜、放射線治療をしていないのにやけにシャンプーをすると髪が抜ける。こんなことでいちいち鶴亀に連絡するのもあれだ。どれだ? と一人で自問自答していた。

 病気になると人間はびっくりするくらい脆い。小さな不安が恐怖に変わる。死んでしまったっていいと開き直ると急に強気。されど不安は拭えない。鶴亀は私の専属医なわけではないし。

 そういえば姉は小さいころ気管支が弱かったのに大人になってからは、キミヒコさんと結婚したあたりから元気だ。何らかの作用が働いているのだろうか。キミヒコさんにとって姉の笑顔が元気の源であるように姉もキミヒコさんからなにかを頂戴しているのかもしれない。利点がなければ結婚しないなんて浅ましい考えをしているから私には伴侶がいないのだろうと思う。

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