竹炭4
小さいとき、私の近所の友達は女の子が多かった。集団登校する同級生の男の子は一人だけ。みんな遠くにお嫁に行ったのだろうか。意地悪だったあの子、貧乏だったあの子、頭のよかったあの子も幸せになっているといいな。
少し前まで、そう病気になる前までは多くの人の不幸を望んでいた。会社で先輩の不倫が露呈しても、仕事ができない後輩がミスをしても心の中で笑っていた。それで、二人がいなくなって仕事が倍以上になって、結局自分を追い込むことになって新たな恨みが生まれた。
不倫を咎めていたら、ミスを手助けしていたら、彼女たちも私の人生も変わったと思う。いい男性に巡り合えないのも自分のせい。因果応報とは違う。人を見下していたけれど、自分も上にいないことに気づいた。病気になって明日も知れない身の私が最下位。マウントなんかとりたくない。弱みなんて握りたくない。疲れてしまう。
姉は私がガンになっても私との接し方が依然とそんなに変わらない。優しかったのは最初だけ。自分の生活プラス私にすぎなのだ。私に構って自分の生活を崩したら私の治療費が稼げないこともわかっている。
「暑いね。アイス食べよう」
普段は箱入りの安いアイス。それでもうまい。子どもの頃、風邪をひくとアイスをよく食べた。カロリーが高いから、喉がすっとするからと母は考えてくれたのだろう。チョコミントはずっと苦手。
両親が生きているうちに、私はこの姿を晒さなくてよかったなと思う。彼らはきっと自分たちの育て方が悪かったと考える。違う。だって、私以外はガンじゃないもの。母は脳の血管が切れて、父は心臓を悪くした。
「もうひとつ食べちゃおうかな、小さいもん」
姉はアイスの食べ過ぎで糖尿病になるのではないだろうか。キッチンまで小走りして冷凍庫を開ける。
姉とキミヒコさんの笑い声が聞こえてきた。家の中にアリが行列を作っていて、その先にメープルシロップがあってアリさんが瓶の中で標本のようになっていた。私だったら笑えない。叫ぶ、そして怒る。メープルシロップがもったいないと嘆く。
「まあまあ、また新しいの買ってあげるわよ」
と姉が言う。
「アリが入ったくらいで食べれなくなるのか?」
キミヒコさんが理解できないと首を傾げる。キミヒコさんにとったらアリというかアリの死がいも森の栄養のひとつにすぎないのだろう。
「うん、無理」
私の言葉に姉も頷く。
危うく私は人間としての度量がないまま死ぬところだった。今だって、まだ人生を謳歌したとは言いづらい。足りない。もっと堪能したいの、この世界を。たくさんの音楽を聴いて、枕を売って、お金を貯めたら姉になにか買ってあげたい。物じゃなくていい。着古せるTシャツがいいかな。汗っかきだから速乾のもの。
私はそこそこ元気になったけれど、きれいな外国に行くよりは日本のこの田舎で無理することなく朽ちたいと思う。夏の日差しは眩しくて、夕方になれば入道雲がもくもく。一連の空がきれいすぎる。
ずっと外を見ていてもうちの前の道を通る人は少ない。お盆でもこの辺りは里帰りする人はいなかったのだろうか。町のお祭りもなかった。一昔前よりもさらに閉鎖的になったように思う。子ども自体が見えない。少子化を目の当たりにして、晩婚化も我が家に存在している。姉も私も戸籍的には未婚なのだ。
姉の高らかな笑い声で私は心配になる。私が戻る前は周囲からは一人暮らしだと思われていた姉がそんなに一人で爆笑していたら完全にやばい人。
「小春の友達にアリ食べてた女の子いたわよね、甘いって」
姉が思い出して更に笑う。
「ああ、いたね」
私もアリは食さなかったが雪は食べていた。桑の実も柘榴も。祖母がこまめにいろいろ畑で作る人だったので、あの頃はそんなに野菜が好きじゃなかったな。
畑の栄養も年々減っているそうだが、葉物を育てたら全滅。青菜を食べるのは芋虫ばかりではない。レタスも巻かないし。
悲しい戦争映画を観ながらそんなに昔のことじゃないんだよなと己の腕の血管を眺めた。キリのいい戦後何年とかでなくても、悲しい思い出のある人にとってはずっと苦しい。
こんな田舎にも変化はある。小さいときはうちの前の用水路にいた蛍もいない。
たくさんのことが変わる。確実に便利になった。だけれど私はずっとアロエの入ったヨーグルトが好きである。こっちに帰ってから姉が途切れずに買ってくれる。アロエもガンにいいとか思っているのであろう。ただの好物です。
真夏でもお盆時期とか関係なく夜になると姉とキミヒコさんはいちゃこいているらしかった。夫婦っていいなと二人を見ていると思う。甘え合いたいとは思う。でもお金は貸したくないとか、私は変なところでブレーキがかかる。
普通の人でよかった。普通に優しくて、普通に働いていて、まともな人。出会えなかったなと思いながら眠った。
夏休みだろうと枕の注文がちらほら。実家へ帰って親の不調を聞いて買ってみようと思ってくれたのだろうか。炭に触ると手が汚れる。でも、私の体や心は反対に清らかになってゆく気がする。こんなことが好きだなんて、人には理解されないだろう。地味で、指の先がすすだらけ。そんなことどうでもいい。縫製作業はきちんと手を洗ってから。
ガシャガシャガシャガシャ。ハンディのミシンは気を抜くと曲がる。きれいに仕上がると嬉しい。




