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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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竹炭2

 少しでもお金を稼ごう。私一人で姉の車を借りて運転して生地を買いに行く。うちのミシンが古いので安いハンディも買った。扱いが楽そうだったから。何色が安眠にいいのだろう。


 布を裁断する、折って縫う、炭をガーゼで包んで中に入れ、ファスナーはややこしいので貼るだけのマジックテープ。枕のできあがり。どう見ても枕。

 手芸なんて普通の女の子ほどもやっていないのに、その作業は私に合っていた。切る、縫う、詰める。飽きない。


 姉がうちのサイトで売っていいと言うので、そうした。元々うちの、姉のファンがいるのかぽつぽつと売れた。枕に黒のイメージがなかったので、ネイビーとイエローの二種類で売り出したのだが、部屋に合わない人もいるかと思い、茶色と水色の生地を追加した。そんなにカラバリは必要ないだろう。


『久々にぐっすり眠れました。ありがとうございました』

 買ってくれた人からそんな嬉しいコメントをもらったら死ねなくなってしまう。


 私も姉も原価計算が苦手だった。竹は裏庭から、籐は輸入の物が届く。それプラス自分の時給を加えなければ。キミヒコさんの分もだ。彼は竹に触れることが嬉しいらしく、カットだけでなく枕に竹炭を詰める作業も手伝ってくれた。手が汚れても文句を言わない。竹炭のみも売り出していたので、丁寧に梱包まで。


 私がいなくなってもキミヒコさんがすればいいと思った。彼はミシンを使えないから、先にたくさん布を縫っておこう。ガーゼに竹炭を詰めて、袋状にした布でくるめば枕のできあがり。

 中身がこぼれないように試行錯誤した。ビニールが最も安全だが寝返りを打ったときに耳障り。ガーゼよりも不織布のほうがいいだろうか。炭をきちんと切っても角が当たるから適当に砕く。これも均一にしないとクレームがくるだろう。


 いつでも死ねる状態というのは無責任ようだが、有難い。姉がいなければ私はホスピスに入っていたと思う。感謝している。だから、少しでもお金を作れるなら自分の日々の生活費は工面したい。お墓に名前を彫るのさえ結構なお金がかかる。前の仕事の退職金などはまるごと姉にあげよう。子どものときに近所の人の葬式で、そういうときにだけ集まるヒルみたいな親族がいるものだと耳にした気がする。


 そうだ。次に病院に行くときは入院保険が振り込まれているか確認せねば。一人暮らしをしていた部屋の敷金はびっくりするほど微々たる金額が戻って来ただけ。


 こんな私をちゃっかりしてるではなく、しっかりしてると姉は讃えてくれる。

「あとついでにホームページからこれ消して」

 とほとんど注文が入らない父原案の豪華版の椅子を姉は指差した。


「わかった」

 今の生活には不自然なのだろう。お金を持っていることでお金を更に得たい人もいるが、椅子は椅子にすぎない。生活の中で邪魔になってどうする。高額だけれど、姉は作りたくないのだろうと推測する。父からは会社と技術をいただいた。それには感謝しているけれど、姉ももう職人だから気が進まぬ作業はしたくないのだ。


 姉は同級生に頼んでホームページを作っていたのでサイトの更新はこちらがする権限をもらった。不愛想な人ながら、その人の家に行くとおいしいコーヒーを淹れてくれた。

 一人で行ったことを後悔。彼の部屋に通されて、でも家族が階下にいてくれる音で辛うじて安心する。

「あ、大病患っているのにコーヒーまずかった?」

「いえ。うちでも飲みます」

 私は答えた。


 ひきこもりの彼はパソコンオタクのようで、部屋は私にはわからない部品のようなもので溢れていた。彼は丁寧にホームページの細部のコードまで教えてくれた。私は写真の入れ替えくらいができればいい。あとはお任せしたい。悪い人でもなさそう。


 田舎の嫌なところは噂がすぐに広まるところ。私がガンであることは姉からでなく風の噂で聞いたのだろう。芸能人の不倫とか、もっと話すことはないのだろうか。

「これ、うちのじいちゃんが」

 帰り際、干しシイタケをいただいた。紙袋の下には乾燥させた枯れ葉のような、石のようなものが溜まっていた。


 田舎のいいところは、色々もらえるところ。

「サルノコシカケでしたっけ? こっちはタツノオトシゴ?」

 袋の中には怪しいものが満載。


「これはただのマッシュルーム。近くに工場があるんです。弟が働いていて」

 家でサイトの管理をするひきこもりさん。よく見たら、見覚えがある。うんと小さいときに一緒に遊んだ気がする。自宅警備員なのに体は引き締まっているようだ。


 彼の部屋にも姉の椅子があった。ひじ掛けのない、太い籐だけで巻きつけたような。長居のできない椅子だ。一ヶ所にとどまるべきではないという姉の思惑が伝わる。ホームページ作成のお礼として作ったのだろう。


 ゆっくり歩いて帰った。帽子をかぶっていても土からの照り返しが懐かしい。家の庭は土だから感じない。そう、これこれ。じりじりとして、気分が悪くなるほどだ。夏を恨むというよりも、立ち眩みが嬉しい。生きているから眩暈がするの。死んでしまったら、季節も関係ないのだろうか。


 春生まれだから小春という名。でも、夏も秋も冬も好き。夏は一番好きじゃないかもしれない。暑いから。

 姉は十月に生まれたから十子。父がいかに適当だからかわかる。悩むことを得意としない人だった。だから祖父に文句を言われると投げやりになっていつからか祖父と袂を分かれた。

 二人を見ていたから私は男の人には優しさを求める。姉もそうなのかもしれない。


 家に戻る道すがら薄紫の花弁に黄色の筒状花のきれいな花を見上げた。死んだら花に囲まれる。その前に花を見ながら死にたい。ペットもいないし恋人もいないから、花がいい。突出して望むものがないからだろう。ガーベラもいい。血のような赤黒い花びらを見ながら死のう。


 こうやって死に向かえるのは稀なのだろう。普通は突然だったり、生きたいと望むから死と向き合えなかったり恐怖で目を逸らす人も少なくないはず。

 私は日陰の苔を愛でる人生ではなかった。後悔が少ないのかもしれない。姉のように納期もないし、誰かさんみたいに人気者でもない。鶴亀は気に食わない人だが、毎日誰かを救っている。

 私は大半の人と同じように無意味で退屈な人生でいい。自分だけでも自分を愛せればいいと思う。私だってそんなに自分は好きじゃないが、嫌いでもない。


 この間まで早歩きできなかったからスピードを上げたいのに筋力が足りず、足がもつれる。家まで遠い。自動販売機で桃サイダー買って、ちびりちびり飲みながら歩く。一口飲んで、自分が炭酸を好きでないことを思い出す。無駄に甘いし。

 空が青い。雲が白い。そして、私は死ぬ。


 てっきり今夏だとばかり思っていた。余命宣告をされてはいなかったが、自分のことなのでわかる。引っ越しのときが一番体調が悪くて、あのときが二ヶ月程前だった。指折り数えてみたが、あれれ?

 薬が効いているのだろうか。そう思った瞬間、風が吹いて木の葉の音がシャラシャラ。いい音。子どものときは普通に聞いていたのに大人になったら急に耳にしなくなった。自然から離れたからではない。風を感じたりその音を聞く余裕すらなかった。自然が奏でる音が嫌いな人は少ないだろう。はっとした。私が調子いいのはキミヒコさんのせいなのかもしれない。姉の言う通りだ。この場所にいることが私にとっての特効薬のような気もした。


 夕焼けも夜の風も、無料のそれらに癒される。虫も獣も好きじゃない。昔は蝉のせいでノイローゼになりそうだったが今は平気。大人になると慣れるのだ。面の皮が厚くなって、小さなことは流せるようになる。大半のことはどうでもいい。今は姉の幸せを願っている。そのためにはキミヒコさんが必要だから、彼を受け入れざるを得ない。


 姉は暑さを気にすることなく仕事をする。入れたばかりのエアコンのおかげ。


 庭に辿り着くとほっとした。ここまでくればいつ倒れてもキミヒコさんが運んでくれるだろう。

「小春、おかえり。私もちょうど休憩するところ」

 と姉はアイスコーヒーを淹れてくれた。


 風鈴に苛つく私は短気なのだろう。

「さすがにお盆は休むの?」

 ダイニングでそれを飲みながら私は聞いた。


「別に。お墓参りには行くけど」

 そうだろうと思った。私が死ぬことも姉にとっては日常なのだろうか。


 泣けてくる。キッチンの隅に置いたゴキブリを捕まえる粘着テープにバッタさんが捕まって細すぎる足がもげても尚藻掻いているからではない。


 この日常からいなくなるのだ。世界がきれいだとは思わない。嫌な人もいる。でも、もう少し生きたい。やっとそう思う。いい映画が観たい、美しい人に会いたい。見た目や心ではなく、同じくらい好きになってくれる人。想い合える人に出会いたい。そうしたらもっと生きることに執着するのだろう。

 家の中にいても裏山の竹の葉がこすれ合う音がする。死んだら時間は経過しない。私の時間が終わるし、枕も増産されない。

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