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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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実家へ戻る2

「やっぱり小春の部屋嫌だ。狭いし、なんかネズミの気配するぅ」

 翌日も病院へ来た姉がぼやく。


 田舎に住んでいる姉のほうが獣には慣れているだろうに。イタチを手づかみで持って帰って、

「飼いたい」

 と母に申し出て叱られていた。小学生の帰り道ってなんであんなにいろいろなものが落ちていたのだろう。モグラも、結局なんだかわからないままだった生まれたての生き物も母にだめと咎められた。つまるところ、私と姉は生き物を飼ったことがない。故にペットのかわいさがいまいちわからない。野生動物を触った手は母の監視のもと、数分間手を泡だらけにして洗わされた記憶がある。


 姉に言い返したいのに私は朝から高熱で息が苦しく声を発することができない。

「隣りの部屋の人の気配がして眠れなかったよ。あんなところにいたら精神上よくない。日当たりも悪いしさ」

 姉の言葉だけが耳を通り過ぎる。私はこのまま死ぬのだろう。そう思うほど、心臓の鼓動が耳に反響する。


 後悔は、うん、ない。心配なのはこの人だ。私の手を取る姉を一人にしてしまう。両親を送って、私まで看取ったら、さすがにおかしくなって得体の知れない新興宗教に入信したりするのではないだろうか。天涯孤独って気楽なようで生きづらいって会社の先輩が話していたな。彼女の口車に乗って貸家の保証人になることを他の先輩が制止してくれた。上司にまで話が行ってしまい、ちょっと問題になって気まずくなったりもした。


「小春、引っ越しは勝手にしちゃっていいの? 絶対に捨ててほしくないものはある? ま、うちが広いから全部送って向こうで元気になってから選別すればいいか。それより、ちょっと寝かせて」

 私の状態などお構いなしに姉は自分のペースで話し、動く。よっと姉が私のベッドに横たわる。私は少しずれてあげたいのだが、左腕は点滴中だし、体もだるい。

「こうやって一緒に眠るのどれくらいぶりかしらね。うちは部屋がたくさんあったせいで私が小学校に上がるときにはもう自分の部屋があったから、小春がすごく小さいときしか同じ部屋で寝なかったね」

 でもエアコンを買った夏にみんなで居間に集まって寝たよね。冬も寒いから暖房をつけて、でも小春はおばあちゃんの布団にばかり潜り込んでいたわね。

 姉がはるか昔の話をする。やめて。そのうち走馬燈で見るから。


 夢を追わなかった私にはたぶん、人よりも後悔が少ない。だから不思議と死にたくないと思っていない。

 普通、あるのでしょう。野望とか素敵な未来を当然に夢見る。しかし、私にはなかった。その日を楽しく生きてきた。恋もちょうど終わったところ。彼を恨めなかったし、こんなふうになってしまったやっと自力呼吸する自分の体も嫌いになれない。


 神様に見抜かれたのだろう。いや、死神に好かれた? はたまた理由もなく死ぬのだろうか。多くがそうなのかもしれない。病気っていう言い訳があるだけマシ。白いだけの病室の天井を見て死ぬくらいなら生まれ育ったあの家に帰ろう。


 実家は古い日本家屋だった。それを直して姉はまだ暮らしているのだと推測する。母を看取って父も送って、姉は今あの広い家に一人なのだろうか。


 姉は昔からすごく美人だった。学年で一人、ずば抜けてきれいな人っている。それが姉だ。だけれど彼女は自分のモテ期をエンジョイすることなく、ずっと父の仕事を手伝ってデートや遊び惚けることはしなかった。


 一目一目、籐をくぐらせたり編んだりする作業のなにが楽しいのか私にはわからなかった。アニメも見ないしドラマにも憧れない。国際試合のスポーツ観戦をする程度で、それは父に付き合っていたのだろうが、学校以外の時間は父の教えを乞う真面目すぎる長女。いつか反動が来るのではないかと私は心配しながらゲームばかりしていた。あの頃はまだオンラインが主流ではなく、RPGが好きだったから自分だけの裁量で進んでいた。ゲームって、クリアしてもそれだけ。姉はずっと学んで、最初はカゴなどを作っていたが、ひとつ仕上げるごとに大人びた顔になっていった。

「小春もやったら?」

 姉の誘いを断ったのはゲームが楽しいからでなく、私の小さな手を重宝する祖父に辟易していたから。祖父と父の仕事を楽しいって思えなかった。姉はすごいと敬ったのだろう。仕事だから思えなくてもするべきだったと思ったのは大人になってから。そして、歳を取るほど仕事は楽しいに越したことはないと痛感。パソコンとにらめっこしていた私はなにかを形にしたことがない。


 そういえば姉は15歳くらいのときに、

「結婚しました」

 と夕飯時に突然言い出し、それきり結婚のことは口にしていない。心配した父が戸籍を確認したけれど姉はまだうちの長女だった。

「夢でも見たのかしらね」

 とのんびり屋の母は言った。私はまだ小学生で、でもグループデートをすると男の子がアイスを買ってくれたり映画代を払ってくれるから、女ってラッキーだなとメリットを感じる浅ましい子どもだった。


 私がそうしている間に姉は祖父と父からたくさんのことを受け継いだ。手に豆ができていたのなんてとうの昔。同じ場所に負担がかかるから掌紋が消えつつあることを本人も気づかなかったのではないかと思う。

 高校を卒業してからは本格的に修行の日々。私が大学に進学する頃にはまだ半人前だったが、父から基となる太い部分の曲げを任されたり、椅子を編むことに関しては父よりもきれいに見えた。

 編む作業はずっと手を伸ばして作業する。そんな仕事を続けているせいなのか、姉は人よりも手が長いように思う。私の手はどんなだっただろうか。この間見たら、腕が細くなっていて嬉しいような寂しいような気分になった。


「小春、最近庭に猫が来るのよ。おばあさん猫でちっとも動かないの。それなのに雀を追うときは機敏ですごいのよ。一緒に見ようね。茶トラで野生なのに顔も体もまん丸」

 姉が会話の節々で、

「帰ろう」「戻ろう」

 と匂わせる。


 ベッドに横になって、少し曲げた足の膝近くまで姉の手が伸びている。二の腕はやせ細った私よりも細いようだ。座って作業をしているせいなのか上半身が長い。足が短いというわけでもなく、子どもが書くような直線的なロボットみたいな体型なのだ。

 目を閉じている姉を見るのは何年ぶりだろう。あ、白髪。お互いに歳を取ったね。私が死んだら姉には家族がいなくなる。祖父母と両親、それに私たち姉妹でがやがや暮らしていたのにごめんね。少子化って国のせいでも社会のせいでもなく、ただ忙しい自分たちのせいだ。遠縁の親戚はいるけれど、姉がこまめに連絡を取っているとは思えない。


 懐かしいぬくもりが痛みを緩和させてくれたらいいのだが、やっぱり魔法ってないね、お姉ちゃん。

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