実家へ戻る1
人生、詰んだ。
それまでが順調だったとも思わないけれど33歳まで、それなりに楽しく生きてきた。
真面目というのは性分みたいなもの。努力はそれなりに、だけれど常識的に生きてきた。その結果がこれか。
お金で首が回らないのではない。大腸ガンのステージ3。3という数字が私にとって鬼門なのかもしれない。そういえば、転職して今の会社も3年目。
人様に迷惑をかけないよう、道を尋ねられれば嫌な顔せず対応した。SNSに否定的なコメントは書き込まない。罪になるような悪いことは何一つしていない。それでも病気にはなる。
運が悪いということなのではない。持っているお金の全部をお賽銭箱に入れたら神様がなんとかしてくれるなんてことはないだろう。むしろ死後に迷惑をかけないようにお金はちょっと残しておきたい。
体調が悪いのかなと察したきっかけは血便だった。便に血が混じるのではなくトイレに溜まった水が血だらけで、便も藻みたいで固まらない。それを冷静に写真に収める自分にびっくりした。自分の体がただ事ではないことを訴えていることに気づく。
検査、入院。入院をしてからようやく大腸ガンが女性のガン死亡率の1位と知る。それよりも私の年代では自死のほうが上回ることに驚いた。
この国はそんなに嫌な国かな。ガンだから死にたいほうへ傾く私はずっと病室の天井とにらめっこ。
眠っても体が衰える。そうこうしているうちに体重ががくんと減って、ごはんもどんどん柔らかいものに変わってゆく。
まだ手術をすればなんとかなりそう、ということで足掻いてみたけれど、治療がことごとく合わない。腫瘍を薬で小さくしてから切除ということだったが、どの薬もいい効果をもたらさなかった。それまで胃薬すら飲まなかった健康すぎる体を逆に呪う。副作用のほうが強く出てしまって、それが苦痛で、もう死にたいと考えるようにまでなっていた。
動かずにベッドで寝ているだけの無意味な体。少し前まで男に愛されたり、沢登りを楽しんでいた私の細胞たち。靴に水が入り込むあの気持ち悪い感覚、それでも歩みを続ける元気だった私はどこへ行ってしまったのだろう。美しい景色はたくさん見た気がする。呼吸をするだけでどこかが痛む。腕が重くて涙すら拭えない。痛みをごまかすためにモルヒネを多用したら死ぬだけだ。でも、そうでもしないと体のあちこちに針を刺されたような痛みが突き刺さる。
悪くなる一方できっとこのまま死ぬのだろうと冷静になる自分が嫌だった。せめて窓際のベッドだったら外を見るのにと思っても、大人だからそんなわがままも言えない。看護師さんはいつでも忙しそう。こうしている間に私のガンはステージ4になるのだろう。もうなっているのかもしれない。
暇だから自分を俯瞰してみる。つまらない人生だった。自慢できることがひとつもない、得意なこともない。面倒な男に引っかかることはなく、高望みの生活がしたいと思うこともなかった。恋をして仕事に追われて、特段意味のない、だが愛しい私の人生。みんなそんなものだと思う。後悔がないだけ幸せなのだろう。しかし、どんどんと怖くなるばかりだ。病院にいるから死が必然であると毎日のように目にしているのに。
会社へも行けず、ずっと入院している私の元へ姉が来てくれた。両親はもう亡くなっていたし、近しい親族は姉だけだった。入院の保証人になってくれた恋人からは別れを切り出されたばかり。
「ごめん」
と謝罪する彼を責められない。彼の実家は旅館を経営していて、ゆくゆくはそれを継ぐことを念頭に置いておくようにと付き合い始めに言われた。温泉は好きだったし、彼のことも好きだった。しかし彼は、同僚で一番会社を休まない健康な私を好きになっただけだったのだ。ぱきぱき動いて、作り笑いの上手な私を。
私は社長秘書で、社長にかわいがられていたから有給を使い果たしても休職扱いになっていた。疾病手当までもらえて申し訳ない。正直、今の状態では身の振り方を考えることもできない。だって、生きるのか死ぬのかも不確定。こんな人間をよく雇ったままにしておけるな。保険金目当てだろうか。それなりの理由があるのだろうけど会社という組織は維持するだけでも大変だ。
私より年上なのに化粧っ気がないせいであまり見た目の変わらない姉は見舞いではなく、私を引き取りに来た。遺体になってからでも同じだろうに。
「戻ってきなさい。生まれ育った空気のほうが小春の体に合うわよ」
顔を見るなり姉は言った。まるで子どもを扱うように私のおでこを幾度か優しくなでながら。
「うん。でも、いいの? お姉ちゃんの迷惑にならない?」
自力で何とかトイレには行けるものの、ほぼ寝たきりである。入院をしていれば食事は運んでもらえる。
「病院の送り迎えくらいでしょ? 今はわりと自由に仕事ができてるから大丈夫。それにしても今晩小春の部屋に泊まるのかと思うとぞっとする。やっぱりホテル取ろうかな? あ、ここに泊まれる?」
「いいけど」
他の患者さんがいるからお喋りはできないよ。
「看護師さんに確認したらだめみたいだから、しょうがないから小春の部屋借りるわね。ごみごみしてこっちは嫌いよ。電車の乗り方もよくわからないし。前に来たときよりホテルの値段が高くてびっくりしちゃう。小春、眠いの? 大丈夫だからね。うちに帰ったらきっとよくなるわよ。早く、帰ろう」
遠い意識の中で姉がそんなようなことを話したように思う。薬のせいなのかガンのせいか睡魔なのか、私は四六時中意識がはっきりしない。姉は家具職人をしているから、人差し指の付け根がツルツルしている。ぼんやりと父もそうだったことを思い出した。籐で椅子を編む。姉もすっかり同じ手だ。握られた手の感触だけは翌朝まで残った。
死んだ祖父は竹細工職人だったから、その修理も姉は受けているらしかった。私と4歳離れているので姉は37歳。未婚で、ずっと実家に住んでいる。もう両親もいない。私が死んでしまったら、姉は一人になってしまうな。どうするのだろう。変わらずに仕事を続けてほしい。
家を出ていた大人の妹が戻って来るなんて邪魔ではないだろうか。仕事だけではなく、人には人の生活がある。
姉は私以上に真面目だ。職人気質に拍車がかかっているなら病人の私が生活に入り込むのは迷惑だろう。今日の感じからすると病気の私を気遣って話をしていることが窺える。だって、普段はもっと無口。母が割とおしゃべりで、私が相槌を打ち、姉は同意も否定もせずに夕飯を食べている子ども時代を思い出した。父は物静かなタイプだったが、納品に間に合わなそうだと母にあたり散らすわかりやすい人だった。
姉はいつからか好きだったはずのスポーツ観戦も見ず、スノボにも行かなくなって家具を作ることに注力していった。食事を忘れるほどで、そうなると体が資本だと強い考えを持つ父に叱られていたから、父がいなくなって不規則になっていることは間違いない。
一旦帰って、姉の邪魔になるようなら向こうの病院へ入院すればいいかとぼんやり思った。同じ病室の一人のおばさんはやたらと元気で、あとの二人のおばあさんは寝たきり。つまり、おばさんは私ばかりに話しかけてくる。この状況下にいるのもしんどい。私だって返事をするので精一杯なんです。
自分でいられる時間は少ない。まだ己の意志で体は動く。今のうちに移動するのがいいのだろう。




