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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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暑さ、病院、畑仕事3

 帰りしな、野菜の苗をいくつも買った。秋ナスに秋きゅうり、そして白菜。いんげんも間に合うだろうか。種蒔きが間に合わなかったが今からでも植えられる苗が売っているのだ。しかもお買い得価格。トマトは黄色も。ブロッコリーと大根は秋だ。種を買おうか迷う。私は生きているだろうか。ガン細胞の減少も一時かもしれない。白じゃないトウモロコシの苗もあった。小さいときから家で作った枝豆には虫のイメージが強い。私がおいしいと思うのだから虫さんだっておいしいに決まっている。時期をちょっとずらすと虫の被害は減るそうだが、死んでしまったらこれらの経験値も全部無駄になってしまう。


 うちへ戻ってから、珍しく姉も畑を手伝った。自分たちが食べるものだから当然である。私が穴を掘る。姉が植える。キミヒコさんが水を撒く。いい連携。一人暮らしは気楽だけれど、こういう共同作業は他者がいないとできない。家族ならお金の支払い義務もない。


 キミヒコさんが育てる植物って体に良さそう。栄養価も高そう。『精霊が育てた野菜』を売り出せばお金になるかもしれない。でもこの辺はみんな同じ時期に同じようなものを作るから需要がないかな。怪しがられても困る。目新しいものも好まないだろう。アイスプラントなんてもらっても、私だって食べ方がわからない。

 調べてみたらそのままでいいらしい。洗って、ぱくり。塩味があって夏にぴったり。


 私がこっちに戻ってから、近所のおばあさんが死んだとか知らされた。うちの畑から唯一見える家のおじいさんも亡くなっていた。いつも畑を耕しているおじいさんだった。タバコも畑で吸っていた。みんな私が小さいときからじいさんなのだから、あれから20年以上経てば生きていても施設にいるとかで会えない人も多い。元々狭い地域なのにぐんと人口が減ったことが窺える。というか、昔はみんなウロウロしていた。それなのに、最近は徘徊と誤解されるのか、出かけなくなった。子どもの声も聞かれない。


 確かに家にいるほうが安全だけれど散歩も悪くない。もう少し動けるようになったら始めよう。紫外線は敵だが太陽からもらえるエネルギーもあると思う。それはキミヒコさんの力に近しいのだろうか。

 もしかして私のために何かしてくれているのだろうか。森から特別な水を汲んできてくれているとか、特別に透き通った朝露で私の体を浄化してくれているのかもしれない。


 その日は姉宛にメロンが届いた。刑事さんからではなくて、以前商品を買ってくれたお客さんから。マメではない姉が商品のその後について連絡を取ったりするはずない。放置プレイが好まれるのだろう。メロンがお客さんなりの感謝。

 そういうつながりを持つ姉を心底羨ましいと思う。私はもう、前の会社の人とも東京で少し仲良くなった人たち全員ときっと一生会わない。あんなにご飯や合コンに行ったのに。寂しいが、そんな気がした。


「食後に食べよう。キミヒコ、冷やしておいて」

 姉はメロンが好きだから嬉しそう。


「はい」

 すごく大きなおいしそうなメロンもキミヒコさんにとってはただの丸いもの。植物だったキミヒコさんと野菜は共食いになるのだろうか。


 夕飯はオニオンリングと焼き鯖、いんげんとジャガイモのお味噌汁。いんげんとイモで天ぷらにするつもりだったのではないだろうか。メロンが届いたから急遽、変更してくれたのかもしれない。でもキミヒコさんに食べ合わせが考えられるとも思わない。


 もしかして姉の気持ちが読めたりするのだろうか。そんな夫、私は嫌だな。

「小春ちゃん、薬が違うね?」

 食後にキミヒコさんが私の手の中の薬を見る。


「うん、そうなの。転移していた部分が消えたらしいから、元の癌を抑制する薬みたい」

 と鶴亀が言ったことを説明する。処方してくれた薬剤師さんも真剣な眼差しで幾度も確認をする人だった。


「やっぱりキノコが効いたのよ」

 と姉は言うけれど、本当にこっちでの生活とキミヒコさんのおかげかもしれない。ガンに効く波動を出してくれているのだろうか。


 私と姉が街で買い物をしたり、お金を引き出してくるとキミヒコさんが浄化してくれる。ただ、森の水でひと撫でするだけなのだが、そこは本当に精霊らしく、水なのに濡れない。それらを触っているせいなのか、やっぱり血を絶やさぬようにと先祖があっちで足掻いているのか。病気じゃなくなったら、急に生きることを考えるのだろうか。


「キミヒコさん、お財布のお金も浄化してもらっていい?」

 これではウイルスに最初だけ怯える人間のようだ。縋るのは一時だけ。


「いいでござるよ」

 また古語。人型になった証拠がわかりやすい。普段はあの光の玉みたいな形でいるほうがキミヒコさんにとっては普通なのだろうか。


 キミヒコさんが手の中に清らかな水を集めて、簡易洗濯機のようにクルクル浄化する。しがらみが取れて、ただの硬貨になる。私には穢れさえも見えないけれど。

「ありがとう」

 ついでにお財布にも触れてもらう。


「されど、お金はまた人の手から人へ渡るうちに汚れてしまう」

 キミヒコさんが寂しそうに言った。


「お金ってそんなに悪いものじゃないと思う。だってこの鯖おいしい。お金がないと買えないもん」

 私の道理はキミヒコさんには通じない。鯖が食べたいなら海の近くに住んだらいいのにと思っているのだろう。


 川魚は得意ではないのだが、キミヒコさんが作る鮎の甘露煮は絶品。姉は頭まで食べる。子どものときから車があるし、大きな災害もなかったから保存食なんて意味がないと思っているけれど、ほんの100年前まで冷蔵庫がなかったのだ。


 人間はすごいな。便利になっているようで退化している部分もあるのかもしれない。死への執着なんてまさにそれ。


 昔の人は病気になったら死ぬものと足掻かなかっただろう。実際に手術とかもできなかっただろうし。体の具合が悪いなと思い始めた頃、私はよく眠っていた。寝て治そうとしていたのだろうと思う。今は早く病院に行ったほうが治る確率は高くなる。見たことのない形状の、藻みたいな便を見て、私は病院へ駆け込んだのだ。


 それでも遅いほうだった。変調はあった。でもおかしいなくらいで、先輩たちと笑い話にさえしていた。痔じゃなかったよ、先輩。あれは私の体がきっちりと異変を知らせてくれたのに、若いから、病気になったことがないからと後回しにした結果が今。


 冷やさなくてもメロンはおいしいのだろうけど、冷やしたメロンのおいしさはなんという熟語で表せばいいのだろう。目を凝らすほど、果肉に血管のようなものが見えて気味が悪いのに、甘い。

「口の中が瑞々しい」

 私は言った。少し前までご飯をあまり食べられなかったくせに、

「おいしい」

 と目を細める姉に同調できる。本当においしい。


「作ってみる?」

 キミヒコさんが聞く。


「メロン? 難しそう」

 調べたらちょっと栽培には遅いようだった。こっちに来たときくらいに苗が買えればちょうどよかった。家庭菜園でもスイカを作るツワモノもいるようだ。すぐにカラスに目をつけられそう。


「来年作ろう」

 と姉が言う。この生活も甘い。私のことでお金がかかっているのに姉は文句も言わない。キミヒコさんも邪険にしない。


 病が体から消えつつあることを呟こうかと思ったが、世の中にはこんな病気の私でも標的にする人がいる。怪しいと決めつけて近づかない人もいるだろうし、金儲けを目論んで私たちの住処を割り出す人もいる。


 姉もSNSはしていないらしい。なんとなくだが、不満が少ないように感じる。仕事が充実しているからだけではない。例え私が死んでも、姉は世の中を恨むような愚かな人じゃない。仕方ないと己に刻むだけ。


 夜中、寝苦しくて眠れないのに姉の喘ぎ声がする。笑い声も混じる。縁側に出たら隙間風がひやっとした。星がきれいでも誰にも伝えられない。愛してくれる人がいなくても寂しくはない。孤独も慣れと割り切りだ。ほんの少し部屋の明かりが漏れただけで手のひらサイズの蛾が窓にへばりついた。こっちから見ても内側の羽は気持ち悪いし、やはり体は芋虫っぽい。


 薄気味悪いという感情が私を孤独から遠ざけさせる。窓がしまっているのにどこからか蚊は入り込んで私の足に止まった。血を吸って悪い部分を持って行ってください。蚊は私が病気でもそうでなくても本能で血を吸うのだろう。


 バチンと音を立てたら姉の喘ぎ声が一瞬止まった。なんか、ごめん。蚊も私の手のひらで潰れている。血はついていなかった。蚊の足は死んでもすうっと動いた。

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