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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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実家での生活2

 姉を愛しているはずのキミヒコさんが一緒に行きたくない理由がわかった。山から少し下った巨大スーパーは混んでいた。わらわらと人が集まって、当然のようにカートを押す。同じ方向に向かって歩き、滑稽。そして流れに逆らう人に嫌悪感。私の場所でもないのにその人を悪にしてしまう。立ち止まって肉を吟味する人も、ダッシュする子どももみんな嫌い。ここは人を嫌いになる場所だ。


 スーパーなのに腹巻きもあって、姉に買ってもらう。もこもこした派手なやつ。


 買い物のあとで運送会社に寄って発送をすませ、それから銀行にも行った。生きるにはお金が必要で、やりくりせねばならないのだ。姉は仕事を受けたお金の確認しているようだった。ついでに私の記帳もしてもらってびっくり。


「退職金200万も振り込まれてる」

 これでお葬式は姉の負担にならないだろう。アパートの敷金返金はまだみたい。


「すごいね」

 昔から姉はそんなに驚かない。夫が精霊のせいかもしれない。私にとっては大金だ。


「もう、死んじゃうんだけどな」

 私は東京で様々な職に就いた。派遣の総務からマンションの販売、旅行の受付カウンター、雑貨店は店長までやった。でも一番長いのは最後に勤めていた会社。転院が決まっていよいよ退職したのだが、今のところ入院するほどじゃないから仕事も辞めなくてよかったかもしれない。仕事をしないのにお金が欲しいなんて強欲だ。権利ではあると思うから失業保険を調べねば。しばらく働けそうにないから先延ばし。


「小春、頑張ったんだね。社長秘書だっけ?」

 社長秘書とは名ばかりで、要は重役の愛人管理。保養所や会社が契約している高級別荘で彼女たちが出くわさないように注意するだけの仕事。現代においてはマル秘案件。そんなことを業務としてやっている時点でアウトだろう。


「口外しないように念書も書いたけど、まだ心配なんだろうね。さっさと私なんて死ねばいいってあっちは思ってるよ」

 金があって時間のある人は若い女や男に貢ぎがちだ。そのお金が経済を回しているのだから私が彼女たち、彼らのために費やした時間も無駄ではなかったのだろう。でも私は、自分の伴侶になる人はお金持ちでなくていいから、浮気をしちゃってもいいから当然のように愛人を持たない人がいいとずっと思っていた。うっかりの浮気とはわけが違う。うちの会社は愛人に会うのが楽しみで、仕事が疎かになるようなだめな重役ばかりだった。それが生きる活力のようなおじいちゃんなら目をつむった。


「私はお金にきれいも汚いもないと思うわ。お金は物を買う道具でしかない。そうだ、夕飯はお刺身ね。たまにだからここまで来た日は絶対お魚なの。刺身の美味しさがキミヒコにはわからないのよね」

 そう言って姉は魚屋へ寄った。マグロと甘エビ多め、あとは鯛とタコの盛り合わせ。2千円ほどだろう。父はお金を稼ぐことは好きなくせに自分にご褒美をあげないタイプの人で、祖父はいい仕事が終わったときにちょっと値の張るお酒を飲む人だった。


 いろんな人がいるのだ。そして人ではないキミヒコさんが夫なのだから、姉の性質もわからない。夫が精霊であることは姉にとって試練なのかご褒美なのか、どちらでもないのか。どうでもいいのかもしれない。姉を見ているとそう思う。


 自分で言ったくせに今頃になって、私は死んじゃうという言葉にセンチメンタルになる。あと何回姉の車に揺られるのだろう。この景色が見れるのだろう。ピンクっぽい雲が私に生きることを執着させる。死んだら見れないのだろう。


 きれいだな、無料なのに。子どものときも思った。夕焼けとか雨上がりとか空がいちいち美しい。

 真面目すぎる私の脳がずっと先の年末調整を気にする。死んじゃったら関係ない。生きているならあとで離職票をもらわねば。

 悔いはないのだ。夢がなかったからだろう。結婚はしたかった。結婚に拘らなくても誰かを愛して愛されたかった。そう、姉とキミヒコさんのように。


 姉が帰ると、

「おかえり」

 と出迎えて、重いものを持ってくれる。いい旦那様だ。

 仲睦まじい二人を目の当たりにしながら、私は心の奥で冷たいことを考えていた。私が死ぬのに、姉は人間じゃない人を愛して、心変わりしてくれないと血が絶える。

 その考えに背筋が凍った。責任は私にもある。だが、それは姉も同様。目を覚ましてくれないだろうか。


 いや、この考えは卑しい。病気になった私が悪いのだ。姉とキミヒコさんはずっとこうして愛を育んでいる。正当に、純粋に、純真に。

 私たちの代で名や血が絶えることは仕方のないこと。だとしても、抗ってしまう。自責の念にかられる。私の卵子はまだ元気なのだろうか。ガンや薬の影響を受けているだろうか。死ぬのに養子縁組なんて考えられない。


 ない物ねだりではない。姉はどうお考えなのだろう。きっと自然に任せている。そういうタイプだ。

 私は自分がそのうち死ぬから、実質一人になる姉が心配なのではない。姉にはキミヒコさんがいる。残されるのはキミヒコさんのほうだ。


 姉が死んだら彼は葉に戻るのだろう。風に揺られながらずっと姉を想うに決まっている。もしかして地球が終わるその日までかもしれない。悲しくて、悪いものに変化するのではないだろうか。

 少し早めに夕飯を食べた。お刺身にはさすがに白ご飯。子どものときはこの組み合わせが苦手だった。大人になるとおいしい。お刺身にお醤油をつけてごはんにバウンドしてから口に運び、米もかきこむ。


 辛くないわさびもたっぷりついている。一人暮らしのとき、食材はほとんどスーパーで買っていた。コンビニで済ませる日も少なくなかった。だからお魚屋さんなどの専門店のおいしさが体に染みわたる。魚も新鮮なのだろうが、切り方も美しい。職人技だ。


 姉の仕事だってそう。安価な椅子もある。しかし姉に注文する人はお金を出しても姉の椅子がいいのだ。自慢をする人は少ないだろう。SNSでも見かけない。多くの人が自分のため、家族のために特別なことではなく平然と姉の椅子を待ち焦がれている。


 夕飯を味わっていたらけたたましい我が家の黒電話が鳴った。もう、ほぼ騒音である。東京の私の部屋に置いていたら間違いなく苦情問題となる。


 聞き慣れているはずの私ですら、病気だからではなくて鳴るたびにびくっとする。でも滅多に鳴らない。姉は受注をメールで受けているし、こんな田舎の一人職人のところに営業電話を掛けてくる企業も少ない。

「はい、わかりました」

 姉が神妙な顔で受話器を置く。きっと今の体力のない私では10分の長電話もできないだろう。それくらい黒電話の受話器は重いのだ。

「どうしたの?」

 私ではなくキミヒコさんが聞いた。


「明日、県警の人が来るって駐在さんから。殺人絡みらしいよ」

 と姉は然程興奮もせずに答えた。


「そういうのって事前に連絡あるものなの? 犯人だったら逃げちゃうじゃん」

 私は言った。


「私? 犯人? あはははは」

 と姉が豪快に笑う。


 ぷぷっとキミヒコさんも笑った。そうか。いつも一緒にいるから姉が殺人者でないことを知っている。だが、キミヒコさんでは立証ができない。精霊の義兄ってこういうとき役に立たないな。

「私のほうかな。前の仕事のことかも」

 愛人同士が揉めたのかもしれない。迂回させているものの愛人への支払いに税務署がおかしいと勘づいたのかもしれない。怪しい点は多々ある。だから楽な仕事で給与がよかったのだ。


 きな臭いことなんて世の中にはたくさんある。女は、自分よりあの人がきれいと言う理由だけで殺意が湧く生き物だ。愛人斡旋会社が機能していることもまともじゃない。

 うちの秘書課だけは他の部署との交流が禁止だった。もちろん、私が知り得る情報は誰かを脅す道具になる。それは会社において派閥争いにも関わる。同僚が社内の男と付き合いだして、リークした証拠があったのか島流しに遭った。


 心がざわざわしているのは私だけのようだった。姉の心には疚しいことなど微塵もないのだろう。買い物に出かけたからか姉は珍しく夕食後にも仕事をしていたし、キミヒコさんは賞味期限を見ながら冷凍庫に入れ直してたりしていた。

 姉とキミヒコさんの生活は殺人からはかけ離れている。愛しかない。静かに二人で暮らすことを見込んで姉は早くから父の弟子になったのだろう。今の生活が二人の望んだものなのだろう。


 そこへ病人の私が割り込んでも申し訳ない。そのうち死ぬから許して。もうすぐ死ぬなら今日買ってもらった腹巻き二枚は使い倒すつもり。これから夏だが、熱っぽい日もあれば末端だけ冷える日もあって自分の体なのに調節ができない。

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