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余命宣告された私を引き取る姉が不憫でしたが、精霊の夫と幸せそうです  作者: 吉沢月見


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実家での生活1

 庭を少し歩いたり、姉の仕事を眺めるのが暇な私の日課になった。わかっていたことだが、姉はすごい。すごいを通り越して変人、奇人の領域だ。設計図もないのにあれをこうして、これをああして家具を仕上げる。


 特に予定のない日は仕事、朝ごはん、仕事、昼ごはん、仕事、夜ごはんのシンプルすぎる生活。稀に洗濯をする。気分なのだろう。


 キミヒコさんは雑用係ではない。食事はだいたい作るが、彼にも彼の予定がある。稀に森のほうへふらりと歩いてゆく。管理人だから管理をしているのだろうか。

 私は少しでも家のことが手伝えたらいいなと思うようになった。それでも軽いはずのサイクロン掃除機は片手じゃ持てないし、トイレ掃除くらいしかできない。


 梅雨入りをし、庭の紫陽花が青、濃いピンクと目を楽しませてくれる。そして田植えがすんだ近くの田んぼでは夜、カエルがゲコゲコ。それを聞きながら眠ったとき、ああ実家に帰ってきたのだなと強く感じた。恐らく、初めての人なら騒音並みの彼らの発情声に眠れるはずない。私にはひどく懐かしい。


 家も、周辺の風景も、食べ物にもはっとする。やぁ、また会ったね。どうして一人暮らしをしているときにはモロヘイヤに出会わなかったのだろう。キミヒコさんがさっと茹でてお浸しにしてくれる。ねばねばして好きだ。体にいいこと知ってるのだろうか。野菜多めでキミヒコさんのごはんはどれも食べやすい。


 広い空を見上げることも久しぶりのような気がする。仕事をする姉を見ていることもそれに近い。

 姉は、

「見てるより作ったほうが楽しいよ。小春もやる?」

 と聞くけれど、私は昔から不器用なのだ。祖父も物になりそうな姉には丹念に教えたが、私には、

「違う」

 と怒鳴るばかりだった。器用そうな手なのに不器用の烙印を押され、幼い私は細かい作業のときだけ呼ばれる道具みたいなものだった。ひとつのことだけに囚われることが嫌いな節も私自身にあった。だからいろんな友達といろんな遊びをした。いろんな男と付き合って、様々な趣味に付き合った。でも私にはどれもピンとこなかった。そういう体質なのだ。移り気というよりも深く掘り下げられない。


 それに、姉が編んでいる一人掛けの椅子は一脚20万円以上する。そんなものに迂闊に手を出せない。編み上げたシンプルなものに父が独学で身につけた飾りをつけることも可能だったが、最近は飾りのないもののほうが需要はあるらしかった。二人掛け、三人掛けがひとつ売れれば働いていたときの私の月収に等しい。祖父も父も口頭で教えていただけで正解の図案のようなものはなく、姉が弟子を取らない限りは絶えてしまう。姉はそのことはどうでもいいみたい。


 籐は強い。しかし、さすがに数十年使っていると綻びる場合もある。姉は修理も受け付けていて、そんなのを頼むのは運送費が払える金持ちなのだろうけど、経年により変色した籐に合わせた材料を使ってうまく直す。そうしてまた何年も使ってもらうのだ。そのような仕事をしている姉が羨ましい。


 私には何もない。死にたくない理由すらない。執着しないことはいいことだけれど生きている意味もないのだ、私には。


 姉は食事とトイレ以外は休まずに10時間以上働いている。もっと長い日もあるから平均11時間くらい。人間の集中力は一時間持たないって記憶しているが、姉はしている。キミヒコさんのおかげなのだろうか。キミヒコさんの精霊の力が姉にも及んでいるのかもしれない。だって、仕事をしているときは作業工程にもよるけれどほぼ動かない。手だけを使う。足で押さえたり、本当に器用。一心不乱という言葉が当てはまる。大きいものを編んでいるときは動けない。でも祖父の言いつけを守り仕事場でお茶を飲んだりはしないのだ。当然、お昼も居間で取る。編んでいる途中のときは洗濯ばさみで留めて網目が緩まないようにしている。


 姉は朝シャワー派。少し元気になった私は夜、お風呂に入りたい。長湯をすると心配性の姉がすぐに声をかける。忙しい姉の時間を割かないように私も気を使う。キミヒコさんのお風呂は雨。でも、雨は好きじゃないみたい。太陽が顔を出した日は元気がいい。


 夕飯は大葉入りの鶏つくね、イカとネギの味噌焼き、もやしサラダ。

「キミヒコさんって、いつの間にか作ってますよね」

 私は言った。味噌の匂いがしてからやっと夕飯を作っていることに気づいた。


「気取られないのは昔からだ」

 少し寂しそう。


「私、ずっとキミヒコさんのこと見えなかったから、傷つけたりしました?」

「ううん。家族が幸せそうだと十子も嬉しそうだったから、それを見ているだけで幸せだった」

 私にはその情景があんまりない。姉はむしろキミヒコさんと二人のほうが幸せだったのではないだろうか。実際にそうなって、二人とも幸せなら私はお邪魔虫。


「お姉ちゃんはずっとキミヒコさんのこと見えていたの?」

「最初に会ったのは森だった。おばあさんの具合が悪くなって十子がしょげていた。毎日森で一人で泣いていた。あるとき僕に、その頃はまだ葉っぱだったんだけど、僕に十子が触れて、僕はまだたくさんいる精霊のひとつにすぎなくて、でもひだまり管理人になるとたくさんの力が使えるからこの森で一番の精霊になることに決めたんだ」

 欲まみれの汚れた人間の私に説明をされても、この頭では理解不能。ひだまり管理人というのはどうやら精霊の中のお偉いさんらしい。民話みたいなおとぎ話であっても、もう同居人だから辻褄が合う。義兄のキミヒコさんを信じている。


「疲れた。腰痛い。キミヒコ、あとで揉んで」

 仕事場から姉が頭に手ぬぐいを巻いたままやって来た。それを取ると落ち武者みたい。実際に一番疲れるのは目だろう。網目を間違えたらぐちゃぐちゃになってしまう。姉の網目は父よりもずっときれい。素人の私から見てもそうなのだから父は嫉妬してあんなわけのわからない装飾に走ったのかもしれない。姉の椅子はシンプルなのに荘厳。


「うん」

 気恥ずかしそうに返答するキミヒコさんは私と同じ考えなのだろう。


 それは昨日もしたセックスをまたするということなのだろうか。食卓でそんな会話やめていただきたい。されど私は居候の身。家事もほとんど手伝っていないし、今は無職で家にお金も入れていない。相続も姉任せで書類に署名しただけだった。今から生命保険に入れるのだろうか。


「つくね、うまっ」

 私は言った。細かく刻まれた生姜が隠れている。


「キミヒコ、生卵ちょうだい。小春、絡めたほうがおいしいよ」

 姉はあぐらをかいて冷酒を飲んだ。


 シイタケご飯はほんのりごま油の香り。今日は全体に香り立つものばかり。私はそういうのが結構好き。

 というか、いつの間にか普通に食べられている。実家療法のおかげだろうか。


「そうだ。明日買い物に行くから小春も行こうよ」

 と姉が誘う。


「買い物?」

「銀行行ったり、小さいもの発送したりのついでに買い物。キミヒコはついてきたがらないから一緒に行こう」

 私が一緒に行っても荷物持ちもできない。でも、腰回りが冷えるから薄手の腹巻きがあったらほしい。入院しているときより座っている時間が増えたから背中が寒いんだよな。

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