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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第7章「地図の外の子どもたち」

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第93話「倒れ続ける塔」

 九十九%まで進んだものは、ほとんど完成しているように見えます。

 けれど、最後の一%へ人が立ち続けているなら、その人にとってはまだ終わっていません。

 アルド・クロイツは、崩れた塔を四度目に見上げていた。


 石造りの細長い塔は、上半分が左へ傾いている。最上階からは白い光が漏れ、崩れ落ちる石が地面へ届く直前に逆向きへ戻っていく。同じ一秒を繰り返しているように見えた。


 アルドは腰の剣へ手を置き、周囲を確認した。東には白い岩山、西には乾いた川床、南には倒れた道標(みちしるべ)。北へ向かって歩き始めたはずなのに、四度ともこの塔へ戻っている。


 (道が曲がっている。俺が迷ったわけではない)


 そう判断したところで、塔の上から声が落ちてきた。


「下の少年。もう、四度目ですね」


 丁寧だが、疲労を隠しきれていない女の声だった。


「助けが必要か?女」

「必要ではありません。理論上、あと一工程で安定します」


 塔が大きく傾いた。最上階の窓から、淡い金髪と赤縁眼鏡が覗く。女は両手で巨大な術式陣を支え、天井の崩落を止めていた。


「塔が倒れる」

「九十九%まで固定しています」

「一%で死ぬだろうが」

「一%は検証余地です」

「撤退しろ」

「却下します」


 アルドは返事を待たず、塔へ入った。内部の階段は半分崩れている。足場を選び、落石を剣の腹で弾き、上階まで駆ける。女は大きな術式陣の中央に立ち、額へ汗を浮かべていた。


「私はノア・エルグラム。貴方の救助対象ではありませんよ」

「俺はアルド・クロイツ。救助を開始した」

「開始したから続ける、という理屈ですか?」

「そうだ」

「最悪ですね。ですが嫌いではありません――」


 ノアは少し嬉しそうに言った。アルドが彼女の腕をつかんだ瞬間、塔がまた傾く。ノアの術式は崩れない。しかし、最後の固定点だけが毎回ずれ、塔が倒れかけては戻る。


 (”完成しない”。レイルの【未完(ノット・コンプ)】に似ているが、あいつの力とは違う)


「術式を切れ」

「切れば倒れます」

「倒れる前に出ればいいだろうが」

「安全率が足りません」

「今の安全率はゼロに近い! 四の五の言わずに出るぞ!」

「その否定、具体性があります。脱出したら同じ調子で私の術式も否定してください」

「今は黙って走れ!」

「……非常に良い却下です。......うふふ」


 その時、足元が崩れた。アルドは彼女を腕に抱え、窓から外へ飛び出す。二人が地面へ着く直前、塔の上半分が崩れ落ちた。


 だが、瓦礫はまた白い光へ引かれ、元の位置へ戻っていく。ノアは地面へ座り込み、呼吸を整えた。


「救助手順が乱暴でした。減点します」

「生存したのにか?」

「結果論です」

「結果は必要だ」


 ノアは眼鏡を押し上げ、アルドを上から下まで見た。


「貴方、血液型は」

「知らない」

「量は五十ミリリットル。器具使用。停止条件は私の瞳孔変化。拒否権あり。提供後は水と糖分を摂取。どうですか」

「何の話をしてる?」

「吸血です。私は半吸血種(ダンピール)ですから」


 アルドは剣へ手を伸ばさなかった。ノアの唇は青く、指先が震えている。長時間の術式維持と転移で消耗しているのは明らかだった。


「必要量を減らせ」

「三十ミリリットルでは身体能力の回復だけです」

「それでいい」

「魔力回復は不十分です」

「移動できればいいだろ」


 ノアは少し考え、携帯用の採血器を取り出した。


「同意契約を口頭で確認します。提供者はアルド・クロイツ。量は三十ミリリットル。目的は移動能力の回復。戦闘強化への転用は禁止。追加提供は再交渉。撤回は採血開始前まで」

「同意する」

「もっと嫌そうに言ってください」

「なら、断る」


 ノアの目が僅かに輝いた。


「あぁ、その否定は良いですね。仮説が研ぎ澄まされます」

「意味が分からんぞ、まあいい、とにかくやれ」


 採血を終え、ノアは小瓶へ移した血を飲んだ。瞳の赤が少し濃くなり、頬へ色が戻る。その直後、乾いた川床から甲殻音が響いた。


 尾の先に砲身のような器官を持つ巨大な蠍が、岩陰から這い出す。続いて二体。尾器官へ魔力が集まり、赤い光が脈打った。


尾砲蠍テイル・キャノン・スコーピオンです。尾部導出端から圧縮弾を撃ちます」

「防壁は作れるか」

「九十九%までなら」

「残り一%は俺が守る」


 ノアは両手を広げた。半透明の防壁が二人の前へ立ち上がる。形は完全な半球に近いが、右下へ拳一つ分の隙間が残った。


 第一射が防壁へ衝突する。光の壁は耐えた。第二射は隙間へ向かう。アルドがそこへ立ち、剣で弾道を逸らした。


「隙間を塞げないのか」

「塞げば別の場所が開きます。完成条件が定着しません」

「なら、開く場所を固定しろ」


 ノアは一瞬黙った。


「……その発想は、理論上可能です」


 防壁の隙間がアルドの正面へ移動する。彼が受けられる場所へ、欠陥を選んだのだ。


 攻撃を三度凌いだ後、アルドが前へ出る。ノアは塔の崩落を止めていた術式の一部を槍状へ変え、尾砲蠍の足元へ撃ち込む。九十九%まで形成された石槍は最後の硬化を終えないが、柔らかなまま甲殻の隙間へ絡みついた。アルドが尾器官を切り落とす。


 残る二体は、尾を高く上げて警告音を鳴らした。ノアは追撃しようとしたが、アルドが剣を下ろす。


「退けた、追わないぞ」

「素材価値があります」

「戦闘目的は生存だ、無理して討伐してもよいことは何もないだろう」

「合理的ですが、研究者としては不満ですねぇ」


 塔の地下から、円環状の金属部品を回収した。白環文法が刻まれているが、一部が開いた灰色の結晶を組み込めば別用途へ転用できそうだとノアは言う。


 携帯食は、アルドの腰袋に二枚。ノアは乾燥果(ドライフルーツ)を一つだけ持っていた。


 二人は平たい石を風除けにして座り、携帯食を分けた。アルドが半分をノアへ渡すと、彼女は首を横へ振る。


「血液提供を受けています。食料まで同量では契約上の受領超過です」

「血は食事ではない」

「私にとっては栄養です」

「水と通常食も必要だと言ったのはノアのほうだ」


 ノアは言葉に詰まり、携帯食を受け取った。


 (”理論で自分だけを減らす”。レイルに似てきたのか、俺も?)


 アルドはそう思ったが、口には出さなかった。ノアはレイルの事を知らないからだ。

 食事を終え、ノアが方位術を起動する。青い矢印が地面へ浮かび、正確に南西を示した。


「白環残響は南西です。人が通る道も同方向にあります」

「分かった。北へ進むぞ」

「なぜですか」

「塔の正面が北だ」

「矢印を見てください?」

「見ているが......」

「貴方は矢印の反対へ歩いています!」


 アルドは足を止めた。


「術式が逆なのでは」

「術式は正しいです。貴方が間違っています!!」


 ノアは赤縁眼鏡を外し、額を押さえた。


「はぁ、こんなことなら採血契約へ【単独で方角を決めない】を追加すべきでした」

「でも、それがいい......」

【今回の登場人物】


・アルド・クロイツ

 九十九%防壁の残る一%へ自分で立ち、救助を完了させた後も方位術の反対へ歩こうとした騎士。


・ノア・エルグラム

 倒れ続ける塔を九十九%で支え、吸血契約(きゅうけつけいやく)と未完成防壁で生存手段を組み直した長命の研究者。半吸血種である。


【今回の能力・設定メモ】


・ノアの魔法は高出力でも最後の完成条件が定着せず、九十九%で止まります。

・血液提供は食事報酬と分離し、量、目的、停止条件、追加時の再交渉を明示します。


【次回】


 レイルとニアは、白環が用意した一つだけの正しい姿を拒みます。


 防壁に残った一%へ立つアルドのように、レビュー、ブックマーク、フォローで物語の隙間を支えていただけると嬉しいです。

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