第78話「二人一組の専攻希望」
同じ学院へ通っていても、二年次からは、さらに学ぶ場所が分かれていきます。
これまで隣にいた時間が、来年も自動で残るとは限りません。
二年次専攻希望票は、提出した翌日にレイルの机へ戻ってきた。
赤い印が大きく押されている。
【未提出扱い】
「確かに提出したんだが――」
レイルは紙を持って、ヘルマン教官の机へ向かった。
「受け取った。だが、希望として処理できなかった」
「第一希望から第六希望まで、全部記入してありますよね?」
「全部の欄へ同じ大きさの丸を付けるな、そう説明したろ?」
「一応、優先順位はあります」
「どこにだ」
「丸の線を少しずつ太くしました」
ヘルマンは希望票を窓の光へ透かした。
「小さいッ!! 分かるかァァァァァァァァァァッッッ!!」
「第一希望の【総合術式科】は三度なぞっています。第二希望の【術式設計科】は二度。第三希望の【記録法制科】は――」
「願望一覧を謎の暗号化するな」
「専攻希望票です」
「だから、一つの主専攻を選べ」
教室の後方で笑いが起きた。
リィナは自分の希望票を机へ広げている。第一希望は【武装戦技科】。第二希望は【実地指揮科】。第三希望は【総合術式科】だった。
セレネは【術式設計科】を第一希望にし、【総合術式科】、【記録法制科】と続けている。丸は一度ずつ、同じ濃さで整っていた。
アルドの第一希望は【実地指揮科】。第二が【武装戦技科】、第三が【記録法制科】。
「アルドが記録法制なの?」
リィナが紙をのぞく。
「命令と責任の範囲を理解する必要があるのだ」
「あんたさ、地図の読み方を先に取った方がよくない?」
「地図読解は実地指揮科へ含まれる」
「じゃあ絶対に第一希望だね!!」
「元から第一だ」
アルドは真面目に答えた。
フィアの希望票には、記録系の細かな専攻が三つ並んでいた。【結着記録法】、【事故法制】、【契約照合実務】。同じ記録科でも、本人には明確な差があるらしい。
「フィアは迷わなかったのか」
「迷いました」
フィアが答える。
「第一希望と第二希望の評価項目を二十七件比較し、最終的に三件を保留しました」
「それは迷ってない人の作業量だよ」
「比較件数と感情の強さは一致しません」
ヘルマンが教卓を指で叩いた。
「レイル。今日の放課後までに書き直せ。主専攻一つ、副専攻候補二つだ」
「魔導工学科を外す理由がありません」
「工房へ出入りすることまで禁じていないぞ?」
「武装戦技科も、近接防衛に必要です」
「朝練で続けておけ――」
「実地指揮科は、退路設計と役割分担に――」
「それは校外実習を取れ」
「古式文法科は」
「トーマに教われ」
ヘルマンは一つずつ逃げ道を塞いだ。
「学院では、すべてを一人で抱え込む必要はない。専門家から学び、必要なら組め。お前が全科へ入ったら、時間割だけで一週間が終わってしまうぞ」
「時間割を重ねられれば、そういう魔法ないですかね?」
「同時に六教室へ行く方法を考えるな!」
『複数教室ヘノ同時在席機能、未実装デス』
机上のニアが補足する。
「実装予定もない、永遠にだ!!」
ヘルマンはレイルの希望票を突き返した。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
昼休み、レイルたちは南食堂の隅へ集まった。
リィナの前には大皿が二枚、煮込みの鉢が一つ、パン籠が一つある。Dランク正式昇格の祝いとして食堂係が肉を増やした結果、本人は朝から機嫌がよかった。
「レイルは結局、どこにするの?」
「総合術式科」
レイルは書き直した希望票を見せた。
「第二が術式設計科。第三が記録法制科。武装戦技は朝練と選択実技、魔導工学は第三工房、実地指揮は校外実習で補う」
「ちゃんと三つにしたんだ」
「外した科を学ばないとは言ってないけどな」
「教官が聞いたらまた戻されるよ」
「提出欄の必要事項は満たしている」
セレネが希望票を確認する。
「総合術式科なら、属性基礎と複合形成を継続できます。現在のレイルには妥当な選択ですね」
「術式設計科を第一にしなかった理由は?」
「俺は設計だけでなく、現場で発動条件が変わる時の処理も学びたいんだ」
「納得しました」
セレネは自分の希望票を重ねる。
「私は術式設計科です。来年、同じ必修授業は減ります」
「総合演習は共通だろ。共同研究も選べる」
「総合演習は週二回です。現在は週五回、同じ教室にいます。共同研究も、申し込まなければ自動では組まれません」
「三回減るんだな」
「その計算はできますね。問題は、減った三回をどう扱うかです」
「必要なら放課後に会えばいいだろ?」
「誰が、いつ必要だと伝えるのですか。レイルは必要条件を記録するのに、人と会いたい時刻だけは相手が察すると考えています」
「察してもらうつもりは――」
「わたし、今、具体的な予定は一つもありません」
そばで耳を立てていたリィナがパンをちぎる手を止めた。
「武装戦技科は、魔導科と校舎も違うよ。授業が終わる鐘も、たぶん少しずれる」
「朝練は同じだ。そこは変えなくていい」
「朝練だけじゃん。今だって、授業の後に一緒に帰ったり、食堂で会ったり、依頼の準備をしたりしてる」
「昼食もあるぞ」
「毎日一緒に食べるって決まってないでしょ。私が武技塔の食堂、レイルが魔導塔の食堂へ行ったら、それだけで会わない日が増えるもん」
「なら、食堂を決めればいい」
「そういう答えを、私が言う前に一回くらい考えてほしかったんだけどなー」
レイルは答えようとして、言葉を止めた。
これまでは、朝になればリィナが訓練場にいた。昼になればどこかの食堂で会い、授業の後には試験や依頼の準備をした。学院へ来てから科が違う時間もあったが、事件や合同実習が二人を同じ場所へ呼んでいた。
二年次は、それぞれが選んだ専門へ進む。
何も決めなければ、同じ時間は自然に減る。
「リィナは武装戦技科へ行きたいんだろ。剣も噴射戦技も、そこで学ぶのが一番いい」
「行きたいよ。迷ってない。レイルの近くにいるために、行きたい科を変えるつもりもない」
「なら、変える必要はない」
「だから、変えたいって言ってない。私が気にしてるのは専攻じゃなくて、その後のこと」
「校舎が違って、会う時間が減ることか」
「気にしてるよ。レイルは、会えなくなるかもしれないって分かっても、最初に『朝練は同じ』しか言わなかった」
「残せる時間を答えたつもりだった」
「私は、減るのが嫌だって気持ちを聞いてほしかった。予定を決める前に、レイルも嫌なのか知りたかった」
リィナはパンを皿へ置いた。
「剣を学びたい。もっと前で守れるようになりたい。でも、だからって、今まで一緒だった時間が全部なくなっても平気って意味じゃない」
「全部はなくならないだろ?」
「レイルが何も決めなかったら、減るでしょ」
「朝練は続ける」
「また朝練のことだけ言った!」
リィナの金茶色の目が、まっすぐレイルを見る。
「私が言わなくても、ずっと続くと思ってた?」
レイルはすぐには返せなかった。
幼なじみという関係は、予定表へ書かなくても残ると思っていた。村を出ても、学院へ来ても、危険な依頼へ行っても、リィナは隣にいた。だから、来年もいるものとして考えていた。
「すまん……思っていた」
「やっぱり」
リィナは怒鳴らなかった。少しだけ寂しそうに、煮込みへ匙を入れる。
セレネが静かに口を開いた。
「幼なじみである時間は過去の事実です。来年の放課後まで自動で確保する権利にはなりません」
「セレネ」
「私も共同研究の時間を、当然に受け取れるとは考えていません。必要なら本人へ希望を伝えます」
セレネはレイルを見る。
「術式設計科の一年次修了課題は、異なる専門の学生と二人一組で行います。レイル、私と組んでください」
食堂の音が、一瞬だけ遠くなった気がした。
「課題の内容は?」
「生活魔導具を一つ設計し、停止、再起動、故障時の安全処理まで提出します。私は設計を担当できます。あなたには現場条件と結着時刻の検証を依頼したいです」
「わかった、組む」
レイルは内容を聞いて即答した。
リィナの匙が、鉢の縁へ当たった。
「私も二人一組の課題あるよ」
「武装戦技科にも?」
「ある。訓練用魔導具を使った連携実技。前衛と補助役で、突入から撤退まで組む」
「誰と組むんだ」
「今、考えてる。魔導科の生徒を補助役に選べるなら、レイルにも頼めるかもしれない」
「俺はセレネの課題と両方できるぞ」
「すぐ全部引き受けないで。時間が重なったら、また寝る時間を削るでしょ」
「日程を確認してから決める」
「その確認を、私にも先に相談して」
リィナはレイルを見たまま答える。
「訓練人形を生活魔導具として提出できない?」
レイルがセレネへ聞く。
「できません。夜間警備用と呼び替えても、主用途が剣撃訓練なら課題条件から外れます」
「警備時に侵入者を止めるなら生活安全へ含められる」
「侵入者を木剣で追い回す道具を、寮の日用品として提出するつもりですか」
「剣を振る訓練人形も日常で使うよ」
リィナが加勢する。
「あなたの日常を学院全体へ一般化しないでください。廊下を歩く生徒の大半は、毎朝百本振りません」
「百本じゃ足りない日もある」
「その証言で、さらに不適格になりました」
セレネは即座に退けた。
「じゃあ、レイルはセレネと課題。私は別の人と実技。放課後も別になる日が増えるんだ」
「それで終わりにはしない」
「何を残すの。授業も課題も別で、会えるのは偶然だけ?」
「朝練は続ける」
「三回目! 朝練は大事だけど、それだけ言えば全部残ると思わないで」
「なら、近接連携の時間も決める。リィナの噴射制動と、俺の短杖防御を週に――」
「回数を決める前に、続けたいって言って」
「……続けたい。来年も、リィナと朝練も連携も続けたい」
「最初からそれを言えばいいの!」
食堂の何人かが振り返った。
レイルは希望票の裏を使い、予定を書き始めた。
「週五日の朝練。放課後は、週二回をリィナとの近接連携と噴射制動。週二回をセレネとの課題。残り一日は予備。昼食は、授業場所が近い日に――」
「予定表で解決するの?」
「減る時間を放置しないために決めていることだ」
レイルは顔を上げた。
「リィナが言わなくても続くと思っていた。それは俺が勝手に決めていた。だから、続けたい時間は今、決める」
リィナは目を瞬いた。
「……昼食は?」
「週三回」
「だめ。最低四回」
「セレネとの課題が食堂になる日もある」
「じゃあ、その日は一緒に食べればいい」
「私の共同課題時間へ参加するのですか」
「食べるだけなら邪魔しないでしょ?」
「リィナの”食べるだけ”は、机の半分以上を使用しますよ」
「半分で足りるよ」
「今日、三分の二を使っていますから......」
リィナは自分の皿を見た。確かに、三人用の机の大半が料理で埋まっている。
「じゃあ大きい机を取ろう」
「場所の拡張で解決しましたね」
「リオンみたいな言い方しないで」
セレネの口元が、ほんの少し緩んだ。
レイルは予定表へ【昼食:週四回以上、場所は大机】と書いた。
「以上でいいか」
「”以上”って書いて」
「既に書いた」
「あ、本当だ」
リィナは紙をのぞき、ようやく匙を動かした。
フィアが記録板へ目を落とす。
「訂正します。先ほどまでの予定は口頭合意でした。現在、書面へ記録されたため、継続条件が明確になりました」
「恋愛の話を契約みたいに記録しないで」
リィナが小声でフィアに言う。
「恋愛とは記録していません。二年次の共同時間です」
「ならいいけど――」
セレネの周囲へ、小さな光球が一つ浮かんだ。
「私は、共同課題の相手として正式に受諾されたと記録してください」
「記録します」
リィナは光球を見た後、自分のパンを一つレイルの皿へ置いた。
「これは?」
「来年も朝練を忘れないための前払い」
「食べ物で契約するのか」
「嫌なら返して」
「食べる」
「じゃあ成立」
レイルがパンを取ると、リィナは少しだけ満足そうに笑った。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
放課後、セレネは共同課題の候補を三つに絞っていた。
一つ目は、灯光具の自動消灯。
二つ目は、冷却扇の安全停止。
三つ目は、学院寮の廊下へ置く非常灯。
「非常灯がいい」
レイルは歩きながら答えた。
「理由は?」
「第一結着塔事件で、誘導灯がなければ避難列を動かせなかった。通常時は消えていて、停電や術式停止時だけ点くなら役に立つ」
「停止後に点灯するには、通常流路と独立した魔力が必要です」
「少量を別の時刻へ残せないか」
「蓄魔具を使う場合、封緘と再出力の損失が大きいです」
「完全に閉じる直前を長く維持すれば、追加で――」
セレネが足を止めた。
「人体へは接続しません」
「まだ接続すると言ってない。別時刻へ魔力を残す方法を考えただけだ」
「次に『自分なら保持状態を確認できる』と言う内容を予測しました」
「……無人媒体で試す」
「順番を変えても危険性は消えません。媒体が破裂すれば工房へ被害が出ます。保持状態が不明なら、解除時刻も読めません」
「小区画へ分けて、破断先を決めれば」
「その設計を誰が作り、誰が停止判断をするのですか」
「ロッテへ相談する」
「相談して、学院の監督許可を取る。そこまで言えて初めて試験案です」
「分かった。俺だけでは始めない」
「今の返答は記録します。後で『見るだけだった』へ変更しないでください」
黒銀色のニアが、レイルの肩から第三工房の方角を見る。
『未封緘ノ無属性魔力ヲ検出』
レイルとセレネは同時に振り向いた。
「どこだ」
『第三工房。床下方向。微量デス』
「授業用媒体の残りでは?」
「工房の閉鎖時刻は過ぎてる」
二人は第三工房へ向かった。
扉には施錠されていなかった。中は暗く、炉も止まっている。作業台の下から、淡い青の光が漏れていた。
「ロッテ?」
返事はない。
レイルがしゃがみ込む。セレネが肩をつかんだ。
「触らないでください」
「見るだけだ」
「あなたの”見るだけ”は、右手が前へ出ます」
昼のロッテと同じことを言われ、レイルは手を背中へ回した。
セレネが作業台の下へ光球を送る。
そこには、六つの小区画を持つ金属槽があった。太い排圧管と、交換式の破断板。表面には手書きの札が貼られている。
【無人媒体試験・零号】
内部で青い光が膨らんだ。
小さな破裂音。
一番端の金属板へ、細い亀裂が走った。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
全専攻へ同じ丸を付けた希望票を差し戻され、総合術式科を主専攻に選び直し、リィナとセレネの両方へ二年次の時間を自分の言葉で約束した学院生。
・リィナ・アルセイル
武装戦技科へ進みたい意思を変えず、幼なじみだから一緒の時間が自動で残るわけではないとレイルへ伝えた剣士。
・セレネ・グランツ
術式設計科を選び、レイルへ共同課題を直接申し込み、非常灯の設計を通じて第三工房の秘密試作へ近づいた魔導科生。
・アルド・クロイツ
実地指揮科を第一希望に選び、地図読解も同科へ含まれると真面目に説明した騎士科生。
・フィア・レコード
記録系三専攻を二十七項目で比較し、リィナとレイルの二年次共同時間を口頭合意から記録済み条件へ更新した記録科生。
・ヘルマン教官
レイルの全科希望を差し戻し、一人で抱えず専門家と組むことも学院で学ぶ内容だと教えた実技教官。
・ニア
複数教室への同時在席機能がないと告げ、放課後には第三工房の未封緘魔力を検出した案内人格。
【今回の能力・設定メモ】
・レイルの主専攻希望は【総合術式科】、副専攻候補は【術式設計科】と【記録法制科】です。
・リィナは【武装戦技科】、セレネは【術式設計科】、アルドは【実地指揮科】、フィアは記録法制系の専門を希望しています。
・レイルとセレネの共同課題候補は、停止時や停電時に点灯する学院用非常灯です。
・第三工房の【無人媒体試験・零号】へ、レイルの【未完】はまだ接続されていません。
【次回】
作業台の下で割れた零号。ロッテは、蓄魔の失敗を”壊れる場所が予定どおりだった成功”と呼びます。
来年も同じ時間を残すには、希望票の丸だけでなく言葉が必要でした。レビュー、ブックマーク、フォローで続きを選んでいただければ、二人一組の課題の先まで書き進められます。




