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未完の大魔導士――俺の近くでは何も完成しない――  作者: 勇者ヨシ君
第6章「未完と完遂」

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第77話「道を変えても、任務は終わる」

 決めた道を進み続けることが、いつでも正しいとは限りません。

 橋が落ちていたなら、任務を投げずに道だけを変える必要があります。

 校外総合実習こうがいそうごうじっしゅうの集合時刻は、朝六時だった。


 レイルが王立結着学院おうりつけっちゃくがくいん東門へ着いた時、門前には三台の荷車が並んでいた。一台目には交換用の補助魔力杭(ほじょまりょくぐい)。二台目には工具箱、排圧管(はいあつかん)、測定石、予備部品。三台目には水樽、保存食、毛布、折り畳み式の天幕、それから金色の帯を巻いた木箱が積まれている。


「おいおい、三日以上の遠征へ変更されたのか」

「師匠、変更されておりませんぞ!」


 荷車の横で胸を張ったのは、金環商会(きんかんしょうかい)の紋章をつけたリオン・ゴルディスだった。朝日を受けた金髪を整え、実習用の上着まで新品である。本人は荷運び役のはずだが、出征式の主催者にしか見えなかった。


「第三の荷車は、万一に備えた五日分の食料と飲料、予備天幕、救援要請用の通信札(つうしんふだ)、任務達成後の祝賀用果実水です」

「日帰りです」


 ロッテ・ベルクマンが、三台目の車輪へ足をかけた。作業用ゴーグルを額へ上げ、袖をまくった腕で荷縄をほどいていく。


「食料は一日半。水は二日分。天幕は一張り。通信札は残す。祝賀用は戻った後でいい」

「しかし、帰還直後に冷えた果実水を提供するには、移動中から冷却を維持する必要があります」

「任務より飲み物の維持へ魔力を使わないで」

「士気は実務の一部ですぞ」

「重量も実務の一部でしょ」


 ロッテは金帯の木箱だけを三台目から下ろし、東門の詰所へ預けた。リオンが名残惜しそうに箱を見送る。


「せめて一瓶だけでも!!」

「戻ってからでいいでしょ」

「常温でもいいので......」

「戻ってから!」

「中身の確認を――」

「開けたら補償品目へ追加するわよ?」


 リオンは箱から手を離した。


 レイルは二台目の荷車へ近づき、工具の数を確認する。交換用破断板(はだんばん)が三枚。排圧管(はいあつかん)が二本。固定具が六組。予備の固定具をもう二組増やせば、片側が歪んだ場合にも対応できる。


「ロッテ。固定具を二組追加して、排圧管(はいあつかん)も副経路用に一本――」

「先に持って」


 ロッテが工具箱をレイルへ渡した。


 両腕へ重みが落ちる。持ち上げることはできる。ただ、これを荷車から杭まで運び、交換作業中も移動させると考えれば、追加部品の重さは無視できなかった。


「……固定具は一組だけでいい」

排圧管(はいあつかん)は?」

「既存の二本を詰まりが出ないよう交互に使う」

「合格。三重目を言う前に重さへ直せたね」


 リィナが門柱の脇で大きな弁当袋を数えていた。赤栗色(あかぐりいろ)の髪を高い位置で結び、腰には真剣、(かかと)には修理済みの【双踵噴射環ツイン・ヒール・ノズル】を装着している。ただし、ロッテが実習用に出力を一割へ制限していた。


「一人二つで、帰り用が一つ。私のは三つ」

「全員、二つです」


 フィア・レコードが記録板(きろくばん)から顔を上げる。


「私だけ消費量が違うんだけど」

「申請書には追加一食と書かれていました。三つ目は非常食として封印します」

「封印しなくても、非常時まで食べないって」

「昨日、勉強会用の保存菓子を”休憩前の予備”として消費した記録がある人がいう言葉ですか」

「あれは勉強でお腹が減ったから――」

「今回も実習です、余計に減ります」

「じゃあ食べていいじゃんか」

「帰路で行動不能になる可能性を防ぐため、三つ目は私が管理しますね」


 フィアは弁当袋を一つ、記録鞄の内側へ収めた。リィナが手を伸ばすより先に留め具が閉じる。


『食料管理権ノ移動ヲ確認』


 レイルの腕輪から黒銀色の猫が投影され、荷車の上へ着地した。


「ニアは食べないから分からないんだよ」

『摂食機能ハ存在シマセン。消費速度ノ観測ハ可能デス、ニャ』

「今日は私を観測しなくていい」

『記録対象カラノ除外申請ヲ拒否』


 集合時刻まで、あと三分。


「あれ、アルドがいない」


 レイルは東門から学院内の道を見る。アルドは開始時刻を守る。遅れるなら、遅延理由を事前に報告する性格だ。


「昨日、東門って三回伝えたよ」

「地図も渡しました」


 フィアが言う。


「北を上に固定した地図です。門の位置を赤で囲み、現在地から矢印も追加しました」

「それでも来ないなら、何かあった可能性がある」


 レイルが捜索へ向かおうとした時、学院外壁の北側から足音が近づいた。


 アルド・クロイツが、壁沿いの道を全力で走ってくる。白い実習服の襟は乱れていない。荷物も規定どおり背負っている。ただし、靴には北門前の湿った赤土が付いていた。


「集合に間に合った」

「どこから来たの」

「東門だ」

「今、北から走ってきたよ」

「北門へ着いた後、門衛から東門は反対側だと指摘を受けた。外壁沿いに進み、東門へ到達した」

「最初から東門へ来てないじゃん」

「最終的には到達しただろう?」


 アルドは息を整え、門上の方位板を見る。


「原因は把握した。寮を出た時点で、朝日が昇る方向を北と判断した」

「東だよ!!!!」

「今日の記録へ、方位確認前の進路決定を追加します」


 フィアが淡々と書き込む。


 レイルはアルドの地図を確認した。赤い矢印は正しい。ただし、地図が上下逆に折り畳まれている。


「地図を開いた向きが逆だ」

「文字は読めた」

「門名を読んで」

「……北門と書いてある、な」

「次から、進む前に読む項目へ入れよう」

「受領した」


 アルドは本気で頷いた。


 こうして一行は、予定より一分早く東門を出た。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 学院都市外周がくいんとしがいしゅうへ続く石道は、昨夜の雨で濡れていた。


 交換対象は七本ある補助魔力杭(ほじょまりょくぐい)のうち第三杭。学院地下の主流路から漏れる魔力を受け、周囲の街道灯と獣除け結界(けものよけけっかい)へ分配する設備である。第一結着塔だいいちけっちゃくとう事件の際、逆流した完成圧力(かんせいあつりょく)によって内部の封緘板(ふうかんばん)が歪み、出力が不安定になっていた。


 先頭はアルド。進路確認はフィア。レイルとリィナが二台の荷車を引き、ロッテが部品の揺れを監視する。リオンは後方から、車輪の損傷と物資数を確認していた。


 予定経路の半分まで来たところで、川音が大きくなった。


 石橋は、中央から崩れていた。


 橋脚の一本が増水で削られ、石床が川へ斜めに落ち込んでいる。対岸までの距離は十五メートルほど。人だけなら魔法で渡れる可能性はある。しかし、杭と荷車を安全に運ぶ道ではなかった。


「停止」


 フィアの声で全員が止まる。


「予定経路、通行不能。橋の耐荷重は測定対象外です。接近を禁止します」


 アルドの右足が、一歩だけ前へ出た。


 身体の奥で、目に見えない何かが進行を求めている。寮を出た時に決めた最短経路。東門から第三杭まで、この橋を通ると決めた。固有律(こゆうりつ)完遂(コンプ)】は、開始した単純な行動ほど強く背を押す。


 アルドは崩れた橋を見つめたまま、前へ出た足を戻さなかった。


「アルド」


 レイルが名を呼ぶ。


「橋を渡る行為は、まだ始めていない。寮を出た時に始めたのは、第三杭へ向かう任務だ」

「分かっている。だが、この橋を使うと決めて東門から進んできた」

「決めた経路を変えると、ここまでの判断が間違いになると思っているのか」

「間違いだったとは思わない。出発時点では最短だった。だからこそ、途中で捨てるのが気に入らない」

「捨てるんじゃない。橋が残っているという条件がなくなった。今の最短路は、もうここにはない」

「言葉では分かる。身体が前へ行こうとする」

「なら、足を戻す理由を別に作れ。ここで止まるのは任務を諦めるためじゃない。杭まで行くためだ」

「……お前は止めた後に、必ず次の道を要求するな」

「止めるだけなら、そこで終わるからだ」


 アルドの拳が固くなる。


「俺は、最短路を進むと決めた」

「橋が残っている条件で決めたんだろ」

「決定した時点では、崩落を知らなかった」

「なら、条件が変わった。最初の判断を責めてるんじゃない。今も同じ判断を使い続けるかを聞いている」


 アルドは前へ出た右足を見た。決闘で【未完(ノット・コンプ)】にされた脚には、まだ薄い固定帯が巻かれている。


「始めた道だ」


 低い声が落ちる。


「だが、橋が落ちた後まで同じ道ではない」


 アルドは息を吐き、右足を後ろへ引いた。


 固有律(こゆうりつ)の圧力が、肩から腕へ抜けるように揺れた。アルドが止めたのは任務そのものではなく、危険になった一経路だけだった。


「第三杭へ行く。別の道を選ぶ」


 フィアが記録板(きろくばん)へ新しい行を刻む。


「【完遂(コンプ)】対象の更新を確認。最短経路の中止。任務目的は継続」

「成功か」

「現時点では、経路変更へ成功しました。杭を交換し、帰還報告まで終えるまでは任務成功ではありません」

「その通りだ」


 アルドは崩れた橋から視線を外した。


 レイルはセレネから渡された計算冊子を開く。増水時の迂回路は二本記されていた。上流の木橋と、下流の渡し場。ただし、昨夜の雨量は予定値を超えている。


「案は三つある」

「二つって書いてあるよ」


 リィナが冊子をのぞく。


「第一案、上流の木橋。距離は一・八倍。第二案、下流の渡し場。距離は二・三倍。第三案、ここで荷車を分解して、人と部品を風圧で順番に渡す」

「三つ目を消して」

「条件を聞いてから――」

「川が増えてる。荷物が落ちたら終わり。私たちだけ渡れても杭が渡れない。消して」

「……消す」


 レイルは冊子の余白へ書いた第三案へ線を引いた。


「上流の木橋は、今朝、商会の小型荷車が通っています」


 リオンが補給記録を開く。


「北側農園から学院へ野菜を運ぶ便です。午前五時十二分、通行報告あり。荷重は我々の二台を一台ずつ渡す範囲に収まります」

「じゃあ上流」


 リィナが即決した。


「下流は確認できてない。上流なら、少なくとも一時間前に荷車が通ってる。遠回りでも、そっち」

「同意する」


 アルドが進路を上流へ向ける。


「今度は方位を確認した?」

「川の流れを見た。上流は右だ」

「合ってる」

「では進む」


 リィナが小さく笑った。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 第三杭へ着いた時には、予定より一時間二十分遅れていた。


 それでも日没までには十分な余裕がある。ロッテは杭の周囲へ赤い作業線を引き、全員を線の外へ立たせた。


「最初に残圧(ざんあつ)を抜く。レイル、触らないでよ」

「構造は見させろ」

「目で見て。右手を背中へ」

「そこまで必要か」

「必要。理解できた瞬間に手を出すから、あんたは」


 レイルは両手を背中へ回した。


 リィナが隣で、その手首を片方つかむ。


「監視する」

「逃げないって」

「手が前へ出ないようにしてるだけ」

「それを監視と言う」

「じゃあ正しいじゃん」


 ロッテが排圧弁(はいあつべん)を少しずつ開く。杭の内部から、青白い魔力が細い管を通って安全槽へ流れた。フィアが圧力を読み上げ、アルドが交換部品を順番どおり渡す。リオンは使用した部品番号と商会在庫を照合した。


「残圧、二割」

破断板(はだんばん)一番、変形なし。二番、端部に亀裂」

「二番を先に外す。アルド、短い固定具」

「受領」


 作業は地味だった。巨大な魔法も、敵もいない。一本の杭を止め、壊れた部品を外し、新しい部品へ交換し、もう一度流路をつなぐ。


 だからこそ、一つ順番を誤れば街道灯と獣除け結界が同時に落ちる。


 交換箱を荷車から降ろした時、湿った地面で車輪が滑った。


「箱!」


 リオンが支えようとしたが、重い部品箱は作業線へ向かって傾く。残圧を抜いている杭へ当たれば、排圧管(はいあつかん)が外れる。


 リィナが一歩踏み込んだ。


 踵の環が淡く光る。


横噴(サイド・ジェット)】。


 右踵から短い風圧が横へ抜け、身体が半歩だけ滑った。飛び上がるほどの出力はない。傾いた箱の側面へ肩を入れるには、その半歩で足りた。


「止まれっ!」


 リィナが箱を押し戻す。アルドとリオンが反対側から支え、荷車は元の位置へ戻った。


「噴射、一回。右側出力、十二%」


 フィアが記録する。


「連続使用は禁止」


 ロッテは真っ先に噴射環を確認した。


「今の角度、右へ五度ずれてる。箱を止められたから成功に見えるけど、足首は内側へ入ってた。次も同じように止まれるとは限らない」

「分かってる。今は箱を止めたかっただけ」

「なら今日は終わり。装備の記録を取る」

「うん」


 リィナは素直に足を上げた。ロッテが固定具を点検する。


 レイルはずれた角度を目で追った。


「セレネなら、地面の傾きと箱の重量から噴射角を――」

「いなくても止められたよ」


 リィナが、少しだけ早口で言った。


「止められた。でも、足首へ負担が入った」

「それはロッテが見てる」

「俺も見てる」

「じゃあ、今ここにいないセレネの名前を出さなくてもいいでしょ」


 レイルは返事に詰まった。


「計算が必要だと思っただけだ」

「分かってる。セレネが計算できるのも、レイルが頼るのも知ってる」


 リィナは作業線へ視線を戻す。


「でも、私が今できたことまで、最初からセレネがいないと足りないみたいに言わないで」

「そんなつもりはなかった」

「うん。レイルは大体、つもりがない」


 怒っている声ではなかった。だから余計に、レイルはどう返すべきか分からなかった。


「……半歩で箱を止めたのは、リィナだ」

「それでいい」

「足首は後で診てもらう」

「それも分かってる」

「俺が見る」

「治療師に見てもらう!」


 最後だけ、リィナの声が大きくなった。


 ロッテが工具を持ったまま振り返る。


「作業中に何の相談をしてるの」

「足首の安全確認」

「レイルが見ようとしてる」

「却下。学院へ戻って治療師」

「二対一だな」

「最初から数に入ってないよ!」


 作業線の外で、ニアの猫耳が揺れた。


『使用者ノ診察権限、否認サレマシタ』

「記録しなくていい」

『重要ナ安全判断デス、ニャ』


 交換作業は、その後一時間で終了した。


 新しい杭へ無属性魔力を流す。街道灯が一つずつ点き、遠くの林へ張られた獣除け結界が淡く明滅した。


「出力、規定値」

封緘(ふうかん)、完了」

「旧杭、回収」

「工具、全数確認」


 フィアが最後の項目へ線を引く。


「現地作業を終了します。まだ依頼は未完了です。学院へ帰還し、報告書、補償票、旧杭、工具を提出してください」

「帰るまでが実習ってやつだね」

「正確には、帰還後の処理までです」

「弁当の三つ目は?」

「帰路へ移ったため、封印を解除します」


 その言葉を聞いた瞬間、リィナの顔がぱあっと明るくなった。


♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 学院都市支所へ戻った時、空は夕焼けに染まっていた。


 レイルたちは報告書を提出し、使用部品と残数を照合し、工具を一つずつ返却した。リオンは橋の崩落による経路変更と追加運搬費を補償票へ記入する。ロッテは旧杭の破断板(はだんばん)を封印箱へ入れ、学院工房への搬送責任者として署名した。


「これで終わりか」


 アルドが聞く。


「訂正します。最後の確認印が残っています」


 フィアが支所職員へ書類を渡す。


 印が二つ押された。


校外総合実習こうがいそうごうじっしゅう:完了】

【Dランク実地確認(じっちかくにん):完了】


 続いて、レイルとリィナの仮認定(かりにんてい)票へ新しい印が重なる。


【Dランク:正式認定(せいしきにんてい)


「今度は仮じゃないね」


 リィナが認定票を光へ透かした。


「一件の実地確認(じっちかくにん)を安全に終えた結果だ」

「橋が落ちてたけどね」

「だから経路を変えた」


 アルドは自分の実習票を見た。


「道を止めても、任務は終えられた」

「橋へ進んでいたら、任務ごと終わっていた。杭へ着く前に荷車を失うか、誰かが川へ落ちていた」

「失敗として終わるだけなら、まだやり直せたかもしれない」

「最悪の場合は、俺たちごと川で終わってた」

「そこまで言わなくていい。正式昇格の直後に縁起が悪い」


 リィナがレイルの脇腹を小突く。


「だが、覚えておく。あの場で足を戻した時、任務を放棄した感覚はあった。実際には、任務を続けるための中止だった」

「記録へ残せば、次は感覚だけで判断しなくて済む」

「中止した一手も、成功した任務の記録に残すのか」

「残した方がいい。成功だけ書くと、橋を見ても迷わず上流へ変えられたように見える」

「次に同じ橋へ来た時、止まった理由が分かるからか」

「それもある。決闘で脚を返すのを遅らせた〇・一秒も、消さない方がいい。勝った記録だけなら、次も同じ使い方を選ぶかもしれない」

「お前は自分の失敗を残しすぎる。普通は、恥ずかしい部分を少しは隠す」

「隠した失敗は、次の条件にならない」

「なら、俺も残す。最短路を捨てるまで三十七秒迷った、と書く」

「三十七秒だったか?」

「フィアが記録している」

「四十一秒です。訂正します」

「……四十一秒を残す」


 支所の扉が勢いよく開いた。


「諸君! 正式昇格を祝し、冷却済みの果実水を――」


 リオンが金帯の木箱を抱えて入ってくる。


「その前に追加運搬費の補償票」


 ロッテが紙を一枚差し出した。


「ロッテ殿、それ、乾杯後ではいけませんか」

「補償まで終わって依頼完了だろ?」

「冷却魔力が失われますぞ......」

「すぐ書けば間に合うって」


 リオンは箱を床へ置き、ものすごい速さで補償票を書き始めた。


「契約法規三十四位のレイルも手伝ってください!」

「おい!順位を呼び名にするな」

「条文の読み込みは私より上でしょう!」

「提出欄を一つ飛ばしてる」

「どこですかな」

「橋の崩落による追加経費の責任区分」

「自然災害ですぞ」

「だから免責欄だ」

「さすが三十四位!」

「お前......褒めてないだろ」


 補償票が完成し、ようやく木箱が開いた。


 冷えた果実水を受け取ったリィナは、一杯目を飲み終える前に二杯目へ手を伸ばした。フィアが杯数を記録し、ニアが猫型のまま木箱の冷気へ腹をつける。


 予定した橋は渡れなかった。

 それでも杭は交換され、書類は閉じ、道具は戻り、全員が帰ってきた。


 任務は、別の道から最後まで終わることができた。

【今回の登場人物】


・レイル・アルヴァート

 崩落した橋を前に三つの代案を出し、危険な荷車分解案をリィナに却下されながら、補助魔力杭(ほじょまりょくぐい)交換を終えてDランクへ正式昇格した学院生。


・リィナ・アルセイル

 確認済みの上流木橋を即決し、【横噴(サイド・ジェット)】の半歩で部品箱を守った一方、セレネ不在でも自分ができたことをレイルに見てほしいと伝えた剣士。


・アルド・クロイツ

 崩落後も最短経路へ進もうとする【完遂(コンプ)】の圧力を自分で止め、道だけを変更して任務全体を最後まで遂行した騎士科生。


・フィア・レコード

 弁当の非常食から経路変更、杭交換、帰還後の書類までを管理し、現地作業だけで依頼を完了扱いにしなかった記録科生。


・ロッテ・ベルクマン

 過剰な部品を重量へ置き換えて削り、杭の残圧とリィナの噴射環を安全優先で管理した魔導工学科(まどうこうがくか)生。


・リオン・ゴルディス

 五日分の物資と祝賀用果実水を持ち込みながら、運搬記録と補償票を最後まで処理した金環商会の少年。


・ニア

 食料管理、噴射出力、レイルの診察権限否認を猫型で記録したオムニアの案内人格。


【今回の能力・設定メモ】


・レイルとリィナは、低危険度の実地確認(じっちかくにん)依頼を完了し、冒険者Dランクへ正式昇格しました。

・アルドは【完遂(コンプ)】そのものを解除したのではなく、危険になった最短経路を中止し、任務目的を維持しました。

・リィナの【横噴(サイド・ジェット)】は低出力での成功例が増えただけです。連続使用、空中再加速、単独飛行には到達していません。


【次回】


 二年次の専攻希望票(せんこうきぼうひょう)。レイルは一つを選ぶはずの欄を、すべて埋めて提出します。


 橋が落ちても別の道から任務へ戻れたように、レビュー、ブックマーク、フォローのどれか一つでも作品へ続く道になります。応援していただければうれしいです。

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