第74話「敗北を受け取る」
決闘は、鐘が鳴った時点では終わりません。
傷の責任を分け、次に使わない線を引き、負けた側も勝った側も教室へ戻って、ようやく続きを始められます。
学院治療棟の二人部屋へ、同じ決闘で負傷した二人が並べられた。
右側の寝台にはアルド。右膝へ冷却布を巻かれ、膝下を固定台へ載せている。
左側にはレイル。身体に大きな傷はないが、右目の熱反応と頭痛を調べるため、額へ測定環を貼られていた。
間を隔てる布は開いたままだ。
「......これ、閉めてもらえないか」
「同じ説明を二度するのが面倒です」
治療師は即答した。
「アルド・クロイツ。右膝と足首周辺の腱に軽い炎症。断裂なし。三日間は走行禁止。一週間は固有律を使った全力踏み込み禁止」
「長いな」
「決闘中に〇・五秒分を無理やり取り戻した脚です。短いくらいです」
「僕はどうですか?」とレイル。
「右目周辺の魔力経路に熱。身体行為への接触で、通常と異なる感覚流入があった可能性。実技は二日禁止」
「俺より短い!」アルドが張り合う。
「そこ、競わないでください」
治療師の声に、二人とも黙った。
寝台の横では、フィアが治療記録と決闘記録を照合している。セレネは観測環の数値を転記し、リィナは腕を組んだまま、レイルの顔を見ていた。
さっきから一度も目を逸らさない。
「リィナ」
「何。右目が痛いなら治療師さんを呼ぶけど」
「痛みの話じゃない。怒ってるなら、理由を言ってくれ。さっきから一度も目を逸らさないじゃないか」
「私の顔を見て、本当に分からないの?」
「候補はいくつかある。未認定の身体行為へ使ったこと。解除が遅れたこと。勝敗線の近くで正面に残ったこと。それと、止めろと言われるまで続けたこと」
「今、一個増えたね」
「正確にした」
「正直、全部。全部に怒ってる。でも、一番腹が立つのは、レイルが危なかった理由を並べられるくせに、自分が勝ちたかった気持ちは小さく隠してること」
「隠したつもりはない」
「言わなかったら、こっちからは見えないよ。私はレイルの顔を見てたけど、それでも〇・一秒の中で何を考えたかまでは分からない」
「……三件では足りなかった」
「だから数で数えないで! 私が怒ってるのを、記録欄へ収めようとしないでよ」
治療師が耳を押さえた。
「大声は廊下でお願いします」
「す、すみません」
リィナは声を落とした。しかし怒りは落ちなかった。小声でなおもいう。
「レイル、勝てるって思った時、返すのをちょっと待ったでしょ?」
「〇・一秒程度だ」
「そういう数字の話をしてるんじゃない、気持ちの問題よ」
「記録上は重要だ」
「今は私が何に怒ってるかの話! アルドの脚が震えて、セレネもフィアも止めて、それでもレイル、一回だけ目が変わったの」
「目?」
「勝ちたいって顔」
「決闘だから、勝ちたいとは思っていた」
「だったら最初から言えばよかったじゃん。危険条件の話ばっかりして、勝つことには興味ないみたいな顔してたくせに!」
「興味がないとは言ってない」
「言わなくても、そう見せてた!」
レイルは返事を探した。
アルドが隣の寝台から口を挟む。
「そいつは四年前からそうだ。退路を数えながら、負ける気はない」
「アルドは今、レイルの味方しないで」
「味方ではない。事実を述べただけだ」
「二人ともそういうところ似てるから、余計に腹が立ってきた! あーもう!」
アルドまで黙った。
セレネが記録板から顔を上げる。
「リィナ。解除判断が〇・一秒遅れたことは、本人も認めています。身体行為への干渉は、教員判断が出るまで全面禁止になる見込みです」
「セレネは怒ってないの?」
「怒っています」
「全然見えないけど」
「今、観測値を三度確認しました。一度で足りる内容です」
「それが怒ってる時なの?」
「はい。それと、レイルの説明へ『未知だった』という語が三回入っています。未知を選んだのは本人です。責任の所在を曖昧にするためには使わせません」
「使ってない」
「四回目です」
セレネの周囲へ、小さな光が一つ浮かんだ。
「あ、これ、怒ってるね」
「はい」
レイルは額の測定環に触れようとして、治療師に手を払われた。
「もう。外さないの!」
「ずれている」
「ずれていません」
「右へ二ミリずれていますよこれ」
「測定に影響しません!」
「気になる......」
「二日間、ずぅっと気にしてください!!」
治療師まで厳しかった。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
午後には、ヘルマン教官と学院の法制担当官が治療室へ来た。
決闘は正規に申請され、危険条件も事前に提示されている。アルドも【未完】の使用を含む試合へ同意していた。ただし、他者の身体行為への意識的干渉は未認定であり、レイル自身も成立するとは確認していなかった。
「同意した責任は、俺にもある」
アルドが言った。
「【未完】を使う決闘だと理解して署名した。未知の作用が出る可能性も説明された」
「身体行為を選んだ責任までは分けない」
レイルは寝台の上で答えた。
「アルドが同意したのは、確認済みの魔法と物体への干渉だ。俺が最後の踏み込みを対象にした判断まで、署名へ含めるのは違う」
「勝負の最中だ。俺は、お前が【未完】を使うと知った上で全力を選んだ」
「未知の身体干渉まで予測できたとは思えない。俺自身、成立するか分からなかった」
「なら、俺が全力で踏み込んだ責任はどうなる。お前だけが危険を選び、俺は巻き込まれただけか」
「それはアルドにある。止まれないと分かって【完遂】を起動し、正面突撃を選んだ」
「お前は自分へ重い方を取り、俺にも同じだけ返そうとしている。だが、原因を細かく切り分ければ責任が公平になるとは限らない」
「公平に見せたいわけじゃない。次に禁止する条件を間違えたくない。俺の判断、アルドの踏み込み、能力同士の干渉を全部一つにすると、何を直すべきか分からなくなる」
「つまり、俺は全力を選んだ責任を受け取る。お前は未知を選んだ責任を受け取る。学院は、その二つが重なる決闘を認めた責任を受け取る。そういうことか」
「そうだ。誰か一人のせいにして終わらせたくない」
「だから、似てるって言ってるでしょ。二人とも、自分の分を多めに持って相手へ返そうとしない」
リィナが椅子から言った。
法制担当官は咳払いをして、二人へ紙を示す。
「学院判断を伝える。治療費は学院の特別実技査定費から支出する。個人間の金銭補償は不要。レイルには能力記録への協力義務。アルドには治療指示の遵守義務。引き続き身体行為への【未完】干渉は、研究班設置または教員会議の再許可が出るまで禁止する」
「決闘でも?」
「禁止だ」
「救助時は」
「その場で他に方法がなく、生命へ直結する場合だけ、事後審査の対象とする。勘違いするなよ。許可とは言っていない」
「条件を記録します」
「条件を増やす前に、まず、禁止と書けお前は」
ヘルマンが睨む。
レイルは新しい安全条件記録帳を開いた。セレネが贈ったばかりの第二版、その最初のページへ書く。
【他者の身体行為への意識的完成留保:禁止】
【決闘、訓練、研究目的での再現禁止】
【緊急救助時:代替手段なし、生命危機、事後審査】
書き終えると、セレネが横から一行追加した。
【勝利目的での使用:例外なし】
「勝利目的での使用まで、わざわざ別行へ書く必要があるか。上の禁止で含まれている」
「含まれていると本人が解釈できる文では足りません。あなたは例外条件を探す時、文の隙間を使います。余白魔導士さん」
「救助と勝敗が重なる場合はどうする。誰かを守るために相手の動作を止め、その結果として勝つ場合もある」
「今、決闘後の治療室で次の例外を作らないでください。その場では生命危機を優先し、勝敗として利用したかは後で審査します」
「禁止の意味を狭めたいわけじゃない。判断が重なった時に迷わないよう確認している」
「その確認自体は必要です。ただし、今のあなたは自分に都合のよい順番で考え始めています。先に『勝つためには使わない』を固定し、その後で救助例外を検討してください」
「……順番の問題か」
「はい。最初に勝利を置くと、救助が理由として後から付け足されます」
「分かった。行は残す」
「その返答を記録します。その確認から条件が増えるのです」
レイルは反論しかけ、リィナの視線に気づいて口を閉じた。
「今、私を見て反論をやめた?」
「二人へ同時に反論すると長くなると思っただけだ」
「それ、反省して黙ったんじゃなくて、効率が悪いから後回しにしただけでしょ」
「反省はしている。だから禁止条件も書いた」
「条件を書いたら身体が休むの? 右目が熱いままでも、記録が増えれば安心?」
「記録しないと同じ判断を繰り返す」
「記録は明日でもできる。今夜また文字を読んで頭を使ったら、治るものまで遅れる」
「試験まで十一日しかない。今日一日を全部失う方が――」
「今日の一日を惜しんで、三日分悪化させたらもっと減るでしょ。レイルは先の危険は六個考えるのに、自分が休まない危険だけ小さく言う」
「頭痛は軽い」
「治療師さん。この人、自分の症状だけ評価を甘くしています!」
「確認しました。本日は読書、術式形成、答案作成を禁止します」
「症状の説明をしただけで、禁止項目が増えたんだが?」
「軽いと強調した結果です。自己評価の信頼性が下がりましたからね」
禁止項目は、即座に追加された。
「ところで、質問は認められるか」
「禁止事項の意味を変えない範囲なら認めます」
「勉強そのものではなく、明日以降の計画を立てるだけなら?」
「計画を立てれば、必要な参考書を確認したくなる。確認したら一頁だけ読む。レイルの一頁は余白の注釈まで含むから長い」
「リィナ、それは推測だろ?」
「昨日、証拠を見たもん」
「おいフィア」
「本日の休養終了条件へ、計画作成禁止を追加します。理由は、行動連鎖の予測が成立したためです」
「なぜ全員が迷いなく連携するんだ!!」
「決闘で連携した経験が残っているからでは?」
「今度は俺を止める方向へ完遂している。お前たちもアルドか!」
「止められる原因を作ったのはレイルです」
セレネが真顔で答えた。
♦ ♦ ♦ ♦ ♦
夕方、アルドは松葉杖を使って先に退室した。
扉の前で立ち止まり、寝台に残るレイルを見る。
「貴様は、四年前の問いは、終わったと思うか?」
「決闘の結果は終わった」
「問いへの答えは?」
「全部は終わってない。アルドが間違った方向へ進み始めた時、【完遂】でどこまで行くのか。俺が止めた後、その責任をどこまで引き受けるのか。今日だけでは分からないだろ?」
「同感だ」
「また決闘する気か」
「身体干渉は禁止されている」
「そこだけ守ればいいという話じゃない」
「分かっているさ」
アルドは少し考えた。
「次は共同行動で確かめるつもりだ」
「何を確かめるんだ? 決闘の続きを任務へ持ち込むなら断る」
「勝敗の続きではない。俺が始めた行動を途中で変えられるか、お前が止めた後に別の道を示せるかだ」
「それは依頼人の仕事を使って試す内容じゃない」
「だから低危険度で、教官が条件を選べる実習がいい。敵として一度、味方として二度動いた。次は、途中で条件が変わる任務で互いの判断を見る」
「お前、任務を選ぶ基準がおかしい。普通は経験や報酬、危険度で選ぶもんだろ?」
「お前は依頼票を読む時、失敗時の退路から確認するだろう」
「まぁ……否定はしない」
「なら、俺は変更条件を確認する。似たようなものだ」
「お前に言われると納得しづらいな」
「俺も同じだ。だから共同行動で確かめるということだ、ではまた会おう」
アルドは最後にそれだけ言って、今度こそ部屋を出た。
その直後、廊下で何かが倒れる音がした。
「アルド?」
「松葉杖が扉へ引っかかっただけだ!」
「始めた退室は完遂できた?」
「リィナ、煽るなって!」
治療室に、小さな笑いが戻る。
その時、フィアの記録板へ学院からの一斉通知が届いた。
【一年次修了筆記試験・日程確定】
【結着理論/術式言語・古式文法/魔導安全学/契約・組合法規】
【未達科目は校外総合実習点により補完可能】
レイルは寝台から身を起こした。
「四科目か......」
「寝て!」
リィナが肩を押し戻す。
「明日から勉強会をする」
「誰が決めた?」
「私。セレネも来る。フィアも。アルドは逃げたら連れてくる」
「俺は教える側か」
「レイルは契約法規で全文を読み始めるから、見張られる側かな」
「結着理論は」
「教えて」
「術式言語は」
「もっと教えて」
「結局、教える側だろ」
「その代わり、私が朝練で受け身を見てあげる」
「今日は実技禁止だ」
「明日から。右目が治ってたら、ね」
「治ってなかったら?」
「勉強だけにしよ」
「それは困る」
「何でそこで困るのよ!」
リィナの声がまた大きくなり、治療師が廊下から戻ってきた。
「大声を出した方も、本日は早く帰って寝てください」
「私は患者じゃありません」
「付き添いが患者を休ませない場合、付き添いを退室させます」
「はい......静かにします」
リィナは即座に座った。
レイルは枕へ頭を戻す。勝った。決闘は閉じた。身体行為への干渉は禁止された。十一日後には試験がある。
終わったことより、次に残ったものの方が多い。
けれど、それでよかった。
今日の勝利を、アルドの脚が壊れるところまで完成させずに済んだ。その結果を受け取った以上、明日からは別の課題へ進める。
「リィナ」
「何?」
「蜂蜜パン、まだあるか」
「一個なら」
「三個残したと言ってなかったか?」
「治療室へ来るまでにお腹が空いた」
「二個食べたのか」
「一個半」
「半分は」
「ニア」
『共同責任デス、ニャ』
腕輪から猫の耳だけが浮かんだ。
「俺の誕生日だったはずなんだが」
「最後の半分は残ってるよ」
「それを祝いと呼ぶのか」
「明日の勉強会で、もっと用意するから!」
「今度は先に数を記録します」
フィアが言い、リィナが本気で嫌そうな顔をした。
【今回の登場人物】
・レイル・アルヴァート
未知の身体行為を選んだ責任を相手の同意へ預けず、自分の禁止条件として記録した決闘の勝者。
・アルド・クロイツ
決闘への同意と自分の全力踏み込みの責任を受け持ち、次は条件が変わる共同任務で互いを確かめようとした敗者。
・リィナ・アルセイル
レイルが勝利を欲しがった一瞬を見抜き、数字へ逃げる説明を許さず、翌日からの勉強会まで決めた幼なじみ。
・セレネ・グランツ
身体行為への干渉禁止へ「勝利目的の例外なし」を加え、レイルが未知という語で責任を薄めないよう止めた術式担当。
・フィア・レコード
治療記録、責任区分、禁止条件、試験日程を別項目へ整理し、休養中の計画作成まで封じた記録科生。
・ヘルマン教官
決闘の治療費を学院負担としつつ、他者の身体行為への【未完】再現を正式に禁止した教官。
・ニア
誕生日用蜂蜜パンの最後の半分へ共同責任を負った猫型案内人格。
【今回の能力・設定メモ】
・他者の身体行為への意識的【未完】干渉は、決闘、訓練、研究目的での再現が禁止されました。
・レイルとアルドの治療費は、学院の特別実技査定費から支払われます。
・一年次修了筆記試験の未達分は、後日の校外総合実習点で補完できます。
【次回】
結着理論、古式文法、契約法規。試験前の勉強会で、全員の得意と苦手が机の上へ並びます。
勝敗の後始末も、半分残った蜂蜜パンも、受け取って初めて次へ進めます。レビュー、ブックマーク、フォローで、明日の勉強会にも付き合っていただければ幸いです。




